第5話 『弟』な俺が、見つからずに隠れる方法を教えて 1/2
文化祭のお疲れさま会という名目で、
二原さんが帰った直後に、
用事で近くまで来てるから、このまま少し家に寄りたいなんて言われて。
ただいま、二人でおたおたしてる真っ最中。
そうこうしているうちに――我が家のインターフォンが、ピンポーン♪ ……と鳴り響いた。
「ど、どうしよう……
「ど、どうするも何も……確認だけど。親が勝手に結婚を決めて、その相手と同棲をしてるって、マネージャーさんには伝えてない……?」
「……言った方がいいかなぁ、とは思ってたんだよ? でも、なんか言いづらくって……全然です……」
しゅんとうな垂れる
そんなに落ち込まなくてもいいんだけど。
説明される側も意味分かんなすぎて場が凍っちゃうだろうし、言いづらい気持ちは分かるし。
とはいえ……この状況は、色々とまずい。
相手はあくまでも、和泉ゆうなのマネージャーさん。
悪意のあるゴシップ記者とかじゃないから、たとえこの事実を知ったとしても、世間に拡散したりはしないだろう。
だけど、まぁ普通に……お説教は免れないだろうな。
下手したら、別れるように言われる可能性だってある。
声優にとって『交際』『結婚』なんて話題は、リスクが半端ない。
声優だって一人の人間なんだし、それで叩かれるのは理不尽だって正直思うけど……実情は、声優生命を脅かすスキャンダルなんだ。
『アリステ』みたいに、アイドル的な活動を伴っている声優なら――なおさら。
そんなことは、言うまでもなく、結花が一番分かってると思う。
だから、結花は……俯きがちに言った。
「ゆ、遊くん! あのね、お願いしづらいんだけど……私がマネージャーさんと話してる間……その、遊くんは、えっと……」
「大丈夫、分かってるよ。見つからないよう、隠れてるから」
俺がきっぱりとそう告げると、なんだか申し訳なさそうな顔をする結花。
……そんな顔しなくても、大丈夫だって。
だって俺は、ゆうなちゃんの一番のファン『恋する死神』なんだから。
ゆうなちゃんにとって、困る事態を回避するのなんて……当然のことだ。
――――ピンポーン♪
インターフォンが再度、鳴り響く。
結花は唇を噛み締めると、ぺこりと俺におじぎをした。
「……できるだけ、手短に済ませるから! ごめんね……ありがとう、遊くん!」
そう言って結花は、駆け足で玄関の方へと向かっていった。
同時に俺は階段を上がって、玄関から死角になる位置に立ち、結花の様子を見守ることにする。
「ごめんね、ゆうな。急な予定をお願いしちゃって」
「い、いえ! 私もぜーんっぜん、暇してましたから! とーっても、暇でしたので!!」
初手からうさんくさい応答をする結花。
見てるこっちは、ハラハラしかしないんだけど。
だけど、マネージャーさんは特にツッコむ様子もない。きっと結花の天然な行動になれてるんだろうな。
「
「……だから、いつも言ってるでしょ。『久留実』って名前は可愛いイメージすぎて、わたしには似合わないから、苗字の『
「久留実さんは確かに美人系ですけど! 久留実さんって名前もぴったりですよ!!」
なぜか力説しはじめた。
学校の淡々とした感じとも、家のリラックスした感じとも違って。
声優としての結花は――一見するとコミュニケーションに長けてるみたいに見えるけど、よく喋るわりに話が噛み合ってない。
学校の結花が『陰』のディスコミュニケーションだとしたら、声優の結花は『陽』のディスコミュニケーション。
「はぁ……まぁ、いいけどね。ここは大人なわたしが、折れるわよ」
ため息交じりにそう言うと――『鉢川久留実』という名前らしいマネージャーさんは、苦笑した。
毛先に緩くパーマの掛かった、明るい茶色に染めてるショートボブ。
上まぶたにはオレンジ色のアイシャドウ、唇にはピンクのルージュ。
白いシャツの上に黒いジャケットを羽織り、タイトスカートを穿いたその姿は……まさに大人の女の人って感じだ。
女性の割に身長が高くて、スレンダーな体型をしてるもんだから、モデルさんって言われてもしっくりくる。
「引っ越したって聞いてから、初めてゆうなの家に来たけど……一人暮らしにしては、やたら大きいね? びっくりしたよ」
「あ、ああ! 一応ですね、家族がいつでも来れるようにですね、一軒家をですね!!」
「あと、表札――『
「さ、佐方さんって親戚の方が、いらなくなった家を父に譲ってくださいまして! 表札はそのまま、佐方さんのものにしてるんです!!」
「……それ、変えた方がいいと思うよ。早めに」
とてもまっとうなツッコミのラッシュ。
怪しいしかない結花の返答を見てると、不安ばっかりが膨らんでいくんだけど。
……だけど鉢川さんは、気を取り直したように、にこっと結花に笑い掛けると。
「じゃあ、まずはゆうな――ユニットデビュー、本当におめでとう!」
パチパチパチと、家中に響き渡るくらいの拍手で結花を祝福しはじめる。
結花はそんな鉢川さんを見て、恥ずかしそうにもじもじしながら……小声で囁く。
「あ、ありがとうございます……でも、なんだか恥ずかしくなっちゃいますよぉ……」
「何言ってんの! 和泉ゆうながデビューしたときから、わたしはマネージャーをしてきたんだよ? ゆうながどれほど頑張ってきたか、知ってるから……本当に、嬉しい……」
「ちょっ!? な、泣かないでください、久留実さん!? そ、そんなに喜ばれたら……私まで泣いちゃう……」
玄関先に立ち尽くしたまま、和泉ゆうなとそのマネージャーさんが、泣きながら見つめ合ってる。
そうだよな。それくらいの出来事なんだよな、ゆうなちゃんのユニットデビューって。
そんな感慨に耽ってると、なんだか俺まで、もらい泣きしそうになって……。
「それでね、ゆうな。ユニットの件で少し話したいから……ちょっとだけお邪魔してもいいかな?」
――――そんな鉢川さんの言葉に、俺の涙は一気に引っ込んだ。
「え!? あ、いえー……部屋とか散らかってますし、ここでかるーく打ち合わせるとかじゃ、駄目ですか?」
「あー……うん。そう、なんだけどね……いきなり来て、申し訳ないなーっていうのは、もちろんあるんだよ? あるんだけどね……」
結花の返答に、なんだか歯切れが悪くなる鉢川さん。
心なしか、さっきまでより脚をそわそわ動かして、なんか落ち着かない感じ。
なんか最初に見たときより、頬が赤くなってるような気もするし……。
「……えっとね。大人として、恥ずかしいから、こんなことをお願いするのは、ほんっとうに申し訳ないんだけど……」
「は、はい?」
もじもじし続ける鉢川さんに、困惑してる様子の結花。
そんな結花に向かって、鉢川さんは――ギュッと唇を噛み締めて、言った。
「お……お手洗い、貸してくれない……かな?」
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