第2話 【案件】和泉ゆうな、新しい仕事をもらう 2/2

 ――そして、結花ゆうかとマネージャーさんの打ち合わせがはじまった。



「もしもし? すみません、スピーカーに設定変えました! さっきは電話が切れちゃって、ごめんなさいでした!」


『いや。切れたっていうか、ゆうな……切らなかった?』


「いえ、そんな! 急にスマホが、すべて嫌になったみたいに再起動しました!!」



 それ、故障だよ。


 さすがは結花。言い訳があからさますぎて、怪しさしかない。



 こんな分かりやすい言い訳、信じる大人なんているわけが――。



『そっか……ゆうな。早めに携帯ショップに行きなよ? 連絡が取れなくなったら、色々と大変だから』


「は、はい!」



 信じちゃった。


 さすがは、和泉いずみゆうなのマネージャー。

 声色は大人の女性なのに、こんな明らかなフェイクに引っ掛かるとは。


 こうでもなきゃ、天然な結花のマネージャーは務まらない……のかもしれない。



 ……ともかく、どうにか誤魔化したところで。

 口を噤んでいる俺の前で、結花とマネージャーさんが会話を続ける。



「えっと……それで。さっき言ってた、らんむ先輩とのユニットの件なんですけど……」


『うん! 改めて――おめでとう、ゆうな! らんむとゆうなのユニットで、新曲を発表することが決まったよ!!』



 パチパチパチと、スピーカーの向こうから拍手音が聞こえてくる。その熱量は、スピーカー越しにも伝わってくるほど。


 結花はそんなマネージャーさんの対応に、照れたように頬を掻いて、「えへへっ……ありがとうございます」なんて小さく呟く。



紫ノ宮しのみやらんむと和泉ゆうなのユニット――ユニット名は、未定なんだけどね。CD発売と、その宣伝を兼ねたインストアライブの開催が、既に企画されてるわ。しかも、なんと五地域でのインストアライブ!!』


「し、CD!? イ、インストアライブ!? しかも五地域……凄すぎて、どう反応したらいいのか分かんないです……」



 結花が言葉を失ってるけど、その気持ちは痛いほど分かる。


 だって一ファンでしかない俺ですら、一瞬――意識が飛んだもの。


 嬉しすぎて、三途の川が見えたよ。



 ――ゆうなちゃんにはこれまで、専用の曲なんて存在しなかった。



 急きょ出られなくなったキャストの代わりに、一度だけライブに参加して、みんなで『アリステ』のテーマソングを歌う機会はあったけど。それっきり。



 ファンとしては残念だけど……同時に「仕方ない」とも思ってた。


 百人近いアリスアイドルがいる『アリステ』内の人気投票で、ゆうなちゃんの最新順位は三十九位。


 俺内ランキングではダントツの一位だけど――商業的に三十九位である以上、優遇されないのはやむをえないことだ。



 そんなゆうなちゃんが、最新の人気投票六位――通称『六番目のアリス』らんむちゃんの声優・紫ノ宮らんむとユニットを組んでインストアライブとか……寝耳に水すぎる。



 しかも五地域!



 具体的な場所は分かんないけど、きっと地方遠征もあるんだろうな。


 突然のVIP待遇。



 こんな急展開……当の結花にしてみれば、びっくりしすぎて何も言えなくなるなんて、無理もない。



「えっと……らんむ先輩は『八人のアリス』に選ばれてますし、人気的に分かります。でも……どうして私が? ゆうなのランキングは、全然高くないのに……」


『あー……まぁ、そう思うよね』



 結花が当然の疑問を口にすると、マネージャーさんが少し言い淀んだ。


 それから、ちょっと間を置いて――言いにくそうに答えはじめる。



『ゆうな、何回かラジオに呼ばれてるでしょ? でるや、らんむがゲストの回に』


「あ、はい! 三回も呼んでもらえて、すっごく嬉しかったです!!」


『そのとき、どんな話をしたか……覚えてる?』


「え? 『アリステ』の話とか……あ、事務所トークしましたね! 掘田ほったさんもらんむ先輩も、同じ事務所の所属ですから!!」


『……うん。確かにそうね。「60Pプロダクション」の所属同士だもんね。でも……思い出して? もーっと、頻繁に、ゆうながしてる話題が……あるよね?』



 ――ひょっとして、それって。


 俺は物凄く嫌な予感を覚える。



「……まさかと思いますけど。『弟』のこと、言ってます?」

『……まさかと思うかもしれないけど、そうよ』



 おそるおそる口にした結花の言葉に、マネージャーさんが即答する。


 若干、ため息交じりな気がしたけど……多分、気のせいじゃないんだろうな。



『ゆうなは好き勝手喋るし、らんむは変な方向で切り込むし、放送事故ぎりぎりだーって、わたしは本当にお腹が痛くて仕方なかったんだけど! ……あのトーク、実はコアな人気を博してるの。「声優たちのやばいトーク」なんて、色んなところで取り上げられて』


「え、そうなんですか!?」



 あー……確かに。


『アリステ』ファンの一部層に、ゆうなちゃん&らんむちゃんペアのラジオ放送って、めちゃくちゃ刺さってるんだよな。



 まとめサイトにも取り上げられてたし、コメント欄は「ゆうなちゃん天然すぎて可愛い」とか、「らんむ様が喋ると空気が地獄すぎて草」とか、「掘田でるかわいそす」とか――めちゃくちゃ盛り上がって、なんなら軽くバズってたっけ。



 当の『弟』本人としては、さすがに笑えなかったけど。



『そんな「アリラジ」の注目株である二人で、ユニットを組んでみよう――って、企画が打ち出されて。うちの事務所的には、若手二人を同時に売り出すこんなチャンス、断る理由がないし。だから――』


「はい! 私……精一杯、頑張りますっ! 頑張りたいです!!」



 マネージャーさんの言葉を遮って、結花がはつらつとした声色で言った。


 ソファの隣に座ってる結花の瞳には――めらめらと、やる気の炎が燃え上がってる。



 そうだよな。結花にとって、これは千載一遇のチャンス。


 気合いの入り方も……凄まじいものだろうね。



『うん。ゆうならしい反応で、安心したよ。らんむもね、あなたとのユニットを、本当に楽しみにしてたよ。らんむは前から、ゆうなのこと……すごく買ってるからね』


「え、らんむ先輩が――私を?」



 マネージャーさんの発言で、結花の表情が花開くみたいに、ぱぁっと明るくなった。



 憧れの先輩に褒められてるなんて知ったら、そうなるよな。


 ユニットデビューも決まって、先輩にも褒められて、本気で嬉しそうにしてる結花を見てると……なんだか俺まで、ほっこりした気持ちになってきた。



 一ファンなのに、電話を聞かせてもらった申し訳なさはあるけれど。


 それ以上に――結花と嬉しさを共有できて良かったって思う、自分がいる。



 よーし、それじゃあ今夜は、お祝いに高い肉でも買ってこようかな。


 …………なんて、呑気なことを考えてると。



『ってわけで、「弟」トークがバズっての今回ではあるんだけどね。ごめん――マネージャー的には、その「弟」さんのこと、めちゃくちゃ心配してるの。だから、お願いゆうな。このプロジェクトがはじまる前に、一度……「弟」さんと、会わせてくれない?』


「……え?」



 マネージャーさんの一言に、結花が固まる。


 そして『弟』こと俺も――同じように、固まってしまう。


 え、俺……マネージャーさんと会うことになるの?




 なんていうか…………波乱の予感しか、しないんだけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る