第4章

第1話 【案件】和泉ゆうな、新しい仕事をもらう 1/2

「あ、ゆうくん。ちょっと待っててね!」


 結花ゆうかはそう言って、着信音の鳴ってるスマホを手に取り、ソファから立ち上がった。

 俺はリモコンを操作して、二人でのんびり観てた録画アニメを一時停止させる。



 文化祭の翌日――那由なゆは海外に、勇海いさみは地元に、それぞれ戻っていった。



 いるだけでトラブルを巻き起こす二人が帰ったら、部屋ががらんとしちゃったなぁ、なんて思っていた矢先の電話。


 となると、当然……疑うべきは那由だ。



 あいつはこういうタイミングで、間髪入れずいたずらを仕掛けてくる。

 伊達に兄妹やってないからな。あいつの行動パターンなんて、お見通しだ。



 ってことで――俺は結花の電話に、じっと聞き耳を立てる。


 那由の発言を放っておいたら、十中八九、ろくなことにならないもんな。



「昨日はすみませんでした!! ……あ、はい! 文化祭は無事に終わりました、ありがとうございます!」



 ……違った。


 ごめん、那由。

 普段の素行が悪すぎて、完全に犯人だと思ってたわ。普段の素行が悪い方が悪いけど。



 そんなわけで、那由の件は完全に冤罪だったけれど。



「えっと、らんむ先輩からも電話でちらっと聞きましたけど……新しい仕事……はい」


 気になるフレーズが聞こえてきて、俺はピクッと反応してしまう。



『らんむ先輩』とか、『新しい仕事』とか。


 これって、ひょっとして――ゆうなちゃん関係の電話?



 大手企業が社運を賭けて展開しているソーシャルゲーム『ラブアイドルドリーム! アリスステージ☆』――通称『アリステ』。


 俺が愛してやまない最高のゲームの、宇宙最強の推し・ゆうなちゃんに関する速報なんて……胸が高まってしまう。



 だって俺は、ゆうなちゃんの一番のファン。


 ファンレターを送った数では誰にも負けない――ペンネーム『恋する死神』だから。



「……え? わ、私が!? らんむ先輩と、ユニット……ですか!?」

「ユニット!?」



 反射的に大きな声を出してしまい、俺は慌てて自分の口を手で塞いだ。


 結花もおたおたしながら、自分の唇に手を当てて「しー」ってジェスチャーで注意してくる。



『――ん? ゆうな。ひょっとして、誰かいる?』


「い、いないです! ここに誰もいませんよ?」


『でも今、誰かの声が聞こえたような……』


「きゃーお化けーこわいー」


『……あ。ひょっとして、ゆうな。例の「弟」さんなんじゃ……』



 ――――プツッ。



 結花が目にも留まらぬ早さで電話を切って、スマホをソファ目掛けて放り投げた。



「あ、危なかった……もう少しで、怪しまれるところだったよ……っ!」


「ご、ごめんね結花……でも、唐突に電話を切っちゃうのは、限りなく怪しい気が……」


「うー……そっか。自分で言うのもなぁって思うんだけどね? ほら、『アリラジ』で『弟』トークをしまくってるでしょ、私? だから久留実くるみさん――マネージャーさんってば、すっごく私の家庭事情を気にしてるの!」



 そりゃあ、あれだけしっちゃかめっちゃかなトークしてれば、そうもなるよ。


 なんならマネージャーさんだけじゃなく、掘田ほったでるとかも相当心配してると思う。



「そういうわけだからね? 申し訳ないんだけど……」


「分かってる。ちゃんと反省して……電話は気にしないし、もう声を出したりしないよ」



 そもそも、この電話を聞くこと自体――ファンとして越権行為だしな。


 俺は結花と、婚約関係にあるけれど。

 あくまでも『恋する死神』は、和泉ゆうなを応援する――一ファンにしか過ぎない。


 だから、気になるけど。


 めっちゃくちゃ、どんな話が来てるのか、気になるけど!



 ――ここはおとなしくしてるのが、正しいんだと思う。



「……うー。そんな、しょんぼりした顔しないでよぉ」


「あ、ごめん……気にしないで。俺はちゃんと、我慢できるから。我慢するのが……俺の務めだって理解してるから」


「…………うーん」



 しばらくアゴに手を当てて思案したかと思うと。

 結花はソファに放り投げたスマホを、そっと拾い上げた。


 そして結花は、再びRINE電話に出ると。



「あ、もしもし、久留実さん? すみません……ちょっとスピーカー設定にしてもいいですか? ちょっと昨日の文化祭で、手が疲れちゃって」



 さっきまで普通に電話をしていたはずなのに。


 そんなことを口走ったかと思うと、結花はスマホスタンドに自分のスマホを置いて、小さく舌を出して呟いた。



「ちょっと疲れたから、スピーカーにしたけど……たまたま、だからね? 別に遊くんがしょんぼりしてたから、聞こえるようにしたわけじゃないんだからね?」



 ツンデレみたいなことを言って、はにかむように笑う結花。



 ――ありがとうね。



『建前』を使ってまで、俺に気を遣ってくれたことに……俺は本当に感激する。


 絶対に静かにしてるから。



 結花――打ち合わせ、頑張ってね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る