第36話 俺たち史上、最大の本気で文化祭に挑んだ結果…… 2/2

 目の前に現れた俺に対して……勇海いさみは一瞬、キッと睨みを利かせてきたけど。


 渋々といった調子で、いったん席に座り直した。



「えー、なんだろー今の。こわー」


「メイドさーん、めっちゃ怖いから、ここはスマイルで盛り上げてちょうだいよー」


「あ……え、えっと……」



 またパリピが結花ゆうかに絡み出したのを見て、勇海は苛立たしげに言う。



「……やっぱり行かせてください。僕が結花を、助けるから」


 そうやって再び立ち上がろうとする勇海の肩を――俺は、グッと押さえた。



「……何するんですか? 離してください。そうじゃなきゃ、ゆうにいさんが……結花を助けてください」



 焦りとか憤りとか、色んな感情が入り交じった勇海の顔。


 そんなに心配するくらい、お姉ちゃんのことが好きなんだな……勇海は。



 だけど――――。



「いや。俺は……結花を、助けない」


「……は? ふざけてるんですか? あなた、結花の『夫』になる人なんでしょう? 困ってる結花を助けもしないで、何が『夫婦』なんですか……っ!」



「なんでも手を貸すだけが、『夫婦』じゃないだろ?」



 ピタッと――勇海の動きが、止まった。


 そんな勇海に向かって、俺は静かに、言葉を続ける。



「俺だって、本当は……すぐにでも助けに行きたいよ。結花が辛そうな顔をしてるのなんて、見たくないから。だけど――結花は。自分が頑張るところを、勇海に見せたいって。中学の頃の綿苗わたなえ結花じゃないところを、見てほしいって。そう言ったんだ。だから――俺がやるべきことは、お前と一緒に……ここで結花を、見守ることなんだ」



「……結花が、失敗するかもしれないのに?」


「失敗したら、全力で励ますよ。成功したら、一緒にめちゃくちゃ喜ぶ。そうやって、誰よりも一生懸命な『嫁』を支えてみせるよ――『夫』としてな」


「……遊、にいさん」



 言葉を失ったように、黙り込む勇海。


 だけど、その視線は……まっすぐ、大切な姉の方へと向けられている。



「メイドさーん、回ってよー」


「笑いなってばー。絶対、笑った方が可愛いからさー」



 勇海の件など忘れたように、再び盛り上がってるパリピ二人組。


 俺たち以外のクラスメートたちも、「さすがに止めた方がよくない?」なんて、ざわつきはじめている。




「…………私はっ!!」



 ――――そのとき。



 透き通るようなきれいな声が……俺の胸に響いた。



「私は……コミュニケーションを取るのが、下手くそで。普段から、こんな感じで……あんまりリクエストに応えられなくて、ごめんなさい。だけど――このカフェは、クラスのみんなで頑張って準備した、大切な場所なんです。なので……」



 言い淀みながら。


 だけど、落ち着いた口調で言い切ると。



 綿苗結花は、眼鏡のレンズ越しに――ふっと、穏やかに微笑んだ。




「……どうぞ、楽しんでくださいね? お嬢様」




「……あ、えっと……」

「……え、かわい……」


 結花のその佇まいに、パリピ二人組も思わず言葉を失っていると。



「――おぉ! 岡田と山田じゃないか!! 卒業して以来だなぁ!!」



 静寂をぶち破るような、大声を上げながら。


 我がクラスの担任――郷崎ごうさき熱子あつこが、教室に入ってきた。


 その後ろには、郷崎先生を呼んできたらしい、二原にはらさんの姿がある。



「……ご、郷崎先生じゃん!」


「うわぁ! めっちゃ郷崎先生ぇ!! ウケるくらい変わんないー!!」



 なんか郷崎先生のことを知ってるらしい二人は、嬉しそうな声を上げた。


 そんなパリピたちを、郷崎先生は――ガッと、抱きしめる。



「……浪人生活、辛くないか? ごめんな。先生がもっと、力を貸してあげられてたら」


「ち、違うよ。だって、高校の頃にちゃんと受験勉強しなかったの……あたしらだもん」


「うちら、馬鹿だけど。めっちゃ頑張ってるから……絶対、いい結果出すから。見守っててよ、先生!」



 思いのほか、郷崎先生に気を許している空気のパリピ二人組。


 こういうタイプの生徒の方が、案外相性が良かったりするのかもな。郷崎先生。



「……無事に解決したみたいで、良かったわぁ」



 そんな俺に、二原さんがこそっと耳打ちしてくる。



「あの先輩たち、なーんか見覚えあったからさ。去年、三年生の担任してた郷崎先生なら、知ってっかなーって。んで一応、なんかあったとき用に、声掛けに行ってたんだけど……要らない心配だった感じだね?」


「……いや。いざってときのために動いてくれる友達がいて……ありがたいよ」



 人知れず手を打ってた、その感じ――ヒーローっぽいよ、二原さん。



「すごいね、綿苗さん! 本物のメイドさんみたいだった!!」


「綿苗さん、あんな風に笑うんだねぇ! ドキッとしちゃったよぉー」


「別に」



 なんだか盛り上がってるクラスメートたちに、いつもの塩対応をかますと。


 結花は勇海たちのいるテーブルのそばに立って、俺のことをじっと見つめてから。



 深々と――本物のメイドのような、お辞儀をした。



「ありがとう、佐方さかたくん……助けないでくれて」


「ううん。綿苗さんなら、頑張れるって信じてたから」


「……自分で頑張るって、決めてたから。観に来てくれた人のためにも、いつも支えてくれてる人のためにも――自分が変わったところを、見せたかったから。一人で頑張らせてくれて……本当に、良かった」



 それだけ言ってから。


 結花は腰をかがめて、目の前の一人の少女に向かって、小声で尋ねた。



「……勇海。どうだったかな。私……少しは変われてたかな?」



 そんな結花の問いに、小さく頷いて。


 勇海は――今にも泣き出しそうな声で、答える。



「ごめんね、結花。結花は、もう……自分の足で立てるように、なってたのに。僕は……そんなこと、分かろうともしないで……」


「んーん。私こそ……頼りないお姉ちゃんで、ごめんね?」



 周りに人がいるから、距離を取ったままの結花だけど。


 きっと本当は、抱きしめたいくらい勇海が愛おしいんだろうなって。そう思った。



「勇海。私はね、昔よりちょっとは強くなったし……そばで支えてくれる、素敵な未来の旦那さまとも出逢えたから。お姉ちゃんは、もう大丈夫。だからね……もう私を護るために頑張る勇海じゃなくって……勇海自身の人生を楽しむ勇海に、なってほしい。それが、お姉ちゃんとしての――お願い」


「…………うん。大好きだよ……お姉ちゃん」



 涙の滲んだ瞳を、ごしごしと拭うと。



 勇海はすっと立ち上がり――乱れていた執事服を整えてから、一礼をした。



「結花を……お姉ちゃんを、これからもよろしくお願いします。遊にいさん」




 ――――こうして。



 めちゃくちゃ大きなハプニングはあったけれど。


 みんなで力を合わせて、頑張ってきた今回の文化祭は。




 俺と結花にとって、これまでの人生で一番……最高のものになったと思う。

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