第35話 俺たち史上、最大の本気で文化祭に挑んだ結果…… 1/2

 俺と結花ゆうかがシフトに入ってから――十分ほどが経過した。


 十二時台は一番のかきいれどきだから、カフェフロアのシフト人数を多めに組んでいる。



 他の時間帯が二、三人なのに対して、この一時間半は四人。


 男子は、俺とマサ。女子は、結花と二原にはらさん。


 忙しい時間帯だからこそ、結花の緊張感は……午前中以上だろうなって思う。



「いらっしゃいま――って、あれ? ひょっとして、那由なゆちゃんか?」


「は? きも。なんかドラキュラがナンパしてきた……勇海いさみ、警察呼んで」


「待て待て! 那由ちゃん、俺だよ! 倉井くらい雅春まさはる!! 日本にいた頃、遊一ゆういちのとこに遊びに行ったとき、会ってただろ!?」


「うわ、やば……詐欺の手口じゃね、これ? 勇海、やっぱ警察だわ」



 そんな忙しい時間帯だってのに、なんか妙なクレーマーがマサに絡んでる。


 俺はげんなりとした気持ちになりつつも、オーダーをキッチンサイドに伝えてから、マサのヘルプに入る。



「那由……お前、邪魔するんなら帰れよ」


「うわっ!? 今度は変態タキシードが、威圧してきた! 何この店、こわっ」


「那由ちゃん、からかいの手口がえげつないよね……すみません、騒いじゃって」


「……けっ。なに大人ぶってんの? これじゃ、あたしが迷惑な客みたいじゃん」



 まさに迷惑な客だよ。


 お前、人前じゃなかったらマジで説教タイムだからな?



「はぁ……ま、いっか。んじゃクラマサ、ドラキュラ頑張れし」


「ちゃんと覚えてんじゃねぇか、那由ちゃん!?」


「それじゃあ、ゆうにいさ……遊一さん。案内を、お願いします」


「あ、うん……では、こちらのお席へどうぞ」



 勇海は空気を読んで『遊にいさん』呼びを自重し、那由と二人でテーブルについた。



 いつもどおり、へそが出るほど短めのTシャツの上にジージャンを羽織った那由は、ショートパンツから伸びる生脚を組み、ショートヘアが傾くくらいの角度で頬杖をついた。やばいくらい、行儀が悪い。


 一方の勇海は、相変わらず白いワイシャツに黒い礼装を纏い、黒のネクタイをタイピンで留めた執事スタイル。一本に結んだ髪と、青いカラーコンタクトのおかげで、おそらくこの部屋の誰よりもコスプレじみている。



「なぁ、遊一……那由ちゃんの連れてる美青年、彼氏か?」


「違う上に、多分そんなこと直接言ったら、那由に殺されるぞ」



 そう思うのも無理はないけど、要らぬ血を流してほしくないから、一応の説明をする。


 結花の妹――って話すとややこしいので、そこは伏せて。


 俺と那由の共通の知り合いで、二原にはらさんから今回のコスプレカフェのアドバイザーをお願いされた、男装女子……って感じで。



「へぇ……普通にイケメン男子かと思ったけど、女子なんだな。でも、なんかあの子……そわそわしすぎじゃねぇか? 明らかに挙動が不審だぞ?」



 うん。今日の勇海が、不審者っぽい動きをしてるのは、すごく分かる。


 理由は言えないんだけどな……ごめん、マサ。



「やっほ! 那由っち、勇海くん!!」



 そんな二人のもとに――ピンク色のぴっちりレオタード姿の二原さんが、向かった。


 那由も勇海も、さすがに想定外の格好だったんだろう……一瞬、動きが止まる。



「……二原ちゃん。えっと、ここ十八禁の店なわけ?」


「なぁに言ってんのさー、那由ちゃんは! てか、二原ちゃんって呼び方、いいね!! 今後もその呼び方で、よろー」


「……桃乃もものさん。僕の色んなアドバイスを聞いた上で、どんな変遷でそんな格好に?」


「メイド服とか、チアガールとか、魔女っ子だとか……女子がみんな、可愛い服を着てっからね! 一人くらい、格好いい系を着て、盛り上げちゃうかーって」


「格好……いい……?」


「なに言ってんの、このギャル。こわ」



 そんな――冷え切った空気の那由&勇海のテーブルに。


 一人のメイド服の少女が、すっと水を運んだ。



「お帰りなさいませ」

「……ありがとう、ございます」



 勇海は何かを言い掛けたけど、コップを受け取ると、すっと視線を落とした。


 那由はそんな結花ゆうかと勇海の様子を、ぼんやりと眺めてる。



「……ご注文は、いかがいたしますか?」


「じゃ、あたしカフェオレで。勇海は?」


「あ、うん……ブラックコーヒーを」


「どちらも、ホットでよろしいですか?」



 やや事務的な口調だけど……午前中の硬さを考えると、結花なりに頑張って接客してるって感じる。勇海の前だからってのも、あるんだろうけど。


 オーダーを取った結花が、キッチンに注文を伝えに行く。



「ねー、こっちの店、見てこーよ!」



 ちょうどそのときだった。


 金髪ロングの女の人と、黒髪にパーマを掛けた女の人が、二人で店内に入ってきたのは。



「お帰りなさいませ」



 結花が深々とお辞儀をして、席に案内する。


 二人とも濃いめの化粧をしてて、ネイルとかアクセサリーとかもバリバリで……なんかすっごい、パリピ感。



 そんなパリピのところに、結花が注文を取りに向かった。


 大丈夫かな……結花が接客するには、難易度が高そうなお客さんだけど。



「……ご注文は、いかがいたしますか?」



 ガタッと、俺の後ろで椅子の動く音がした。



「勇海、座れし」



 ガッと、今度は何かがぶつかった音がした。



 後ろを見ると――立ち上がった勇海に向かって、那由が押したテーブルをぶつけていた。


 勇海は攻撃を受けた腹部を押さえながら、苦悶の表情のまま、よろよろと着席する。



「……那由ちゃん。さすがに今のは、ひどくない?」


「は? 勇海が余計なこと、しようとしたからっしょ。ぜってー今、結花ちゃんを助けに行こうとか考えてたし。過保護すぎ、マジで」



 何やってんだあいつら……なんて、ぼんやり思っていると。



「えー、この服、可愛いー。ねぇねぇ、これ彼氏の前とかでも着たりすんの?」



 金髪の方の女の人が、オーダーを取ってる結花に向かって、へらっと軽口を叩いた。


 それに同調して、黒髪の女の人も結花に絡みはじめる。



「ねぇねぇ、うちら、この高校の卒業生なんだわー。可愛いメイドさん、ちょっとくらいサービスしてよー」


「……と、言いますと?」


「あははっ! じょーだんだって。そんなマジな感じじゃなくていいから、もっと笑いなよー。地味すぎるって、それじゃあー」



 その言葉に、結花の表情が――サッと固まったのを感じた。



「あー、でもこーいう子、あたしらの頃もいたよね? 確か二年のとき? ぜーんっぜん、笑わないタイプの……名前、なんだっけ?」


「え、分かんない。いたっけ? うち、物覚え悪いからなぁ。英語もろくに覚えらんないのに、絡みの少ない同級生とか、記憶できるわけないっしょー」



 固まる気持ちは、痛いほど分かる。だって、このパリピ二人の空気は多分……。


 結花が不登校になった中学時代を……どことなく、思い出させるものだろうから。




 早く助けないと。そう思った俺は、慌てて駆け寄ろうとして。



 ――――本当にそれでいいのかって、踏み留まった。




 ここで結花を助けるのは、簡単だ。


 傷つかないように、俺が代わりに接客して、あの二人から遠ざければ済むんだから。



 でも……学校で一歩を踏み出したいって、そう決意した結花を。


 本当にそれで――支えたって言えるのか?




「ちょっ!? 勇海、だから立ち上がんなって……」


「できるわけないだろ、そんなこと!!」



 店内に響くほどの大きな声で、勇海が那由に向かって叫んだのが聞こえた。


 振り返ると、服の裾を引っ張ってる那由を振り切って、今にも飛び出しそうな勢いを見せている勇海の姿があった。



 きゃぴきゃぴ盛り上がっていたパリピ二人組も、何事かとざわついている。


 そんな様子を見て……俺は覚悟を決めて、強く踏み出した。



「お客様、どうかされましたか?」



 そして、俺は純白のタキシードを翻し。



 勇海の正面に立つと――――恭しく、お辞儀をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る