第33話 【開場】文化祭中の許嫁、心配しかない 1/2

「じゃあ、俺たちは先に出るから。那由なゆ勇海いさみ、戸締まり頼むわ」


「……はい。いって、らっしゃい」



 そう言う勇海の顔色は、ひどく暗い。


 昨日の夜は普通のテンションだったんだけど――勇海なりの空元気だったのかもな。



 文化祭がはじまるのは九時から。


 開場に向けた最後の準備があるから、俺たち生徒は七時に集合予定だ。



「それじゃ行こっか、ゆうくん」



 ポニーテールに眼鏡の結花ゆうかが、制服を翻しながら言った。


 結花もなんかテンションが低いけど……こっちは緊張してるのかもな。



 学校行事も頑張ってみるって、勇海に言った結花だけど。


 中学時代の結花が、学校で経験したトラウマは――決して小さなものじゃない。


 結花が不安になるのだって、無理はないと思う。



「結花」



 そんな結花の緊張を感じ取ったんだろう……勇海が心配そうに、呼び掛けた。


 靴を履いて鞄を持ってから、結花は勇海の方へと向き直る。



「結花……本当に、大丈夫なの?」


「もー……勇海は過保護だなぁ」


「心配にもなるよ。だって、中学の頃の結花は……」



 言い掛けて、ぐっと言葉を呑み込む勇海。


 勇海が不安がる気持ちも……分かる。


 俺だって昨日、結花から昔のことを聞いたとき、胸が張り裂けそうな思いがしたから。



 もしもまた、昔みたいに学校で嫌な思いをして、結花の心が折れてしまったら。

 もしもまた、結花の笑顔が消えてしまったら。



 なんて……先回りして心配しちゃうよな。



「中学の頃の綿苗わたなえ結花は、もういないよ」



 そんな重たい空気を切り捨てるように。


 結花は、きっぱりとした口調で言って――笑った。



 勇海の不安が伝染していた俺は、その言葉にハッとさせられる。



「もちろん、私は私だよ? でもさ、ほら。身体だって、こんなにおっきくなったじゃん? それと同じで、心だって……色んな人と出会って、色んなことを経験して、変わってきたの。だから――中学の頃の、泣いてばっかだった綿苗結花は、もういない」


「……結花」



 それでも表情を曇らせてる勇海の肩を、結花はポンッと叩いて。



「もー、頑張るって言ったじゃんよ。だから……見ててよ、勇海。お姉ちゃんだって、成長してるんだぞってとこ!」


「うじうじすんなし、雰囲気イケメン」


「いたっ!?」



 そんなタイミングで、全然関係ない那由が、勇海の背中を容赦なくぶん殴った。


 お前……せめてこういうときは、平手でパシンとかじゃない? なんで拳でバキッてしたの?



「文句言うのは、本番見てからにしろっての。イケメンぶってるくせに、余裕なさすぎ。いつものテンションで送り出しなって。マジで」


「分かったよ……乱暴だな、那由ちゃんは」



 妹同士で小競り合いをしてから。


 勇海は、不安そうな表情のまま――結花のことを見つめて。



「もしも困ったら、遊にいさんに助けてもらうんだよ? 怖いときは、すぐに助けを求めるんだよ? 分かった、結花?」


「……はぁ。勇海、あんたって子は……」


「きも」



 そして俺と結花は、二人で家を出た。


 雲ひとつない、きれいな空。



 さぁ、文化祭がうまくいくよう――気合いを入れ直さなきゃな。



          ◆



「おっしゃあー。気合い入れんよ、二年A組!」



 文化祭のクラス代表・二原にはらさんは、朝から絶好調。


 クラスメートたちを鼓舞しつつ、シフトの確認やらカフェで出す飲食物の最終チェックやら、縦横無尽に駆け回ってる。



「よっ、佐方さかた! どうよ、調子は?」


「普通だよ。ちょっと緊張はしてるけど」


「そかそか。ま、緊張するくらい本気なら、よしっ!」


「なんだよ、よしって……」


「だって佐方、いい顔してるもん。中学の頃みたいに自然な表情してっから。お姉さん的には、嬉しいってわけ!」



 自然な表情?


 あぁ、言われてみれば……そうかもな。


 今回の文化祭は、色んな思いがこもってるからか――いつもより普通に、クラスの連中と話してたような気がする。



 そこまで考えてから、俺はふっと浮かんできた疑問を、二原さんにぶつける。



「二原さん、まさかだけど……そこまで想定して、俺と結花を副代表に選んだの?」



 高校に入ってから、やたらと俺に絡んでくるようになった二原さん。


 中学の頃は全然接点がなかったのに、なんでだろうって……ずっと不思議だったけど。



 親しくなって分かったのは、来夢らいむにフラれて以来、昔ほど社交的じゃなくなった俺に――また元気を取り戻させたいなんて。そんな風に思ってたってこと。


 お節介というか、特撮好きが高じたヒーロー思考というか。



 そんな二原さんのことだから。


 ひょっとして、俺たちを選んだのにも、そこまでの考えがあったんじゃ……。



「や。うちが、そんな頭脳派なわけ、ないっしょ? たまたまだね! 一緒にやったら楽しそうだなって佐方とゆうちゃんを選んだら、思いのほか……満足な結果になった感じ!!」



 全然違った。


 普通に恥ずかしいんだけど、この勘違い。



 そんな俺の羞恥に気付く様子もなく、二原さんは続ける。



「うちはさ、佐方が思ってるほど……格好いいヒーローとかじゃないって。今回だって、うちが二人と楽しい思い出を作りたかったからってだけの……ただのわがままだし」



 でもね、と。


 二原さんは、照れたように頬を掻きながら、笑って言った。



「まぁ、偶然っちゃ偶然だけど……佐方と結ちゃんにとって、少しは良い影響もあったんじゃんって、勝手に思ってはいるよ。ヒーローもそうだよね――思いもよらない奇跡が起こって、世界が救われたりすることも、あるかんね?」



 二原さんらしい、めちゃくちゃな理論だな。


 でもまぁ……確かに面倒くさくて仕方なかった、文化祭のクラス副代表だったけど。


 これはこれで良かったのかもって、思えるようにはなったよ。確かにね。



「んじゃ、佐方。せっかくの文化祭……大成功で終えられるよう、がんばろーね!」


「ああ。取りあえず……ここまできたからには、最後までやりきるよ」




 二原さんがグッと親指を立てて、朗らかに笑った。


 そんな二原さんを見てたら――なんだか俺も、自然と笑ってしまった。

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