第32話 許嫁の過去を聞いたら、もっと大事にしなきゃって思ったんだ 2/2

 設営が終わって家に帰って来た頃には、なんだかんだで夜七時を回っていた。


 身体も疲れたけど、それ以上に気疲れしたなぁ……なんて思いつつ、俺は着替えもせずそのままリビングのソファに寝転がる。



『んじゃ、空港着いたから。あと一時間くらいで、そっち行くわ』



 スマホをつけると、那由なゆから連絡が入ってた。


 帰る前に連絡とか珍しいな……素行が悪すぎて、そんな当たり前のことすら驚くわ。


 っていうか、あいつ日本に帰ってきすぎじゃない? 親父の財布、大丈夫なのか……。



結花ゆうか。那由の奴、あと一時間くらいで来るってさ」


「はーい。勇海いさみからも連絡来てて、同じくらいに着きそうな感じー」



 言いながら結花は、テーブルに眼鏡を置いて、シュシュを外した。


 明日の文化祭を朝から観られるようにってことで、那由も勇海も、今日これから我が家に泊まりに来る。



 四人が一堂に会するのは、コミケの前以来か。


 那由と勇海がまた喧嘩しないといいけど……なんて、ぼんやり考えていたら。



 ――いつの間にか、リビングから結花が姿を消していた。



「あれ? 結花?」



 ソファに座り直して、きょろきょろ周りを見回してると、ガチャッとリビングのドアが開いた。



「じゃじゃーん!!」



 自分で効果音を口にしながら、リビングに入ってきたのは――メイド服姿の結花。


 黒いワンピースタイプのメイド服は、膝のあたりでスカートがふわっと膨らんでいて。

 オーバーニーハイソックスとの間に、健康的な太もも――いわゆる絶対領域が生み出されてる。


 白いエプロンドレスは、ふりふりの可愛いもので。

 まっすぐおろした黒いロングヘアは、純白のヘッドドレスで飾られている。



 髪の色。目の色。体格。全然違うはずなのに……。


 まるで――メイド姿のゆうなちゃんみたいに、俺の目には映った。



「……どう、かな? 似合ってますか? ご、ご主人様っ♪」



 はにかみ笑いを浮かべながら、とんでもない殺し文句を放ってくる結花。



「あ、ちなみに本番はもっと、ロングスカートのメイド服着るからね!? ゆうくん以外に生脚見られるとか、さすがに恥ずかしいし……」



 聞いたわけでもないのに、なんか言い訳をしてきたかと思うと。


 結花は文化祭用に買ったトレイを片手に持ち、反対側の手を……こちらに伸ばした。



「結花はいつだって、ご主人様に喜んでほしいから……精一杯、頑張りますっ! だからこれからも、私……おそばにいても、いいですか?」



 なんなの。悩殺しようとしてるの、この子は?


 高校生男子の脳を破壊するような、凄まじいシチュエーションのラッシュ。



「……だめ、かな?」



 悶々とする気持ちを気合いで抑えていると、結花がぽつりと言った。


 どこか不安げな、その声。



 その、らしくない結花の声色に触発されたのか……俺は無意識に、結花の伸ばした手をギュッと握った。



「駄目なわけ、ないでしょ。ご主人様、はさすがに勘弁だけど……『夫婦』としてなら。これからも、そばにいて……ほしいよ」


「……ありがとう、遊くん」



 俺の手を離したかと思うと――ふわっと。


 結花は、俺の身体を強く、強く……抱きしめてきた。



 急なことで驚きはしたけど。


 俺もそれに応じて――結花の背中に手を回し、キュッと抱き返す。



「……昔の話、してもいいかな?」


「……うん」


「中学生の頃にね、私も……遊くんみたいに、不登校だった時期があったって、話したことあったじゃん?」



 そうして結花は。


 俺に抱きついたまま、『過去の傷』を――語りはじめた。




「勇海がさ。ちっちゃい頃の私は、結構やんちゃだったって、言ってたでしょ?」


「ああ、言ってたっけな。『私が一番!』みたいなタイプだったんだっけ?」



 夏休みに見た、小さい頃の結花の写真を思い出す。



「まぁ、やんちゃさはさすがに、段々落ち着きはしたんだけど……とにかくお喋りが大好きなのは、変わんなくてね? 小学生の頃も、中学に入ってからも、仲良しな友達とずーっと喋ってばっかの……『よく喋るオタク』だったんだ、私」


「その頃から結花、オタクだったんだね」


「遊くんだって、昔っからオタクだったって、言ってたじゃんよー。それと一緒! アニメとマンガが大好きで、アレが面白かったねーって話したりとか、『私の考えた理想の展開』を熱烈に語ったりとか――」



 私の考えた理想の展開!?


 なんか瞬間的に、黒歴史情報が聞こえたけど……脱線するからツッコむのはやめよう。



「まぁ、俺も中学の頃はオタク趣味全開で、陽キャぶって喋りまくってたから……なんとなく絵面は浮かんでくるな」


「私は別に陽キャぶってないけどね!? ただ、趣味の合う友達と教室の隅で、毎日盛り上がってただけで……でも、うるさかったからなぁ。悪目立ちは、してたかもね」



 そう、語ったのと同時に。


 俺の背中に回されてる結花の手に――力がこもったのを感じた。



「中二の夏頃からかな。他のグループの女子から、なんていうか……ちょっかい出されるようになったんだよね。私たちが喋ってる近くでひそひそ何か言ったりとか、あからさまに私のことを避けたりとか。それまで関わったりなんて、ほとんどないグループだったし……なんとなく私が気に入らなかったとか。そんな感じなんだと、思う」



「それって……」


 思わず叫びそうになった自分を、どうにか抑え込んだ。



『ちょっかい』って、結花は言ってるけど。


 きっと実際は、そんな可愛い言葉で済まされるものじゃなかったんだろう。



 なんとなく気に食わないなんて、そんなくだらない理由で、結花は――クラスの女子から、嫌がらせを受けてたっていうのか。



「最初は我慢してたんだよ? でもね、仲良しだった友達も、巻き込まれないようにって……話し掛けてこなくなっちゃって。それで、なんか……プツッて、糸が切れちゃった」


「……そっか」



 こういうとき……うまい言葉が出てこないのが、我ながら情けない。


 勇海とかならきっと、歯の浮くようなセリフでも吐けるんだろうな。あれがいいのかって言われると、ちょっと疑問だけど。



 それでも、結花を不安にさせたくないから。


 俺は何も言えない代わりに――結花を抱きすくめたまま、その小さな頭をゆっくりと撫でた。



「……えへへ。遊くん、ありがと」


「ううん。お礼を言われるようなこと、何もできてないよ」


「そんなことないってば。遊くんはいつだって、私を……キラキラした世界に、連れて行ってくれるんだから」



 それから結花は――不登校になっていた時期の話をしてくれた。



 友達からも話し掛けられなくなって孤立した結花は、段々と学校に行くのも怖くなり、家にこもるようになった。


 ラノベやマンガを読んだり、アニメを観たりしてると、少しは気が紛れたらしいけど。


 夜になると、何もないのに涙が出てきたりとか。

 朝になると、急にお腹が痛くなったりとか。



 そんな苦しい状態で、結花は……一年近く引きこもっていたらしい。



 来夢らいむにフラれて俺が引きこもってたのは、一週間くらい。


 その程度で絶望したとか言ってたのか、俺。自分で自分が、恥ずかしくなる。



 だって、俺の悩みが馬鹿らしくなるくらい――――結花の『過去の傷』は、とても大きなものだったから。



「そんな私を近くで見てたから……勇海が過保護になっちゃうのも、分かるんだよね。それくらい、あの頃の私ってひどかったから……」


「だからって、あんなイケメン男子みたいに振る舞う勇海も、勇海だと思うけどな」


「あははっ。そうなんだよねー。ああやって、女子を落として回るのは、お姉ちゃん的には自重してほしいんだよ。ほんと」



 俺が軽口を叩くと、結花も気持ちがほぐれたのか、愚痴っぽく言い返してきた。


 それから、結花はすぅっと息を吸い込んで。


 ギュッとさらに強く、俺のことを抱きしめてきた。



「……中三の冬にね、『アリステ』のオーディションに参加したんだ。一年くらい引きこもってるのに、びっくりするでしょ? 親も勇海も呆れてたけど……一番辛い時期に元気をくれた、マンガやアニメみたいな『物語の世界』を、自分も作ってみたいって……本気で思ったから。で、受けちゃった!」



 それからの結花は、勇気を出して……残り数か月だけ、中学校に通ったらしい。


 そして気持ちに区切りをつけて、上京して。


 一人暮らしをしながら、高校生活と声優業を両立するようになって。



 そして――高二で急な結婚話が浮上し、今に至ると。




「……以上! 湿っぽい話をして、ごめんでした。それから……聞いてくれて、ありがとう。遊くん」


「ううん、こっちこそ……話してくれて、ありがとう。結花」



 そして、どちらからともなく、俺たちはゆっくりと身体を離した。


 視線の先にいる結花は、暗い話の後だってのに……まるで一番星みたいに、輝く笑顔をしていた。



「なんでそんなにニコニコしてるの、結花は?」


「んーん。遊くん大好きだなーって、しみじみ思っただけっ! しーみーじーみー」


「今の話で、そんな風に思う要素あった?」


「あるに決まってるじゃんよー。声優になったばっかでうまくいかなかった頃、私に勇気をくれたのは、『恋する死神』さん。そして今、私に幸せな毎日をくれてるのは、遊くん。そう考えたらなんか……やっぱり大好きだなーって、思うじゃん」


「いやいや。逆でしょ、逆。『恋する死神』に、生きる希望をくれたのが、ゆうなちゃん。そして今、騒がしいけど楽しい毎日をくれてるのが、結花。だから、俺の方こそ――」


「――俺の方こそっ!?」



 結花が食い気味に、キラキラした目を向けてきたもんだから。


 急に気恥ずかしくなって、俺は言い淀んでしまう。



「俺のー、方こそー?」


「い、いや……なんでもない。なんでもないから」


「だめでーす。ちゃんと答えるまで、帰れませーん」


「どこに帰るのさ。ここ、家だよ?」


「細かいことはいいのっ! さ、早く言っちゃおー? 俺の方こそー? 結花のことがー? ……す? ……き?」


「どんな誘導の仕方なの!? っていうか、結花が勝手に言っちゃって――」



「あのさ。じれったいから、早く布団に行ってくんね? マジで」



 そうして、二人だけで話し込んでいると。


 ふいに廊下の方から、憎たらしい肉親の声が聞こえてきた。



 俺と結花は顔を見合わせてから、ゆっくりと視線を廊下の方に向ける。



 そこには――仏頂面の那由と、イケメンスマイルの勇海が、並んで立っていた。



「那由ちゃん。そういうのは、雰囲気が大事だからね。今みたいないちゃいちゃからはじまって、夜になるにつれて、燃え上がるものなんだよ。まぁ、那由ちゃんはまだ子どもだから、分からないかもしれないけど」


「は? うざ、この雰囲気イケメン」


「ふ、雰囲気イケ……聞き捨てならないんだけど、それ」



 なんか口喧嘩しはじめたけど、それ後にしてくんないかな?



「那由、勇海……二人とも、いつからいたんだよ?」


「は? もう十分近くだけど? 抱き合ったまま二人の世界……結構なこって。けっ」


「さすが遊にいさんですよね。結花にこんな、甘えた声を出させるなんて……『ちゃんと答えるまで、帰れませーん』なんて、あははっ……結花は可愛いなぁ」


「勇海、絶対馬鹿にしてるでしょ!? ばーか、ばーか! もぉー!! 二人とも家に着いたんなら、声くらい掛けてよー! 恥ずかしいじゃんよぉー、もぉー!!」




 ――そんなこんなで。


 文化祭前日の夜は、いつも以上に騒々しい感じで過ぎていった。




 そして――明日はいよいよ、文化祭。


 俺にとっても結花にとっても……最高の文化祭になるよう、頑張らないとな。

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