第31話 許嫁の過去を聞いたら、もっと大事にしなきゃって思ったんだ 1/2

佐方さかたくん。そこ、傾いてるわ」



 脚立の上に立って、教室の入り口に看板を設置してると。


 下の方から、淡々とした口調で――綿苗わたなえ結花ゆうかが言った。



「えっと、どっちに傾いてる?」


「左ね。倉井くらいくん、もう少しそっちを、下げてみて」


「お、おう」



 看板の反対端を持っているマサが、なんか結花にびくびくしつつ、位置を調整した。


 そうして整えた看板を、しばらく見てから。



「……うん。まっすぐになったわ」



 それだけ言い残して、結花は教室の中に入っていった。


 そんな結花を見送ってから、マサがこそっと耳打ちをしてくる。



「相変わらず、おっかねーな。綿苗さん」


「そうか? 別に今のは、普通の会話だったろ」


「内容はな。でも言い方がよ……なんていうか、怖くね? 冷たい感じっていうか」


「お前の推しのらんむちゃんも、そういう系じゃない? クールで、物言いがはっきりしてるところとか」


「らんむ様はいいんだよ……誰も寄せ付けない孤高の女王って空気。ゾクゾクするぜ! やっぱりらんむ様は最高だよな!!」



 いまいち会話として噛み合ってないけど……まぁいっか。


 俺は脚立を降りると、今度は教室に入って、内装に不足がないか確認をする。



 早いもので、いよいよ明日が――文化祭当日。



 前日ってこともあって、今日は各クラスや部活が、準備の総仕上げでバタバタと動き回っている。



 学校中がせわしない、この空気。


 高校に入ってから、できるだけ他人と関わるのを避けてきた俺にとって、正直この空気感は――あまり心地良いものじゃない。



 だけど…………全力を尽くすって、決めたからな。



「おー!! いいじゃん、いいじゃん! 普段使ってる机でも、テーブルクロスを掛けると違うねぇ! あ、そういや衣装の数とかだいじょぶ? 足りてる?」



 教室の中心で、文化祭のクラス代表・二原にはらさんが、色んな方向に指示を出してる。


 普段から天真爛漫でムードメイカーな二原さん。クラスメートの大半とうまくやり取りできるコミュ力が、こういう場面で活きている。



 さすがはギャル。


 特撮ガチ勢って隠れた趣味はあるけど、やっぱ根っこは陽キャなんだなぁ……。



桃乃ももの……あんたマジで、この衣装も着んの? あんた、普通に可愛いんだから、メイド服とかだけ着てればいいっしょ」


「いやいや。クラス代表たるもの、やっぱこの二年A組の『コスプレカフェ』を盛り上げなきゃだかんね。客引きに、めっちゃ目に留まるやつを選んだわけよ」



 そう言いながら、二原さんは――怪獣の着ぐるみに入った。


 全身が黒色で、虫っぽいような恐竜っぽいような、強そうな二足歩行の怪獣。



 俺でも知ってる。これ、コスモミラクルマンの有名な敵だ。



「ぷるるるるる……」


「も、桃乃!? びっくりした……なに今の、変な声?」


「いや、怪獣っぽい声を出したら、ウケ良さそうじゃん? ぷるるるるるる……」


「いやいや、めっちゃ怖いから! ビビるから!!」



 はたから見たら、二原さんが身体を張って、盛り上げようとしてるように映ってるんだろうな。


 本当はただ、二原さんが合法的に怪獣の着ぐるみを人前で着たいだけな気がするから……ある種、職権乱用だと思うけど。



「佐方くん。こっち、手伝ってくれる?」



 職権乱用怪獣を見ていた俺の肩を、ポンッと結花が叩いてきた。


 細いフレームの眼鏡越しに、結花がじっと、無表情に俺のことを見てる。



「奥の、ドリンク類を置いてるスペースなんだけど」


「あ、ああ。いいよ」



 結花に言われるがままに、俺はカーテンで仕切られたドリンク置き場に移動した。


 その後ろからついてきた結花が、シャッと無言でカーテンを閉める。



 すると……眼鏡姿のまま、ずいっと俺の顔を覗き込んで。



 にこーっと、家で二人きりのときみたいに――笑った。



「えへへっ! ゆうくんと二人っきりー」


「えっと……手伝いは?」


「ふふふ……ないよ、そんなもの! 私はただ、合法的に遊くんと二人きりになりたかっただけだからねっ!!」


「ドヤ顔で何言ってんの!? 家に帰ったら普通に二人なんだから、わざわざ変なリスクを冒して遊ばないの!!」


「遊んでないもーん。遊くんエネルギーを、補充したかったんだもーん」



 べーっと、甘えるように舌を出したかと思うと。


 学校仕様の格好のまま……結花はギューッと、俺に抱きついた。



 そして……五秒ほどして、パッと離れる。



「うんっ! 遊くんパワー、充填完了! よーし、頑張るぞー!!」


「なんの儀式なの、これ……俺はパワースポットか何かなの?」


「んー。私にとっての、力の源で……道しるべかな」



 くるっと俺に背を向けてから、結花がぽつりと呟く。



勇海いさみには、頑張るって言ったけどね。やっぱりほら、こういうの私、得意なわけじゃないから……疲れたり不安になったり、しちゃうんだよね。だから……ごめんね、遊くん。いつも甘えちゃって」



 そう言って結花は、こちらに向き直って――無邪気な笑みを浮かべた。



「じゃあ残り時間、また頑張る! 遊くん……素敵な文化祭にしようねっ」


「……ん。そうだな。一緒に、頑張ろうな」



 そして俺たちは、少し間を置いてカーテンの外に出る。


 再び準備作業に戻った結花は、普段通りクールでお堅い表情をしていて。



 相変わらずな切り替え具合に、思わず笑ってしまう俺だった。

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