第30話 【悲報】義理のきょうだい、姉への過保護が半端ない 2/2

「…………」


「ごめんってば、ゆうくんー。ふへっ……でもね? すっごく可愛かったよ?」


「マジ最高だったわ、佐方さかた……ぷっ」



 なんのフォローにもなっちゃいない。


 女子三人の前で、あんな格好やこんな格好をさせられて……なんという辱め。



「いやぁ。コスプレって奥が深いんだねぇ。やっぱ勇海いさみくんに頼んで、よかったわぁ」


「そう言っていただけると、コスプレイヤー冥利に尽きますよ」


「――――ねぇ、勇海」



 そうして、二原にはらさんと勇海がやり取りをしていると。


 結花ゆうかが、ふっと表情を硬くして……呟いた。



ももちゃん……と遊くんばっかに、服を選んでたけどさ。結局、私にはなんにも提案してこなかったよね? 勇海……なんで?」



 あまり見たことのない、結花の真剣なトーン。


 それに対して、勇海は――ぽかんと口を開けて。



「え……結花、本気で自分もコスプレする気だったの? 結花は、学校でそういうことするの、苦手じゃない。だからてっきり、バックヤードでもやるものだと……」



 さすがは実の妹。


 結花のキャラをよく分かってるな。



「いやいや。勇海くん、電話で説明したっしょ? 全員コスプレするんだって」


「確かに、桃乃もものさんはそう言ってましたけど……結花は、なんだかんだで例外なんじゃないかって思ってました」


「私のこと、なんだと思ってんの勇海は……全員でやるって決まった以上、私だってお腹を括ったんだもん!!」



 二原さんと勇海の会話を遮って、結花がきっぱりと言い放った。


 それに対して、勇海は――いつもの爽やかスマイルと違う、苦い表情を浮かべた。



「……結花、本気で言ってるの?」

「……どういう意味、それ?」



 ピリッとした空気が、二人の間に流れる。



「結花が今、声優の活動を頑張ってることは、知ってるよ。それは素直にすごいと思ってる。それから、遊にいさんと暮らすようになって、昔より――楽しそうに笑うようになったってことも、理解してる」


「……うん」


「だけどね、結花。文化祭は――学校行事は、それとは違うじゃない。言葉は悪いかもしれないけど、ごめんね……僕には結花が、学校行事で頑張ったとしても、良い結果になるとは思えないんだ」



 勇海にしては、かなり言葉を選んだ伝え方。


 だけどその内容は――思った以上に、厳しいものだった。



 結花はふぅっと深く息を吸い込んで……まっすぐに勇海を見つめ返す。



「私がコミュニケーション下手だから。学校で空回って、失敗しちゃうのが心配だって……そう言いたいんだね、勇海は?」


「……そうだね。失敗したときに、結花がまた、笑えなくなったらって考えると……怖いんだ。だったら最初から、何もしない方がいいって……僕は思ってしまう」


「過保護だよ、勇海は。私の方がお姉ちゃんなのに」


「……年齢だけならね」



 ――私の方がお姉ちゃんなのに!


 なんて、いつもの結花なら頬を膨らませて言いそうなのに。



 今はただ……勇海の言葉を、静かに受け止めている。




 ――結花ちゃんにも、兄さんくらい深い傷があるんじゃないかって、なんか思ったわけ。



 那由なゆが前に言っていた言葉が、ふっと脳裏をかすめた。



 陽キャぶって調子に乗り、好きだった女子にフラれた挙げ句、クラス中の噂になって――ショックのあまり、しばらく不登校になった中三の俺。


 もちろん、俺とは全然事情は違うんだろうけど……結花にもまた、中学の頃に不登校だった過去がある。



 その頃の、結花の傷つき。

 それを間近で見ていた、勇海の苦しみ。



 正直……どちらの気持ちも分かるんだ。



 俺が引きこもっていた時期に、那由が辛そうな顔をしていたのを、覚えてるから。


 それこそ今でも来夢らいむへの憤りを拭えないほど……那由が苦しんだのを知ってるから。



 ――――でも。



 最近、あいつ……安心した顔をすることが、増えたんだよな。


 俺と結花が、仲良く暮らすようになって。あいつも結花を『お義姉ねえちゃん』って慕うようになって――それからだったと思う。



「それを決めるのは……勇海じゃないだろ?」



 だから……俺は勇海に向かって、はっきりと告げた。


 勇海も、二原さんと結花も、一斉に俺の方に顔を向ける。



「勇海。俺にも……不登校だった時期があったのは、知ってるよな? そのとき俺は、ゆうなちゃんと出逢って、二次元だけを愛するって誓って……どうにか復活できたけど。正直、那由には心配を掛けたと思ってる。だから――勇海が結花を心配する気持ちは、分かるんだよ」



 言いながら俺は、拳をギュッと握り締める。



「だけど、三次元から目を背けず、結花と一緒に暮らすって道を選んでからは……少しくらい、安心させられたんじゃないかなって。そんな風に、思うんだ」


「……何が言いたいんです、遊にいさん?」



 勇海の声が、僅かに震えてる。


 そんな勇海を見つめたまま……俺は続ける。



「結花は、自分で『声優』って道を選んだ。『許嫁』は……まぁ、最初は親父たちが勝手に決めたけど。お互いに、仲良くやっていこうって道を選んで、こうして二人で過ごしてる。だから――学校のことも、結花が選ぶ道を、見守るべきなんじゃないか? そうした方がきっと……最後には勇海も、安心できる気がするから」


「…………」



 勇海はグッと唇を噛み締めて、足下に視線を落とす。


 手のひらから血が出るんじゃないかってほど、強く拳を握り締めて。



「……ありがとうね、勇海。それから……ごめんね、だめだめなお姉ちゃんで」



 そんな、柔らかな声が聞こえたかと思うと。


 結花がそっと、勇海の握った拳の上に、自分の手を重ねた。



 そして、トントンと――まるで子どもをあやすみたいに、その手の甲を叩く。



「私もね。正直……文化祭でコスプレとか、やだなーって思ってたんだ。和泉いずみゆうなとしてイベントに出たりは平気だけど。素の私はめちゃくちゃ人と接するの苦手だし、不安だなぁって……思ってたんだよ」


「仕方ないよ……だって、結花は……中学の頃、あんなに苦しんで……」



 勇海の声が、段々とかすれていく。


 ぽたぽたと、涙の雫がカーペットを濡らしていく。


 そんな勇海の頭を、結花は優しく撫でながら。



「でもね……私、頑張ってみたいんだ。上手じゃないかもだけど。失敗しちゃうかもだけど。それでも……頑張る方を、選んでみたい。だから……ね、勇海? かしこまって言うのも、なんか恥ずかしいけどさ。よかったら文化祭……観に来てね」



 まるで子どもに絵本を読み聞かせるように。


 結花はただただ優しく、勇海に囁き続けていた。



「……これは、手を抜いたりなんか、絶対できない感じになったねぇ。佐方?」



 そう言いつつ、なんかアドレナリン出てる感じじゃない? 二原さん。


 でもまぁ……俺も似たようなもんか。



 二原さんの意見に、俺も全面同意だ。




 高二の文化祭は、俺史上――最も気合いの入ったものになりそうだ。

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