第29話 【悲報】義理のきょうだい、姉への過保護が半端ない 1/2

「やっほー。遊びに来たよー」


「わーい。いらっしゃい、ももちゃーん!」



 飼い主に懐く小犬のように、結花ゆうかは玄関口の二原にはらさんのもとへと駆け寄っていった。



 今日の二原さんの私服は、ブラウスとショートパンツの上に、黄色いロングカーディガンを羽織ったもの。


 胸元で揺れる、ひまわりのブローチが特徴的。


 って……なんか見たことあるな、この格好。



「あ、桃ちゃん! これ、ひょっとして……『花見軍団マンカイジャー』マンカイヒマワリの、変身前のコスチューム!?」


「おー、ゆうちゃんも特撮眼が鋭くなってきたねぇ! そう!! このひまわりのブローチが、マンカイヒマワリの元気で無邪気なイメージに合ってて、最高なんだよー!!」



 うちの許嫁が、ギャルの手によって特撮沼に落ちていく……。


 いやまぁ、二人が仲良しになれたんだから、いいっちゃいいんだけど。



「ってなわけで。これからクラスの出し物について、三人で話し合うかんねー? いやぁ、やっぱ二人を副代表に推薦してよかったわぁ。休日に気を遣わない相手と遊べ……話し合いできるとか、最高じゃんね?」



 今、『遊ぶ』って言いかけたよね?


 二原さん、ただ結花と遊びたいって理由だけで、俺たち二人を文化祭のクラス副代表に選んだんじゃないかとか……穿った考えをしてると。



 ――玄関のチャイムが、再び鳴った。



「やぁ、結花。それにゆうにいさん。ご無沙汰してます」



 二原さんの次に現れたのは……すらっとした佇まいの執事だった。


 長めの黒髪を、後ろでひとつに結って。


 白いワイシャツに、黒い礼服を纏って、黒のネクタイをタイピンで留めて。


 真っ青な瞳(カラーコンタクト)でじっと結花を見つめると――勇海いさみは爽やかな笑みを浮かべて、言った。



「今日も世界一可愛いね……僕の子猫ちゃん?」


「うっさい! そーいう風にからかうんだったら、帰れー!! わー!!」



 開幕と同時に、結花の地雷を踏み抜いていくスタイル。


 さすがは綿苗わたなえ勇海……イケメン男装女子をやりすぎて、姉への接し方が分からなくなってるだけのことはある。



 そんな姉妹のやり取りを見て、二原さんがけらけら笑いはじめた。



「あはははっ! やばっ、勇海くん……めっちゃウケんねー。結ちゃんのツボに、ぜんっぜん入ってないしー」


「ぐっ……」



 痛いところを突かれて、ちょっと涙目になるけれど……勇海は平静を装って、イケメン風に言い返した。



「……そ、そうは言いますが。桃乃もものさんのツボには、入ったわけですよね? コミケのとき、僕に魅了されたからこそ……こうしてオファーをいただいたのでしょう?」


「んや。全然違うよ?」



 一部女子をメロメロにする爽やかスマイルにも動じず、二原さんはあっけらかんと言う。



「イケメン執事と、マンカイジャーだったら、うちはだんっぜん、マンカイジャーを推すね! だって、『ハナサカバズーカ』を使えば、枯れ木に花が咲くんだよ?」


「ちょっと何言ってるか分かんない……そんな花咲かじいさん的な人と僕だったら、僕の方が目の保養になりません!?」


「いやいや。うちはほら、特撮ガチ勢だから。イケメンの小綺麗な服より、アクターさんの着てるバトルスーツの方が、見てて胸にキュンキュンきちゃうんだって!」



 イケメン男装コスプレイヤー対特撮ガチ勢の、果てしないバトル。


 不毛な上に、なんか勇海が不憫でならない。



「えっと。取りあえず、いったん整理していい?」



 話がこんがらがってきたので、俺はひとまず仕切り直しを図る。



「勇海がわざわざ、この土日に上京してきたのは、二原さんに呼ばれたからなんだろ? 文化祭でコスプレカフェをやるってことで、アドバイザーを頼まれて」


「そ、そうです遊にいさん! 僕にしかできない仕事だと、桃乃さんに熱烈にアタックされまして。それが結花のためになるならと、僕も二つ返事でお受けしたわけです」


「いやさ。ほら、うちが仕切ろうとしちゃうとね? みんなにバトルスーツ着せたくなるじゃん? それもなーって思って、コスプレ界隈に詳しいらしい勇海くんに、コスプレカフェの助言をもらおーって考えたわけよ」



 確かに、みんなにバトルスーツ着せたくなる人は論外だな。


 実際、勇海は有名コスプレイヤー。センスに関しては間違いないだろうけど……。


 結花にまた、変な絡みをしないかだけが、最大の不安要素だ。



 結花も同じことを考えてるのか、なんとも言えない表情で勇海のことを見てる。



「それでは、色々と試してみますか」



 爽やかな笑顔でそう言うと。


 勇海は持参したスーツケースから、ごそごそと衣装を取り出しはじめた。



「まぁ、無難なところだとメイド服ですよね。コスプレカフェといえば、一般人も最初に『メイドカフェ』を思い浮かべるでしょうし」


「おけ! んじゃ、試しに着てみんねー!!」



 勇海からメイド服を受け取ると、二原さんはリビングを後にした。


 そして――メイド姿に変身して、再びリビングに入ってくる。



「いらっしゃいませぇ、ご主人様? うちのお店、どーです? いいっしょ? いーっぱいサービスしちゃうよぉ? ……どう、佐方さかた?」


「えっと、ごめん……ギャルな雰囲気とメイド服がミスマッチすぎて、なんか違法な店に連れていかれて、ぼったくられそうに感じる」


「ひどっ!」



 心外だとばかりに二原さんがめっちゃ睨んでくるけど、やっぱそのメイド、闇が深そうだよ。ギャル風メイド……まぁ特殊な性癖の人には、凄まじく刺さりそうだけど。



「んじゃ、結ちゃん着てみたら? 学校仕様の結ちゃんがメイド服着たら、めっちゃしっかり者のメイドって感じで、似合いそうじゃね?」


「あ……う、うん。じゃあ、頑張って着てみ――」


「ああ、結花は大丈夫だよ。はい、じゃあ次」



 流れのすべてを、ぶった切ると。


 勇海は淡々と、違うコスチュームを提示してきた。



「こっちはどうでしょう? チアガール。服も可愛いですし、『お客さんを応援する』ってコンセプトのカフェで、押し出せるんじゃないかと」


「あー、チアかー。おけ、んじゃ着てみんね!!」



 そして再び――二原さんは着替えを終えて。



「いらっしゃいませー!! ちょいちょい、お客さーん。なんか疲れてね? そんなお疲れなあなたを……うちがめっちゃ、応援したげるかんねー」



 膝上数センチのきわどいミニスカートを翻しながら、ピンク色のポンポンを揺らして、二原さんが軽くステップを踏む。


 そんな二原さんを、真面目な顔でじっと見てる勇海。



「うん。桃乃さんには、こういう活動的なキャラの方が合ってますね。後はそうだな……桃乃さん、意外と男装も似合いそうです。胸のあたりを、目立たないように絞れば」


「えー? マジでー? んじゃ、そっちも試してみよっかなぁ」


「……はい! はーい!! こっちで手を挙げてる人がいますよー!?」



 結花がぴょんぴょん跳ねながら、なんか手を挙げてる。


 けれども勇海――敢えてのスルー。



「って、無視しないでよ勇海! 人前でコスプレとか、乗り気じゃないけど……私だって文化祭に出るんだから! 桃ちゃんだけじゃなくって、私にもアドバイスしてよっ!!」


「ふふっ。結花はそのままが、一番可愛いよ?」


「そういう話じゃなーい!」



 目に見えてぷんすかしてる結花をさらにスルーして、勇海は俺の方に顔を向けた。



「そうだ。遊にいさんも、色々試してみましょうよ。執事とかタキシードとか、スタンダードなのもいいですけど……逆に、女装系とかどうです?」


「え、なんで!? 唐突に逆にするのやめて!?」


「ほー……女装。それ、めっちゃ面白そ――いや。案外、ニーズあるかもじゃね?」


「待って二原さん。君、ただ面白そうだからってだけで、もう文化祭とか関係なく言ってるでしょ!?」



 この流れはまずい。


 勇海と二原さんが悪乗りをはじめたら、マジでろくなことにならない。



 助けてくれ、結花。ここは結花だけが頼りだ……っ!!



「……ふへっ。遊くんの女装……そんなの、絶対可愛いじゃんよ……わくわくっ」



 ちょっと結花ぁぁぁぁぁ!?




 ――――こうして。


 この後、俺は……筆舌に尽くしがたい辱めを受ける羽目となった。

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