第20話 【事案】人気コスプレイヤーに絡まれたら、大変なことになった 2/2

「よっ。ゆうちゃんも佐方さかたも、お疲れさまっ!」



 コスプレ広場から全力で逃げた反動で、ホールにあるベンチに座って、ぐったりしてた俺と結花ゆうか


 そこに、さっきのお面の少女が現れた。


 ……いや、正体は分かってるんだけどね。



「助かったよ……ありがとう、二原にはらさん」


「ありがとう、ももちゃん……すっごい格好良かった!」


「もっと褒めていいよ! なんたってうちは、ヒーローだかんね?」



 お面を外した二原さんは、なんだかすごい得意げな顔で笑ってる。



「桃ちゃーん!」


「うむうむ。結ちゃん、好きなだけ甘えたまえー」



 ギューッと抱きついてきた結花を抱擁し返して、二原さんが頭をなでなでしてる。


 その姿は、まるで彼氏のよう。



 ……うん。



 まぁ、二原さんは女子だからね。


 別に、他の男に取られたとかじゃないから、いいんだけどね。



「ゆ、結花……? 何をしてるんだい?」



 そこに――事態をややこしくすることに定評のある義妹が、やってきた。


 執事服の上に、薄地のロングコートを羽織ってる勇海いさみ。一応、目立たないようにしてるのかもしれない。



「勇海。取り巻きの人たちは、どうしたんだ?」


「休憩に入るって伝えて、いったん離れてもらって……って、遊にいさん!? なんで平然としてるんです!? 結花が不貞を働いてるんですよ!?」


「ふ、不貞!? 失礼なんだけど、勇海! 私はただ、仲良しの女子といちゃいちゃしてるだけだもんっ!! 同性同士のスキンシップだもんっ!」


「あははっ! 結ちゃんってば、めっちゃカワっ!! ほーれ、わしゃわしゃー」


「えへへー」


「遊にいさん! 同性だって危険ですよ!! 僕と結婚したいって言っているファンのみんなも、僕と同性なんですから!!」



 ごめん。さすがに勇海のパターンは、極端すぎて参考になんない。


 だけど、どうにも勇海は納得がいかないらしく。


 何も手を打たない俺に業を煮やしたのか、自ら二原さんの方に近づいていく。



「初めまして。結花のお友達の方……ですか?」


「そだよー、初めまして! うちは二原桃乃ももの。んっと、結ちゃんの……弟くん?」


「妹だよ、桃ちゃん! 妹!!」



 結花がぐいっと二原さんの服の裾を引っ張って、強く主張する。


 その仲睦まじさを目の当たりにして……勇海は少しだけ、頬を引きつらせた。



「申し遅れました。僕は綿苗わたなえ勇海。中学三年生で、結花の……実の妹です」


「へぇ、中学生なんだ! めっちゃ大人っぽいしー。しかも、妹ってゆーか、イケメン男子系な感じじゃん?」


「そうですね。一応ファンクラブもある、男装専門のコスプレイヤーですから」


「すごっ! 姉は声優、妹は人気コスプレイヤー。佐方……めっちゃすごい家庭と、縁を結んだもんだねぇー」



 呑気にそんなことを言って、結花のことをギューッとする二原さん。


 そんな二原さんに、結花はにこにこ。


 勇海は、歯をぎりぎり。



 これは……あれだな。


 自分も結花とべたべたしたいっていう……勇海の嫉妬。



「桃乃さん……ひとまず、結花と離れませんか?」


「えー、なんでー? 結ちゃん、やわっこくて、めっちゃ癒されんのにー」


「私も、桃ちゃんと離れたくないー」


「あははっ。結ちゃん、ほんっと可愛いなぁー」


「ぐっ……」



 歯が折れるんじゃないかってくらい、ぐぎぎ……ってなってる勇海。


 だけど――深呼吸をして、気持ちを落ち着けたかと思うと。



 勇海は攻め方を変えて、二原さんにイケメンスマイルを向けながら、彼女のアゴをくいっと上げた。


 きょとんとする二原さん。



「ん、なに?」


「桃乃さん。結花を可愛いと言ってますが……あなたも、十分に魅力的な方ですよ? 可愛らしくて、美しい」


「ちょっ、ちょっと勇海! 何やってんの!? 桃ちゃんまであんたの毒牙に掛けるの、やめてよ!!」


「僕は正直な気持ちを伝えているだけだよ、結花。桃乃さん、どうです? あなたも僕の、可愛い子猫になりませんか?」



 二原さんを自分の虜にして、結花とのべたべたを止めようっていう……押しても駄目なら引いてみろ的な作戦なんだろうな、勇海的には。


 そういうことするから結花に怒られるっていうの、いい加減学習した方がいいと思う。



「ほー。なるほどねぇ……んじゃ、結ちゃん。ちょい離れてて」


「え、も、桃ちゃん!? 駄目だよ、勇海の口車に乗せられたら!!」


「決断が早いところも素敵ですね、桃乃さん。さぁ、それでは僕があなたをエスコートさせていただきま――」



 爽やかにそう言って、二原さんの手を引こうとした勇海の額に。


 二原さんは――声霊銃せいれいじゅう『トーキングブレイカー』を押し当てた。



 …………なんで?



「……えっと。これ、どういうことです?」


「昨今の特撮番組は、イケメン俳優の登竜門になってるからさ。女性層にも一定の需要があって、劇中でも格好いいキャラクター性を与えられたりしてるわけよ」



 なんの話をしてんだ、この特撮系ギャル。



「うちは古い作品に多い熱血レッド! なキャラの方が好みだけどさ。いざ戦いになると、優男から格好いいヒーローになるってのも、趣があって良いと思う。けど、イケメン妹ちゃんは……隙だらけ。ヒーローっぽさのないただの優男は、眼中にないってお話」


「はたから聞いてても、何言ってんだか意味不明だよ……二原さん」



 思わずツッコんじゃったけど、勇海には思いのほか、二原さんの言葉は効いたらしい。


 その場にガクッと膝をついて、愕然としてる。



「ふ、普通の優男……那由なゆちゃんといい、桃乃さんといい……僕にこれっぽっちもなびかない女性が、こんなにいるなんて……」



 那由と二原さんは、さすがに相手が悪かったとしか言いようがないと思う。



 なんて、勇海に同情している俺の服の裾を。


 結花がくいっと引っ張った。



 そして――そっと俺の耳元に、顔を近づけて。



「……ちなみにね。私の好みは……遊くんだよ。どんな俳優や、どんな特撮キャラより……遊くんが大好きっ」



 甘ったるい囁き声に、耳を伝って頭がぞくぞくっと痺れる。


 どんな場面でも、急にそういうのぶっ込んでくるの、やめてくれない?



 じゃないと――そのうち、俺の心臓が止まっちゃうから。本当に。




 ――――と、なんか色んなことがあって。


 勇海にとっては、ダメージの大きい一日だったかもしれないけど。



 なんだかんだで……結花とコミケに行くのは、楽しかったなって思う俺だった。

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