第18話 許嫁とコミケに参加したことがある人、どこを回ったか教えて 2/2

「すみません、これ一冊ください!」



 目当てのブースに辿り着くと、俺は中身を見る間も惜しんで、即購入。


 五百円を支払って同人誌を手に入れた俺は、次のブースへと向かう。


 そして、即決で次の同人誌もゲット!



ゆうくん、どんな内容か知ってるの? さっきから立ち読み、一切してないけど」


「内容は事前にネットで試し読みした程度しか知らないけど……俺が百パーセント満足できる作品だってことだけは、分かってるから」



 そう言って俺は、購入した同人誌を結花ゆうかに見せる。



『【朗報】ゆうなちゃん、どこでも可愛いしかない。』

『ゆうな×らんむ 凸凹ラブドリーム☆』

『ゆうなちゃん(嫁)』



「ほらね」


「ほらね、じゃないよ! ゆうなの本ばっかじゃんよ!!」


「大丈夫だって。俺は健全なものにしか、手を出してないから」


「キリッとした顔で何言ってんの……もー、ばか……」



 自キャラメインの同人誌が恥ずかしいのか、結花は顔を手で隠した。


 まだ公式でメインを張ったことないもんね、ゆうなちゃん。



 だけど――コミケに来れば、ゆうなちゃんを一番に推してて。


 本まで創っちゃうような……本気のファンがたくさんいる。



 そんな同志たちの作品を、買い漏らすわけにはいかないから。


 俺は――全ゆうなちゃんメイン本を、手に入れるんだ!



 …………とは言っても。



 当然、らんむちゃんたち『八人のアリス』ほど、たくさんのサークルがゆうなちゃんメイン本を創ってるわけじゃない。


 数か所回ったところで、俺は目当ての品をすべて買い終えた。



「お待たせ、結花……なんか気になる本があったの?」


「え!? い……いいえーなんにもみてないよー」


「なんでそんな棒読みなの?」



 誤魔化そうとしてるのが見え見えな結花。


 俺はちらっと、結花が見ていた方向に視線を向ける。



 そこは、特に女性ユーザー人気が高いソシャゲ――『闘犬ランデブー』のブース。


 闘犬を擬人化した男性キャラたちが魅力の作品なんだけど……結花ってこの作品好きだったんだなって思いつつ、平積みの同人誌を見る。


 それは――ちょっと強面のおじさんキャラが、黄色い髪のショタキャラのアゴを、くいっと持ち上げてる表紙。



 ああ……そういう。



「ゆ、遊くん! もう行こうよ、なんでそっち見てんのー!!」


「気にせず買ってきなよ。前々から、ひょっとして……って思うこと、何回もあったし。BがLなのを好むのは、女子オタクあるあるだって思ってるしさ」


「……引かない?」


「引くわけないでしょ。人が好きなものは否定しないって……心に決めてるんだから」



 二原にはらさんとの件があった夏祭りのとき――改めて俺は、自分に誓ったんだ。


 自分の好きなものは、絶対に大切にして。

 誰かが好きなものは、絶対に否定しないって。



「……んと。ちょっと、待っててね?」



 戸惑いがちにそう言うと、結花はおずおずとブースにできてる列に並んで、お目当ての同人誌をゲットしてきた。


 嬉しそうに笑ってる結花を見て――一緒に来てよかったなって、心から思ったんだ。



          ◆



 お互い目当ての品をゲットし終えた俺たちは、会場を散策していた。


 そして興味本位で来たのが、ここ――コスプレ広場。



「わぁ……こっちも凄い人だかりだね」



 結花が感心したように言う。


 コスプレ広場は、色んな作品のキャラクターに扮したコスプレイヤーさんたちと、カメラをかまえた無数のファンたちで埋め尽くされていた。



 初参戦のときは、俺もマサも、ブースを回るだけでいっぱいいっぱいだったから……コスプレ広場に来るのは、俺も今回が初めてだ。



「ああ、いいっすね、そこら辺! んで、顔が写るように、『トーキングブレイカー』をもうちょい下に……ああ、そうそう!! じゃあお願いします――さぁ、お前のショータイムを変える、通りすがりの唯一人……」



 カシャ、カシャ、カシャ。


 何連射か撮影してから、カメラをかまえてた女子は、すごい勢いで立ち上がると――。



 ビシッと……変身ポーズを、決めてみせた。



「――参上! 仮面ランナーボイス!! ぶっちぎるぜぇ……っ!!」


「なんで撮る方がポーズ決めてんのさ……二原さん」


「うへあ!?」



 俺が声を掛けると、めちゃくちゃテンパった二原さんが、あたふたしながら振り返る。


 そして、俺だってことが分かると……安堵したように深く息を吐き出した。



「なぁんだ、佐方さかたかぁ……ビビったわぁ。あ、てかゆうちゃんもいるじゃん! やばっ、こんなとこで会えるとか嬉しすぎなんだけどー!!」


ももちゃん! えへへー、偶然だねっ! でも……すごいね、そちらのコスプレイヤーさん。完全に『仮面ランナーボイス』だ……」



 結花がそう言いたくなるのも分かる。


 二原さんが撮影してたコスプレイヤーさんは、自作と思われる『仮面ランナーボイス』のスーツを着て、劇中どおりのポーズを決めてて……見事すぎる再現度だったから。



「こちらの人、長年『仮面ランナー』の着ぐるみを造っててね? 今日のコミケに出るってブログで知ったら、我慢できなくって……うちは撮影に来たわけよ」


「みんな、色んなコスプレをしてるんだねー。あっちの人は『闘犬ランデブー』のキャラだし、あっちの人は完全にらんむちゃんを再現してるし……」



「きゃあああああああああ!!」



 そのときだった。


 広場中に響き渡るほどの黄色い声援が聞こえてきたのは。



「ん? なんかすごい盛り上がってんねー。ちょい見に行こ? 結ちゃん、佐方」


「あ、ちょっと桃ちゃんー」



 そうして俺と結花と二原さんは、黄色い歓声がやまない広場の中央あたりに移動した。


 カメラをかまえた無数の女性陣に囲まれて、ふっと微笑を浮かべているのは――執事服のよく似合うイケメン。



 いや……訂正。


 どんなイケメン男子にも勝る美貌を持った、男装の麗人だった。



「ふふっ……みんな、あんまり大きな声を出さないで。みんなの想いは伝わってるし、なにより……そんなに声を張り上げたら、可愛い声がかれちゃうでしょ?」


「いやぁぁぁぁぁぁぁ!! 勇海いさみさま素敵ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」



 絶叫する女性ファンたち。


 なんか、二人くらい失神するように倒れたし。



「……うげ」



 そんな凄まじい状況下にいる妹を見て、結花は嫌そうな表情を浮かべた。



「遊くん、桃ちゃん。早く行こ? 私、ここに巻き込まれたくな――」


「……あれ? 結花じゃない。どうしたの、こんなところで」



 勇海がそう言うと同時に、先ほどまでの大歓声が――ピタッと止まった。


 おそるおそる、俺と結花は後ろを振り向く。


 そんな俺たちを見つめたまま――勇海はにこっと、爽やかに微笑んでる。




 次回……波乱のコスプレ広場編だな、これ。


 本気で勘弁してほしいんだけど。

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