第17話 許嫁とコミケに参加したことがある人、どこを回ったか教えて 1/2

 うだるような暑さ。刺すような日差し。


 そんな中で、白いTシャツ・ジーンズ・黒いキャップという格好をした俺は――結花ゆうかと一緒に、尋常じゃない長さの列に並んでいた。


 あまりの暑さに、汗がだらだらと流れ続ける。



「えへへーっ! ゆうくんとー、コミケー♪」



 そんな俺のそばで、なんか鼻唄を歌いながら、楽しそうに身体を揺らしてる結花。


 この間のお忍びデートでは、和泉いずみゆうなになった上で、髪をおろして目深にキャップをかぶってた結花。



 だけど今日は、なんたってコミケ。その二日目。



 ゆうなちゃんっぽい格好の方が目を惹く可能性が高いし、そもそもウィッグとキャップの組み合わせは熱中症になりかねない。


 というわけで、今日の結花は家仕様のまま目立ちにくい服装をし、逆に俺がキャップを深くかぶって顔を隠すことにしたわけだ。



 マサあたりが来てたら、見つかって困るのは俺の方だしな。



「遊くん。えっとね……言いにくいんだけど」



 言葉を選びつつそう言うと、結花は俺からちょっとだけ距離を取った。


 ふわっと、スカートの裾が揺れる。



「あんまりね? 私に近づいちゃ、だめだよ?」


「どうしたの、結花? 万が一知り合いに見つかってもまずいし、変に近づきすぎるつもりはないけど」


「むー……そういうことじゃなくって!」



 両腕でバッテンを作って、結花はしかめっ面をしてきた。



「……汗かいちゃってるから、だめなのー。汗のにおいとかして、幻滅させちゃったら、やだもん」



 前にも似たようなこと、言ってたな。


 二次元は無臭だから、汗のにおいで嫌われちゃうかも、的なこと。



 まったく。さすがにそんなことくらいで、幻滅しないってのに。


 そもそも、普段から結花――いい匂いしか、したことないし。



「それにしても……すごい行列なんだね、コミケって!」


「結花は初めてのコミケ参加なんだっけ?」


「うん! 初めてのコミケはー、遊くんと一緒ー♪」



 笑顔で歌うように言う結花に、俺はつい吹き出してしまう。


 中三の冬に、『アリステ』と出逢って。

 高一の冬に、初めてコミケに参加した。



 初参戦のときは、マサと一緒に来たんだけど……ごめんな、マサ。今日は一緒に行けなくって。


 前回は初めてのコミケだったから、ただただ会場の熱気に圧倒されて終わっちゃったけど……今日の俺は、ひと味違う。



 回りたいサークルは、事前にチェック済み。


 会場内をうまく回れるよう、ルートだって考えてある。


 初参戦の結花を案内しながら……目当てのものは、全部ゲットしてみせる!



「あ! 遊くん、見て見てー!!」



 やたら嬉しそうな声が聞こえたもんだから、俺は結花の指差す方向に目を向けた。



「あ……『アリステ』だ」



 入場口まであと少しのところ。


 そこにある電光掲示板に、いくつかのソシャゲの広告が出ていて。



 その中のひとつが――『アリステ』のものだった。



「すごーい! こんな大きなイベントで、『アリステ』が宣伝されてるなんて……えへへっ。なんだかとっても、ドキドキするね!!」


「そうだね……『アリステ』も、ここまで来たんだなぁって。なんだか感慨深くなるよ」



 そう言って結花と笑いあうけれど……俺はほんのちょっとだけ、胸が苦しくなるのを感じた。


 当然といえば当然なんだけど。



 広告に出ているキャラは、『八人のアリス』だけ。



 アリスアイドルは百人近くいるから、八人を選抜して載せるのは仕方ないのも分かるんだけど……。


 ゆうなちゃんがいない広告を結花が見るっていうのは、なんだか複雑な気持ちになる。



 俺にとって、ゆうなちゃんが唯一無二の存在なことは揺るがないけど。


 ゆうなちゃんに魂を吹き込んでる声優――和泉ゆうなとしては、やっぱり寂しいんじゃないかなとか。そんな心配をしちゃうから。



「ゆーうくんっ!」



 考え込んでいた俺の頬を、結花がぷにっとつついてきた。


 それから、にこっと笑って。



「ありがとう、心配してくれて。でもね? 私は八人の中に選ばれてなくたって、応援してくれるみんながいるって知ってるから……ぜんっぜん、大丈夫だよっ!」


「……結花、エスパータイプだったの?」


「どっちかっていうと、フェアリータイプがいいなぁ……じゃなくって! 遊くんが顔に出しすぎなのー」


「うっ……ゆうなちゃんのことだから、力が入り過ぎちゃったかな」


「えへへー。でも私は、そんな優しい遊くんが――大好きだけどねっ!」



 当たり前のように「大好き」なんて言われると、なんだかくすぐったくなる。


 結花の愛情表現は、いつもストレートなんだよね。



 ――――そうこうしてるうちに。



 列もだいぶ進んで、俺と結花は館内に足を踏み入れた。


 直射日光こそなくなったものの、館内の熱気も凄まじい。



「すっごーい……こんなにたくさんの人が来て、ブースの人たちは一生懸命作品を創ってて……本当に、すごいなぁ」


「結花こそ、声優としてすごく頑張ってるでしょ」


「でも、他にもたくさん頑張ってる人たちがいるんだなぁって思うと――もっと、力が湧いてくるじゃん! 私も、もっと声優としてレベルアップしなきゃって!!」



 そう言いながら、グッと拳を握り締める結花。


 気合いの入ってる結花に、なんだか微笑ましい気持ちになる。



「じゃあ、まずはこっちから回ってもいい?」


「うん! 初めてだから……優しく教えてね?」


「えっと……誤解を招くから、その表現はやめよう?」


「えへへっ。はーい」



 そうやって無邪気に笑う結花と一緒に――俺はブースを回りはじめた。

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