第16話 【キャンペーン企画】ゆうなが、あなたのおうちにやってくる! 2/2

『マサ。俺は今……ゆうなちゃんと一緒にいる』


『おお、遊一ゆういち! お前もその次元まで達したんだな!! ちなみに俺は、二十四時間ずっと、らんむ様が目の前にいるぜ!!』



 昂揚する気持ちのまま、マサにRINEを送ってみたけど、向こうの方がもっと上級者だった。マサの場合は、ただの妄想だけど。



「ちょっとぉ! ゆうながいるのに、スマホいじんないでよー!!」



 前屈みな姿勢でソファに腰掛けていたら、もぞもぞと後ろに回り込んだゆうなちゃんが、ギュッと俺のことを抱き締めてきた。


 はい、また死んだー。



「……ゆうなにこんな顔させて、ぜーったい許さないもん。罰として……好きって、百回言ってよ……ばぁか」


「ひっ!?」



 耳元で囁かれたもんだから、なんとも言えない甘美な電流のようなものが、全身をビリビリと流れていった。


 前にイベントでゆうなちゃんが言ってたセリフの、アレンジバージョン。


 俺は一体、何度死ねばいいんだ……。



「えへへっ。ねぇねぇ、死神さん! どう? ゆうなと一緒で、嬉しい?」


「嬉しすぎてヤバいよ、ゆうなちゃん……」


「そっかぁ! 良かったぁー、えへへー♪」



 背中側から俺をギュッと抱き締めたまま。耳元でご機嫌な声を出すゆうなちゃん。


 頭がとろけていく。



 だけど……ふっと、結花ゆうかの顔が脳裏をよぎる。



 もちろん俺のためにやってくれてるって分かるから、嬉しいしかないんだけど。


 どうして結花は、今日これをやろうと思って――。



「『恋する死神』さん。ちょっとだけ……そのまま聞いててね?」



 そんなことを考えてると。


 俺の背中にこつんと額を当てて、ゆうなちゃんがぽつりと囁きはじめた。



「ゆうなはね、『第一回 八人のアリス投票』で三十九位になったんだ」


「うん、知ってるよ。おめでとう……ゆうなちゃん」


「ありがとう、『恋する死神』さん……ここまで来れたのは、あなたのおかげだって、ゆうなは思ってるんだ。だから今日は――そのお礼を、ちゃんとしたかったの」



 ゆうなちゃんから、『恋する死神』へのお礼。


 それをきちんと届けたかったから――結花はこんなシチュエーションを、わざわざ準備してくれたのか。



「ゆうなちゃん……ありがとう。だけど、それは違うよ。『恋する死神』に、そんな力はない。全部、全部……ゆうなちゃんの努力の成果だよ」


「…………『私』がどんなに辛いときでも、『恋する死神』さんは、いつだって応援してくれたじゃんよ……それが、どんなに嬉しかったか」



 ゆうなちゃんの声が震えたかと思うと、口調に変化があった。


 だけど俺は、敢えてそれは指摘せずに――『彼女』の言葉に耳を傾ける。



「私、声優になる前……自分に自信がなかったんだ。それで、思いきって『アリステ』のオーディションを受けて、和泉ゆうなになれたけど……それでも失敗ばっかで、凹んでばっかで」


「だけど、ゆうなちゃんの声は……中三の冬に絶望してた俺の心を、救い出してくれた。失敗ばかりじゃないよ。ゆうなちゃんの声は――間違いなく『恋する死神』を助けた」


「……助けられたのは、私だもん」


「俺の方だよ、助けられたのは」



 そんな言葉を交わしあって。


 俺はゆっくりと後ろに向き直り――涙目になってるゆうなちゃん、もとい。



 綿苗わたなえ結花の頭を、ぽんぽんとした。


 ツインテールにしてる茶髪のウィッグが、ふわりと揺れる。



「結花。いつもありがとう」


「こ、こっちこそ……ゆうくん、いつもね? 本当に……ありがとう。大好き」



 そう言って、結花は笑った。


 その無邪気な笑顔は、ゆうなちゃんみたいでもあるけど。


 素の表情で笑ってる、普段の結花そのもので。



 ――俺までなんだか、つられて笑っちゃうんだよな。いつも。



          ◆



「遊くーん。ゆー。遊くーん。ゆ、ゆ、ゆー♪」



 俺の膝の上にごろんと寝転がって、結花は楽しそうに意味もなく俺の名前を呼んでる。


 ゆうなちゃんモードから着替えた結花は、いつものさらさらな黒髪に、水色のワンピースという格好。


 なんだか嬉しそうにずっと笑ってる結花を見てると、気恥ずかしくなるから……俺は用もないのにスマホをいじってる。



「どうだった? ゆうながおうちに来た感想は?」


「命の危機を感じたよ……尊すぎて、死ぬかと思った」


「えへへー。喜んでくれたんなら、なによりですっ!」


「……別に特別なことをしなくても、結花がいるだけで、毎日楽しいけどね」



 ぽろっと言ってから、俺はハッと口を塞いだ。


 なんか今、俺……めちゃくちゃ恥ずかしいこと言っちゃったよな?



「ゆ、ゆゆゆ、遊くーんっ!!」



 だけど、時既に遅し。


 俺の言葉を聞いて瞳をキラキラ輝かせはじめた結花は、俺のお腹あたりに――ぐりぐりっと、自分の顔を埋めてきた。



 結花の息づかいが温かくて、なんだかお腹がくすぐったい。



「……私も楽しい。遊くんの許嫁になれて、ほんっとうに……幸せだよ」


「……うん」



 俺はそんな結花の頭を、ゆっくりと撫でた。


 さらさらの黒髪が、俺の指先をくすぐる。



 ――那由なゆ勇海いさみがいるときも、騒がしすぎるところがありつつも、なんだかんだ楽しいんだけど。


 こうして結花と二人きりで、ゆっくりしてるときは――なんだか心が、ぽかぽかと温かくなるような気がして。



 ……無意識に表情が、緩んじゃうんだよな。



「あ、遊くんが笑ってるー!!」



 そんな俺をめざとく見つけた結花は、嬉しそうに目を細めた。



「そういう結花だって、笑ってるでしょ」


「そりゃあそうだよ。好きな人が笑ってたら、つられて笑っちゃうなんて、当たり前じゃんよー」



 そんな風に冗談めかしてから。


 結花は、満面の笑みを浮かべて――言ったんだ。



「ゆうなも、結花も。ずーっと、そばにいるよ! だーかーら……一緒に笑お?」



 もう、十分すぎるほど笑わせてもらってるけど。


 そうだね……これからも、二人で笑えるといいなって。そう思うよ。

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