第15話 【キャンペーン企画】ゆうなが、あなたのおうちにやってくる! 1/2

「んじゃ。結花ゆうかちゃん、兄さん。しばらく旅行してくるわ」



 玄関で靴を履きながら、那由なゆがキャリーバッグに手を置いて言った。


 お盆時期だけど、この間とは違う友達と旅行に行くんだとか。



「いってらっしゃい、那由ちゃん! 気を付けて行ってきてねー!!」


「旅行が終わったら、そろそろ親父のとこに帰るのか?」


「はぁ? やば……妹を家から締め出そうとするとか、通報案件じゃね? 夏休みに、なんで父さんと二人で過ごすの、馬鹿なの? ぜってー、この家に戻ってくるし」



 凄まじい睨みを利かせてくる那由。


 いやまぁ、別にこっちはいいんだけど……親父、可哀想じゃね?



 そんなことを考えてると、那由がぐっと俺の腕を引っ張って、耳元で囁いてきた。



「……兄さん。あたしがいない間に、結花ちゃんとうまくやんなよ。勇海いさみもいなくなった、絶好のチャンスなんだし」



 そう――今朝の始発電車に間に合うように、勇海は出ていった。


 旅行する那由と同じくらいの荷物を持って。



 なんでも今日から数日間、友達のところに泊まった後に、地元に戻る予定らしい。



「勇海がいたら、また色々ややこしいし……ここで決めなよ、男なら」


「……何を決めろと? っていうか、ややこしくしてるのは、お前も一緒だからな?」


「はぁ……マジ鈍すぎね? そんなん、決まってんじゃん――授かり物的な意味だし」


「馬鹿なの、お前?」


「馬鹿はそっちっしょ。だって兄さんじゃん? 子ども作って繋ぎ止めとかなきゃ、ぽいって捨てられるし。なぜなら、甲斐性なしだから」



 ……びっくりするくらい見下されてる気がするけど、もうツッコむだけ無駄な気がしてきた。



 ――というわけで。



 勇海に続き、那由もしばらく留守にするから。


 久しぶりに数日間……俺と結花は、二人きりの時間を満喫することとなった。




「…………」



 結花が二階の自室に行っている間、俺はリビングのソファに腰掛けて、コーヒーをひたすら啜っていた。


 那由と勇海がいるときは、騒々しくて困ってたけど――急に静かになって、しかも結花と二人きりなんだと思うと。


 なんか変に意識して、そわそわ落ち着かないな……。



「取りあえず、なんかアニメでも観るか……」



 独り言ちながら、TVのリモコンを手に取ったタイミングで。



「――――それでは! キャンペーンに当たった方を、紹介したいと思います!!」



 いつの間にか廊下に来ていたらしい結花が、なんの脈絡もなく声を上げた。


 キャンペーン? なんの話してんの?



 ……なんて、思っていると。



「それではー、発表でーす! でけでけでけでけー……じゃじゃーん!! はい、キャンペーンに当たったのは……『恋する死神』さんですっ! きゃー、ぱちぱちー!!」


「えっと、ごめん結花。ちょっとテンションについていけな……」


「と、いうわけで! 今日は私――和泉いずみゆうなが『ゆうな』になりきって、『恋する死神』さんのおうちに、お邪魔しちゃいますねー!!」



 俺の質問を遮りつつ、強引にそう言いきると――結花はリビングにぴょんっ、と入ってきた。


 いや……結花じゃない。



 茶色いロングヘアのウィッグをかぶって、頭頂部でツインテールに縛って。


 眼鏡を掛けてないから垂れ目だし、口元は猫みたいにきゅるんってしていて。


 ピンクのチュニック、チェックのミニスカート、黒のニーハイソックスという、黄金パターンの服装をして。



 ――――うん。我が天使、ゆうなちゃんが現実に現れたね。



 OK。俺は死んだ。



「はーい、こんにちはっ! ゆうなが遊びに来たよっ!!」



 和泉ゆうなの格好をした結花が、当たり前みたいにそんなことを言ってのけた。


 俺は戸惑いがちに、尋ねる。



「えっと……結花? 今回は一体、どういう主旨のイベントなの? この間、学校のシミュレーション的なのやったけど……そういうシリーズ?」


「あー! 死神さんってば、ひっどーい!! ゆうなだよっ! 結花なんて名前じゃないもんっ!! 違う女の子と間違えるなんて……もー、知らないっ!」



 OK。俺はもう一回死んだ。


 悶えている俺の顔を覗き込んでくる『彼女』。



「今日はね? キャンペーン企画『ゆうなが、あなたのおうちにやってくる!』なんだよっ! 見事キャンペーンで選ばれた、ゆうなの一番のファン『恋する死神』さんのところに――次元を超えて、ゆうながやってきたってわけ! えへへっ」



 つまり……ここにいるのは、綿苗わたなえ結花でもなく。


 声優・和泉ゆうなでもなく。


 ゲームの中から飛び出してきた――ゆうなちゃんってこと?



 次元の法則が乱れる。


 脳がぐわんぐわんして、まるで夢でも見てるみたいに、ボーッとしてくる。



「じゃあ、これから――ゆうながいっぱい、死神さんのことを楽しくさせちゃうから……覚悟してよね?」



 うんうん。分かったよ――ゆうなちゃん。


 俺は今、すべての次元を超越して、夢の世界に来てるって……理解したよ。




 もう現実に帰ってこれない気がするけど……愛さえあれば関係ないよね?

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