第14話 俺の妹、人に懐かないにしても限度があると思うんだが 2/2
翌朝。
妹たちのごたごたで、寝るのが遅かったおかげで、目を覚ましたのは十時過ぎ。
ぼんやりする頭のまま、俺は階段をおりて、リビングに向かう。
「おはよ……」
リビングのドアを抜けると、そこは『異世界』だった。
「ふはぁ……
「……にゃ。那由は、お
「…………」
ソファに座ったまま、でれでれしきった顔をしてる
そんな結花の膝の上でごろごろ転がってるのは、ネコ耳をつけた那由。
その光景を見ながら頬をピクピクさせてるのは、
…………どうしたらこんな状況になるのか、見当もつかない。
ネコ耳は多分、前に結花がコスプレショーしたときのやつだと思うけど。
「……那由ちゃん。いい加減、そこをどいたらどうかな? 結花も疲れると思うしさ」
「けっ!」
「私はへーきだよっ! だって、こんなに那由ちゃんが甘えてくれるなんて……ふへっ、可愛いしかないもん!」
「にゃっ」
にゃっ、て。
普段の荒くれ者な那由しか知らない俺としては、可愛いとかよりむしろ怖い気持ちが先に来る。結花は超でれでれだけど。
「お義姉ちゃんの、にゃんこ那由だし」
「きゃー!! 可愛いー!!」
「君さ、自分がどれだけ恥ずかしいことやってるのか、分かってる?」
「けっ。男装して女子囲って、有名人ぶってる奴ほど恥ずかしくないし。うざ」
「くっ……うぅ……こうなったら!」
結花を取られたショックから、ぷるぷる震えてた勇海が――リビングを飛び出した。
そして、再び帰ってきたかと思うと。
「じゃあ、僕は
寝起きでまだ男装をしてない勇海は、眼鏡を掛けた結花そっくりな顔のまま。
頭に犬耳をつけて、首にトゲ付きの首輪を巻いて。お尻には尻尾をつけて。
俺のことを、潤んだ瞳で見つめてきた。
「どう、遊にいさん?」
「しゃれにならないから、今すぐやめてほしい」
「伊達にコスプレイヤーやってないですから。那由ちゃんの雑なネコ耳とは違う……本格的なわんこに変身しました。遊にいさんの、ペットです……くーん。わんわんっ♪」
意味不明なことを言いながら、勇海はガバッと俺に抱きついてくる。
豊満な胸の圧力が、腕を通じて俺の脳にダメージを与えてくる。
ああ……これ脳が死ぬやつだ……。
「きも。なに兄さんに取り入ってんの? 結花ちゃんを取られた腹いせ?」
「義理の兄と仲良くするなんて、家族として当然じゃないかな? それとも那由ちゃん……やっぱり遊にいさんを取られて嫉妬してるの? 可愛いなぁ、那由ちゃんは」
「してねーし。嫉妬してるのは勇海っしょ」
「いいや。嫉妬してるのは那由ちゃんだね」
ネコ耳の那由と、がっつり犬コスプレをした勇海が、不毛な争いをはじめる。
もう呆れた以外の感想が出てこない。
「…………勇海」
そのとき。
膝から那由をおろすと、結花はすくっと立ち上がった。
そして、俺の腕に絡んでる勇海の方へ、無表情のまま向かってくる。
あ、これ……結花が勇海に、マジで怒るやつじゃない?
「勇海、年貢の納めどきっしょ。結花ちゃんにがっつり怒られろし」
ソファにあぐらを掻いて、ニヤニヤしながら勇海を煽る那由。
お前、本格的に性格悪いな……。
勇海もさすがにヤバいと思ったらしく、俺からパッと身体を離した。
そんな勇海の間近まで辿り着いたところで、結花は――。
――――ぎゅうっと。
勇海のことを、強く抱き締めた。
「え、ゆ、結花……?」
「遊くんに絡んだのはムカッとしたけど……私の方が先に、那由ちゃんばっか可愛がったのがよくなかったね。ごめん、勇海。那由ちゃんが可愛いのも事実だけど……勇海だって、私の可愛い妹なのは、ずっと変わんないよ」
「…………結花」
勇海は口を開き掛けたけど、何も言わずそのまま結花を抱き返した。
うん、それが正しい。
お前は喋ったら、火のないところすら爆発させかねないからな。
「……けっ。なんかいい感じですねー、けっ」
那由は頭の後ろに手を組むと、つまらなそうに立ち上がり、リビングを出ようとする。
そんな那由の肩に、俺は手を伸ばした。
「……なに、兄さん。どうせお説教っしょ? 聞きたくないんだけど」
「違うって。そうじゃなくってだな……えっと」
唇を尖らせてる那由を見ながら。
俺はちょっと躊躇しつつも…………。
那由の頭を、軽く撫でた。
「は?」
那由がパッと目を見開く。
そんな那由から目を逸らしつつ、俺は小さな声で呟く。
「いや……結花の言葉を聞いてさ。俺もなんだかんだ、お前より勇海と話すことが、最近多かっただろ? 那由はいつも俺を邪険にしてるし、まぁいいだろって思ってたけど……ひょっとしたら、嫌だったのかもしれないなって。ごめんって……思ってさ」
「…………兄さん」
そう伝えて、俺が頭を撫でてると。
那由は珍しく、静かに俯いて――――。
グリッと、俺の足の甲を踏みつけた!
「いった!? おま、全力で踏むのは、さすがにやば……」
「兄さんが変なことするからっしょ! 馬鹿じゃん? あたしはそんなの、気にしたことないっての!! 調子乗んな! マジで!!」
なんか見たことないくらい顔を真っ赤にした那由が、俺の胸のあたりをべしべし叩いてくる。めっちゃ痛い。
――――と、そんなこんながあって。
「はい、勇海。那由ちゃんに一言は?」
「……ごめんね、那由ちゃん」
「ほら、那由。お前からも」
「……悪かったし、勇海」
結花と俺の促しによって、ひとまず『妹戦争』は幕を閉じた。
妹同士、今後はもう少し仲良くしてくれたらいいんだけど……。
「那由ちゃん、やっぱり遊にいさんのこと好きだよね。もっと素直になれば可愛いのに」
「きも。その喋り方やめろし」
「……ここまで僕に反抗的な女子、初めて見たよ。本当に」
「けっ。『さすがです!』しか言わない取り巻きとは違う、あたしの正論でも味わえし。その天狗みたいな鼻……いつかぶち折ったげるから。マジで」
五分も持たず、再び言い合いをはじめる二人を見て、俺は深くため息を吐いた。
――結花と勇海の関係だけじゃなく、那由と勇海の関係も考えなきゃだな、これ。
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