第13話 俺の妹、人に懐かないにしても限度があると思うんだが 1/2

「うぅ……ゆうにいさん。どうして僕は、いつも結花ゆうかに怒られるんでしょう?」

「……えっと。逆に、なんで怒られないと思ったの?」



 結花プレゼンツ、佐方さかた遊一ゆういち綿苗わたなえ結花の、学校シミュレーション……の後。


 結花は恥ずかしさのあまり、帽子を目深にかぶって、無言で夕食を食べてたんだけど。


 そのときに――勇海いさみが放った余計な一言が、これだ。



「結花、帽子を取ってくれないかな? 結花の照れている可愛い顔は……夕食を彩る魅力的なデザートなんだから」



 その後、むちゃくちゃ怒られた。


 そうして結花に怒られまくった結果――夜に部屋でさめざめと泣いているのが、今の勇海ってわけ。


 いい加減この子は、自分の言動を客観的に捉えた方がいい。



「僕はただ、落ち込んでる結花を励まして……一緒に楽しい食事にしようって。そう思っただけだったのに……っ!」


「なら、そう言えばよかったよな。変に回りくどく、口説き文句みたいな言い方をするから怒られるんだと思うけど」


「できないんですって……結花を心配するのが癖になってるから、つい子ども扱いしちゃうし。コスプレイヤー活動や男装喫茶で、こういう喋り方が染みついちゃってますし。どうやったら直せるのか、全然分かんないんです!」



 義妹のこじらせ方が尋常じゃなくて、ちょっとなんてアドバイスしたらいいのか分かんない。


 アルバム作戦のときも、結花の可愛さをアピールしたかった気持ちは分かるけど、結果的に結花の黒歴史みたいな写真ばかり推して怒られてたし。



 勇海の感覚は、致命的にズレてる。


 なんだろう、結花もそうだけど……姉妹揃って天然なのかもしれない。



「遊にいさん!」



 唐突に声を大きくしたかと思うと、勇海がギュッと俺の手を握った。


 そして、結花にそっくりな大きな瞳を潤ませて、俺のことを見ると。



「お願いします。結花に愛されまくってる遊にいさんから……手ほどきをいただきたいんです」


「それは分かったけど……まずは手を離そうか? この間もこういうシチュエーションを見られて、結花に怒られたばっかだろ?」


「お礼ならなんでもしますから!」


「だから、人聞きの悪い言い方をするなってば! こんなところ、結花に聞かれでもしたら――」



 そう俺が言った矢先。


 バタンと、凄まじい勢いで扉が開け放たれた。



 そして、俺のことをギロッと睨んでいるのは――那由なゆ



「話は聞かせてもらった……結花ちゃんを呼んでくるわ」


「待て待て。那由、落ち着け、話せば分かるから」



 しかし俺の制止も聞かず、那由はドタドタと二階に駆け上がっていく。


 そして……無理やり起こされたのか、目元を擦ってる結花を連れてきた。



「うにゅ……なぁに、那由ちゃん? 頭がボーッとするよぉ……」


「結花ちゃん。あの二人を見て。事件は寝室で起きてるわけ」



 俺が口を挟もうとするよりも先に、那由がたたみかけるように話を進めていく。


 そして那由は――とんでもないことを、口にした。



「妹は見た! 兄さんが……勇海に夜這いをしてるとこを」


「ん……んん!? よ、夜這い!?」



 結花は一気に眠気が覚めたらしく、カッと瞳を開いた。


 その隣でドヤ顔をしてる那由。



「ちょっと遊くん、どういうことなの!?」


「それはこっちのセリフなんだけど!? どういうつもりだよ那由!?」


「あたしはただ、事実を伝えただけだし」


「どこが事実だ!」


「はぁ? ふざけてんの? ちゃんと聞いてたし。『結花を愛してるみたいに、手ほどきください』『じゃあ、まずは手を離してから、こういうシチュエーションで……』『なんでもします』――そんな卑猥なやり取りをね!」


「お前、中途半端に聞いた情報で勝手な解釈すんなよ! 完全にデマだぞ、それ!?」


「うわ……言い訳とか、やば。許嫁の妹に手を出そうとした挙げ句、実の妹に罪をなすりつけるとか。妹権侵害だわ、マジで」



 どうして我が家は『妹』に当たる人間が、どいつもこいつも面倒くさいんだろう……。



「遊くん……ひどいよ」



 そして、そんな那由の妄言を信じてしまった結花は、しょんぼりとした顔で言う。



「勇海に手を出すくらいなら――わ、私に夜這いすればいいじゃんよ! 私だって、な、なんでも、するもん!!」


「とんでもないこと言ってるの分かってる、結花!?」


「分かった……やっぱり胸なんだね。勇海って男装してるときは隠してるけど、本当は巨乳だから――巨乳を狙ったんだねっ!!」


「ごめん。もうこうなってくると、大きい胸が嫌いになりそうだよ……本当に」


「ふふっ……まったく。結花はいつも、早とちりさんだね」



 そうして事態が大ごとになっていく中で。


 絶対余計なことを言う奴が、なんか口を挟んできた。



 結花と同じくらいの長さの黒髪。


 眼鏡を掛けたパジャマ姿の、結花に似た顔つきをしてる義妹――綿苗勇海。



「結花、勘違いしないで。確かに僕は、遊にいさんを慕っているよ? だけどそれは、遊にいさんが――結花をとても愛しているから。心配なことばかりな結花を支えてくれる大切な義兄に、手を出すなんて愚かなこと……この僕がするわけ、ないじゃない?」


「心配なことばかりとか、失礼なんですけど! 私はお姉ちゃんだよ!?」


「そう。そうやって論理的に考えれば、この事件――犯人は明白だよね」



 結花の主張をスルーして。


 不敵な笑みを浮かべながら、勇海は那由の顔を見た。


 そんな勇海を、那由はぎろっと睨む。



「……なに? あたしのせいにするわけ?」


「怒る気はないよ? 気持ちは分かるからね。自分の大好きなお兄ちゃんを取られそうで……焼きもちを焼いたんだよね、那由ちゃん?」


「は、はぁ!? ふざけんなし! ないから、マジないから!! あたしがこんな、うだつの上がらない兄さんに、焼きもち焼くとかありえないし!!」


「ふふっ。そうやって焦る顔も、可愛いね。よしよししてあげようか?」


「……うざ。何この、テンプレ優男ぶった馬鹿」



 テンプレ優男ぶった馬鹿。


 その暴言が、勇海には思いのほか刺さったらしく――。



「……ごめん。それは訂正してくれるかな? 仮にも僕は、男装コスプレイヤー界隈では名の知れた存在で、『執事喫茶』ではナンバーワン執事だよ? テンプレだったら、ここまでの地位になれないよね?」


「で? 引っ掛かる女子が、見る目のない可哀想な奴ばっかなだけっしょ? あたしから見たら、優男ぶってる調子乗った寒い奴だし。取り巻きがいるから天狗になってるだけの、裸の王様感が半端ないわ。マジで」


「……聞き捨てならないね」



 お互いに睨み合いながら、バチバチと火花を散らしあう妹たち。




 ――かくして。


 実妹と義妹の、『妹戦争』が幕を開けた。

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