第12話 俺と許嫁が、家で学校再現やってみた 2/2

 そして制服に着替えて、リビングに戻ってくると。


 俺は、結花ゆうかの斜め前に着席した。



「こんにちは、綿苗わたなえさん」

「……ええ。こんにちは、佐方さかたくん」



 一瞥だけすると、再び視線をダイニングテーブルに落とす結花。


 そこに置かれてるのは、学校のノート……じゃないな、それ!?



 前に見たことあるぞ、それ……結花が自分の料理メモに使ってる『結花のひみつのレシピ本☆』だ!



 そんなレシピ本に、何やら書き込みをしてる結花。


 つい気になって、俺はそーっと『結花のひみつのレシピ本☆』を覗き込んだ。



☆結花ちゃん特製▼豚肉の生姜焼き ~愛情を添えて~☆


 ①キャベツをトントン、千切りにします!


 ②豚肉に片栗粉をかけます! 注:小麦粉じゃないことを、きちんと確認しよう!!


 ③すりおろし生姜(大さじ2杯) しょうゆ(大さじ2杯) 料理酒(大さじ1杯)   砂糖(大さじ1杯) 混ぜまーす。たれになりまーす。


 ④ごま油をひいたフライパンで、豚肉がこんがりするまで焼いて、たれを入れる!

  ■ポイント 中火で炒める 全体に味がなじむまで■


 ⑤お皿に盛り付けたら、豚肉の生姜焼きの完成っ!!


 ⑥~愛情は、添えるだけ~



「どこが学校の再現なのさ!? 愛情を添えるのは、今じゃないでしょ!!」


「……静かにして、佐方くん。あと、人のノートを勝手に見るのは……覗きと同じよ」



 授業(という設定)中に、『結花ちゃん特製▼豚肉の生姜焼き ~愛情を添えて~』のレシピを書いてた人が、なんか言ってる。


 これもう、シミュレーションじゃなくて、絶対に笑ってはいけない綿苗結花でしょ……。



「どうして悶えているの、佐方くん?」


「なんでもないよ……綿苗さん」


「そう。なら、いいのだけど」



 無表情にそう言うと、結花はスッと眼鏡を外した。


 そして、すぅっと息を吸い込むと。



「きーんこーん、かーんこーん。おひるだよ!」



 スチャッと、眼鏡を掛ける。



「……あら、もう十二時ね。お昼よ、佐方くん」


「コントでもやってんの、結花?」


「気安く呼ばないでくれる? ゆうく……佐方くん」



 つられそうになったけど、どうにか堪えて。


 結花はすっと、キッチンの方に移動した。


 そして、制服の上にエプロンをつけると、無表情のまま料理の準備をはじめる。



「佐方くん、お弁当を忘れたの? ……はぁ、仕方ない。調理実習のついでに、私が作ってあげるわ」


「待って。どういう世界観なの、これ? 設定ガバガバすぎない?」


「豚肉の生姜焼きを作るけど……文句言わないで」


「その伏線か、あのレシピ本!!」



 もはや学校らしさなんてない、ぶっ壊れたシチュエーションだけど。


 ポニーテールに眼鏡という学校仕様の結花は、あくまでも淡々とした態度で料理を作っている。



 ――学校の制服の上にエプロンをして、二人きりの家で料理をしてる綿苗結花。



 四か月も同棲してるんだし、格好さえ除けばいつもの風景なんだけど。


 格好のせいで、なんだかすごく、いけないことをしてる気持ちになる……。



 そうこうしてるうちに、結花はフライパンから、生姜焼きを皿に盛り付けた。


 そして、すっと目を瞑ると――左手を皿の前にかざした。



「…………」



 愛情を添えてる……。



 全体的にふざけてるようにしか見えないけど、これを素でやっちゃうのが――俺の許嫁なんだよなぁ。



「はい、佐方くん。食べてもいいけど、どうする?」


「あ、うん。ありがとう綿苗さん……いただきます」



 そして再び、二人が対角線上になるよう、ダイニングテーブルにつくと。


 俺と結花は、『結花ちゃん特製▼豚肉の生姜焼き ~愛情を添えて~』を食べはじめた。


 あくまでも、学校の昼食というシチュエーションをイメージして。



「…………」


「……どうかしら、佐方くん」


「ん? おいしいよ。料理上手なんだね、綿苗さん」


「特に」


「…………」


「……お肉、硬くないかしら。佐方くん」


「ん? 柔らかいよ。よく生姜焼き作るの、綿苗さん?」


「普通」


「…………」


「………………わー!!」



 唐突に叫んだかと思うと、結花は眼鏡を取って、シュシュを外してポニーテールをほどいた。


 服装は制服のままだけど、首から上は素の結花。


 これはこれで、なんだか見ちゃいけない感じがする格好だな……。



「やっぱり、終わり! シミュレーションは終了!!」


「どうしたの、急に……っていうか、結構前から設定は破綻してたと思うけど」


「うー……だって、遊くんとせっかく二人っきりでご飯なんだよ? なのに、普通にお喋りできないとか……もったいないじゃんよ」



 黒くて艶やかなロングヘアを揺らして。


 眼鏡を外した垂れ目な結花は、上目遣いにこちらを見つめて――頬を赤らめる。



 服装は、学校指定の夏服。


 なんだか、甘酸っぱい青春みたいなシチュエーションに、俺はドキッとして――。



「……なに、このプレイ? 昼間から、お盛んすぎじゃね?」


那由なゆちゃん、これもコスプレの醍醐味だよ。コスプレは、大衆が思っているほど淫靡なものばかりじゃない。シチュエーションを再現することで、演じる側も観る側も楽しめる――そんな、演劇に通ずるところがあるのもコスプレのひとつの魅力だと、僕は思うな」



 いつの間にか開いていたドアの外から、冷静な講評が聞こえてきて――二重にドキッとさせられた。



 廊下に立っているのは、俺の妹――佐方那由。

 そして、男装姿の結花の妹――綿苗勇海いさみ



 パッと時計を見ても、時刻はまだ午後三時前。君たち、帰ってくるの早すぎない?



「んじゃ、質問。昼間っから夫婦が、制服を着ていちゃついてんのは、演劇に通ずる系のコスプレ?」


「あははっ……正直これは、ただのプレイだね!」


「うきゃああああああ!?」



 那由と勇海の言葉責めを受けて、結花が絶叫とともにテーブルの下にもぐった。


 そして、消え入りそうな声で。



「ここにー、結花はいませんー。今まで見えてたのはー、VR結花ですー」


「無理があるな!? VRゆうなちゃんならともかく、VR結花って!!」


「隠さなくていいし。あたしたちは退散するから、子どもできるまで続けな。マジで」


「さすが遊にいさん、結花の心をばっちりキャッチしてますね! 結花、遊にいさんにちゃんとエスコートしてもらうんだよ? 子どもな振る舞いをしないよう、気を付け――」



「う~~~!! もう謝るから、みんな……お願いだから、一回出てってよぉぉ!!」




 そして夕飯時。


 四人でダイニングテーブルを囲んだときの結花は、いつぞやの変装用キャップを目深にかぶっていた。おそらく真っ赤になっているだろう顔を隠すために。



 ちなみに夕食のおかずは――昼の残りの、生姜焼きでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る