第11話 俺と許嫁が、家で学校再現やってみた 1/2

「…………ん? あれ、十一時前?」



 眠い目を擦りながら布団から這い出すと、結構な時間になっていた。



 目覚ましは無意識に止めたのか、鳴った記憶すらない。

 隣を見ると、結花ゆうかの布団は既にたたまれている。



「休みとはいえ、寝過ぎたな……」



 呟きつつ――絶対に心労のせいだよな、と思う俺。



 勇海いさみという、パンチの利いた義妹に振り回され。


 那由なゆという、どうしようもないわがまま実妹に言葉責めされ。


 心労が祟らない方が、どうかしてる。



 だけど――今日は久しぶりに勇海も那由も不在だ。



 勇海は秋葉原の方に遊びに行くとかで、夕方までいないし。


 那由は「気になってた映画、はしごしてくる」とか言ってたから、やっぱり夕方近くまで帰ってこない予定。映画代は、俺にせびってたけど。



 というわけで、リビングに行けば結花しかいないはず。


 最近バタバタしまくってたから、久しぶりに二人の時間だなぁとか思いつつ。



 俺はゆっくりと――リビングのドアを開けた。



「おはよう、結花」

「……こんにちは、の時間だと思うのだけど」



 予期しない冷え切った結花の言葉に、俺は固まってしまう。


 すると、ダイニングテーブルでコーヒーを啜っていた結花が、ゆっくりと顔を上げた。



「夏休みとはいえ、だらけすぎ」

「えっと、寝過ぎたことは認めるけど……ちょっと頭を整理させてくれる?」



 朝起きたら、許嫁が塩対応になってました。


 しかも、出で立ちまでいつもと違うのです。



 長い黒髪をポニーテールに結って。細いフレームの眼鏡をかけて。


 しかも、学校指定のブレザーを着ているのです。



「――って。これ、完全に学校結花だな!? なんで家なのに、学校仕様になってんの!?」


「別に」


「違う違う! 確かに学校での結花ならそう言うだろうけど! こっちは真面目に質問してるの!!」


「……仕方ないわね」



 小さくため息を吐くと、結花はゆっくりと眼鏡を外した。


 そして、垂れ目っぽくなった瞳で、俺のことを見て。



「やっほー、ゆうくん!」


「眼鏡を外さないと、普通に喋れない身体なの、結花は?」


「細かいことはいいのっ! えへへー、久しぶりに二人っきりー!!」



 無邪気に笑う様子は、確かに普段どおりの結花なんだけど……。


 なにせ、着てるのがブレザーだし、学校仕様のポニーテールだし。


 学校のお堅い結花との密会――って感じしかしない。背徳感がヤバい。



「遊くーん。遊くん、遊くん、ゆーうーくーん!!」


「その普段のテンションをやるなら、制服はやめようか、結花?」


「……それはできないわ」



 スチャッと眼鏡を着用すると。

 つり目っぽくなった瞳で、結花は無表情に俺のことを見る。



「これは練習なの」


「練習? なんの?」


「……登校日のとき。二原さんに、混乱して塩対応をした私だけど。佐方さかたくんに対しては、正直――休みボケで、危なかったわ」


「危ないって、何が?」


「……五回ほど、『遊くん』って呼びそうになったわ。あと、『好きー!!』も二度ほど言い掛けて、死ぬかと思ったの」



 マジで危ないやつだった。


 そんなことしたら、すぐにクラス中の噂になって、延々とひそひそ話といじりの餌食になってしまう。控えめに言って、地獄。



「だから、練習というわけ。学校での距離感を取り戻すための」


「言いたいことは分かったけど……何をするの?」


「シミュレーションよ。学校での二人の」


「要は、俺と結――綿苗わたなえさんが、学校をイメージしながら行動する練習、ってことか」


「そうよ」



 説明を聞いても、やっぱり背徳感が強いんだけど。


 取りあえず俺は、結花の正面の席に座ろうとして――。



「待って。佐方くん」



 結花が無表情のまま、俺を制した。


 そして、スチャッと眼鏡を外すと……。



「もぉ、それじゃあ練習にならないでしょー? 私が制服を着てるんだから、遊くんも制服に着替えてくださーい。シチュエーションを再現するには、まずは身だしなみから!」


「……それ、コスプレだよね? 正しい意味でのコスチュームプレイ」


「ちーがーうー。できるだけ再現度を上げて、学校の練習をするためですー」



 首をぶんぶん振るのと合わせて、ポニーテールが左右に揺れる。


 このやり取りをしてる方が、目の毒だな……。


 もう仕方がないので、俺は制服に着替えるため、自室に戻ろうとする。



「あ、あとね遊くん……着替えてきた後に、ひとつだけお願いが……」


「ん? お願いって、なに?」



 振り返ると、眼鏡を外した学校結花が、もじもじと人差し指を合わせて上目遣いにこっちを見ている。


 そして、頬を赤らめながら、言った。



「んっとね……真正面に座られちゃうと、『きゃー遊くん、格好いいー!!』ってなって、頭の中が好きしかなくなっちゃうから……斜め前に座ってほしいな?」




 ――この調子で、果たしてまともに学校でのシミュレーションができるのか?


 うん。多分だけど……嫌な予感がする。

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