第3話 俺の許嫁になった地味子、友達慣れしてなすぎて大暴走 1/2

「そわそわ……そわそわ……」



 言葉でそわそわ感を表現する人、初めて見た。


 誰が見てもそわそわしてる結花ゆうかの様子に、俺は思わず吹き出してしまう。



 リビングの壁に貼られた、無数のデコレーション用のシール。

 ダイニングテーブルには、結花お手製の料理の数々。

 そしてキッチンに隠してあるのは、ろうそくの立ててあるホールケーキ。



 そう。


 結花がそわそわしてるのは、これからイベントを開くから。



 そのイベントっていうのは――俺たちの婚約四か月記念パーティー。


 ……三か月のときもやったよね? 毎月やるつもりなのかな、結花……。



 だけど――そわそわしてるのは、俺に対してじゃないんだよな。


 そわそわの相手は、このパーティーに呼んでるゲスト。


 結花にとっておそらく、高校で初めてできた友達。



 ――――二原にはら桃乃ももの



「桃ちゃん、もうすぐ来ちゃうよね……どうだろ? 準備足りてるかな?」



 夏休みの登校日。


 本当は友達っぽく振る舞いたかったのに、コミュ障の度が過ぎて、二原さんに驚きの塩対応をしてしまった結花は――凄まじく落ち込んだ。


 そして落ち込みに落ち込んだ末、思いついたのが……婚約四か月記念パーティーに招待するってアイディアだ。



「えーと……結花。真面目に一言、いい?」


「もちろん! 桃ちゃんに喜んでもらうためなら、どんな意見でも吸収するよっ!!」



 意気込みのレベルが半端じゃない。


 もうこれ、二原さんを祝う会みたいになってない?



「俺だったらの話だけどね……友達の婚約四か月祝いに呼ばれても、あんまり嬉しくないと思うんだよ」



 たとえばマサに、三次元の彼女がいたとする。事実とは異なるけど。


 そんなマサが、俺に対して「婚約四か月なんだけど……お前、一緒にパーティーしねぇか?」と言ってきたとしよう。



 そのとき、俺がどんな行動をするか。



 ……間違いなく、マサの頭をはたく。

 しかも、結構な勢いで。



 それくらい、友達と彼女がいちゃいちゃしてる現場に呼ばれるなんて、気まずいしかないんだよ。男同士だと、これ絶対。



「でも。桃ちゃんにRINEしたら、すっごいテンション上がってたよ? 『佐方さかたの恥ずかしいところ、写真に撮りまくるし! めっちゃ楽しみ!!』って」


「テンションの上がりどころが、パーティーの主旨と違う……」



 うん。二原さんは、そういう人だったね。


 じゃあ、まぁいっか……。



 確かに、結花が学校でうまく立ち回るのを期待するより、家で二原さんと打ち解けるのを目指した方が、遥かにハードル低いし。



「……けっ。マジで、例のギャル呼ぶの?」



 俺と結花が話してるところに、すっと割り込んでくる那由なゆ


 ジージャンのポケットに手を突っ込んで、あからさまに不愉快そうな顔をしてる。



「大丈夫なわけ、あのギャル? パーティーにかこつけて、結花ちゃんから兄さん奪い取るとか、しそうじゃね?」


「なんでだよ……この間、説明したろ? 二原さんは別に来夢らいむと繋がってるわけじゃないし、ただの特撮好きなギャルなんだって」



 野々花ののはな来夢――俺が中学時代に玉砕した相手であり、黒歴史の象徴。


 那由は、やけに俺に絡みたがるギャルを怪しんで、来夢と関係あるんじゃないかとか疑ってたけど……夏祭りのくだりを伝えて、誤解は解いたはず。



「はぁ……いや、野々花来夢の手下じゃないのは分かったけど。だからって、安心したわけじゃないし。だって相手は、ギャルっしょ?」


「ギャルだから……なに?」


「ギャルは相手に彼女がいようと、関係なく食べる――肉食の獣だし。マジで」



 びっくりするほど偏見だった。


 いや、俺もギャルってだけで警戒してたから、人のことは言えないけど。



「だから、言ってんだろ? ギャル風な見た目だけど、中身はただの特撮ガチ勢なんだって。花より団子ならぬ、男より変身アイテムなんだよ、二原さんは」


「そうだよー、那由ちゃん! 桃ちゃんはそういう、いかがわしい子じゃないから……くれぐれも、変ないたずらしないようにね?」


「……分かったし。結花ちゃんが、そこまで言うなら」



 お前、相変わらず俺の意見は聞かないけど、結花に対しては素直だよな。


 妹と許嫁が仲良しなのは、良いことなんだけど……なんか釈然としない。



 ――――ピンポーン♪



「きゃー!! も、桃ちゃん来ちゃったよ……どうしよう、ゆうくん!?」


「いや、来るでしょ。結花が呼んだんだから……」


「……けっ」



 大慌ての結花を見かねてか、那由がとことこと廊下を歩いていく。


 そしてガチャッと、玄関のドアを開けて。



「やっほ、佐方と結……って、あれ? 誰?」


「そっちこそ誰だし。佐方? ああ。その人は昨日、チベットに引っ越したんで。じゃ、お引き取りくだ――」


「ぎゃあああああああ!? やめてぇぇぇぇぇ!?」



 慌てて駆け寄った結花は、那由の肩を掴んでぶんぶん前後に振りはじめる。



「もぉぉぉー! いたずらだめって言ったのに、いたずらだめって言ったのにぃー!!」


「ご、ごめん結花ちゃん……謝るから、そんなに揺すんな……うぇ、気持ち悪……」


「――ぷっ! あははははっ!! マジウケんね、佐方んちって!」



 そんな二人を後ろから眺める俺を見て、二原さんはけらけら笑う。


 そして、腰をかがめて、那由の顔を覗き込むと。



「初めまして。あなたが本物の那由ちゃん……なわけね?」


「那由かどうかは、あたしが名乗るまで分からない……どうも、シュレディンガーの那由ですが、何か?」




 どこまでもひねくれた態度を取る、どうしようもない那由の背中を。


 俺と結花は、同時にぺしっとはたいたのだった。

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