第2話 【告知】俺の許嫁の『弟』が、今度会いに来るらしいんだけど 2/2

「よぉ、遊一ゆういち……元気だったか?」


「お前は思った以上に、元気ないな」



 マサこと倉井くらい雅春まさはるは、ツンツンヘアを触りつつ、なんかニヒルに微笑んでる。


 その黒縁眼鏡の下に刻まれた隈は、驚くほどひどい。


 中学時代からの腐れ縁だけど、ここまで憔悴しきったマサを見るのは初めてだ。



「何があったんだよ? 話くらい聞くぞ、マサ」


「ありがとな、遊一……いや、実はな。ここ三日、寝ずに『アリステ』のイベントに参加してたら寝不足で――」


「あ。もういいや。ごめん」



 心配した俺が馬鹿だったわ。



「やっほ、佐方さかたぁ!」



 そんな俺の背中をバシンと叩いてきたのは、『陽キャなギャル』改め『特撮系ギャル』の二原にはらさん。


 二原さんはマサのことをちらっと見て、ため息を吐く。



「倉井はどーせ、スマホゲーやり過ぎて寝不足とかっしょ? そんな顔になるまでやるとか、倉井あほすぎー」


「いいだろ別に。おかげで俺は、推しのらんむ様を大量にゲットできた……一片の悔いもないね! 二原みたいに、入れ込んでる趣味のない奴には分かんねぇだろうけどな!!」


「あははー。まぁねぇ」



 こう見えて、二原桃乃ももの――過去の名作特撮を二十四時間ぶっ続けで観てから、登校している(結花ゆうかとのRINE調べ)。


 隈がそんなに目立たないのは、おそらく化粧で誤魔化してるからだろう。



 マサ、勝手に教えられないけど……二原さんは限りなく「こっち側」の人間だからな?



「お。わったなえさーん!」



 そんなことを考えていると、二原さんがぶんぶん手を振りはじめた。


 視線の先にいるのは、結花。



 ただし――学校仕様の。



 黒髪をポニーテールに結って。ブレザーは校則どおり着こなして。


 それだけなら普通なんだけど、とにかくびっくりするほど無表情で。


 細いフレームの眼鏡から覗く瞳は、つり目がちなもんだから……威圧感すら覚える。



 そんな、オフのときとはまったく異なる佇まいの結花が、淡々と答えた。



「……お久しぶり。二原さん」



 ――うー。早く桃ちゃんと会いたいなー。ニヤニヤしすぎたら、どうしようー?



 昨日の晩は、そんなことを言ってた結花だけど。



綿苗わたなえさん、元気ー? もー、会えてめっちゃ嬉しいんですけどー!!」

「まぁ」



 驚きの塩対応!


 ニヤニヤどころか、表情筋のひとつも動いてないよ、結花!?



 ――明日の登校日は、桃ちゃんと特撮トークで盛り上がるぞー!!



「ねぇねぇ、観た? うちが薦めた、あの……」


「ああ。まぁ」


「どうだった!?」


「普通」



 君、昨日『トーキングブレイカー』振り回してはしゃいでたよね!?



 ――結花、桃ちゃん、友達!



「……ま、ここで感想ってのもアレだしね。うんうん。んじゃ、また今度、家に遊び行っていーい?」


「どうして?」


「ゆっくり話したいっしょ? 積もる話も、お互いあるじゃーん?」


「特に」



 友達の概念が乱れる。



 いや、まぁね?


 コミュ障ゆえに、これまでずっと学校で、こんなお堅いキャラとして生きてきた結花だから。


 そう簡単に、変わるのは難しいんだろうけどさ……。



「では。授業がはじまるから、これで」

「もー。相変わらずクールだなぁ……これはこれで、ウケるけど!」



 こうして。


 多分、結花自身が望まない形で――八月初旬の登校日は、幕を閉じたのだった。



          ◆



「……ふーん。それで結花ちゃん、あんなに凹んでるわけ?」



 家のリビングでぐったりしてる結花を見ながら、那由なゆが言った。


 こっち向きで倒れ伏してる結花は、「私はなぜ、あんな無駄な時間を……」「駄目すぎる……」なんて、呪詛みたいにぶつぶつ言ってる。



「二原さんも、結花のキャラは知ってるし……RINEでフォローすれば大丈夫だよ」


「うぅ……ありがとゆうくん……こんな愚かな私めに、優しいお言葉を……」



 どん底だな、テンション。


 それでも結花は、どうにかスマホを手に取って、画面に視線を向け――。



「……うっ!?」



 今まで見たことのないような、しかめっ面をして。


 結花は無表情のまま、スマホを耳に当てた。



「――もしもし、何? 取り込み中だから後に……え? 来週の月曜? 勝手に決めないでよ。遊くんにも予定聞いて……はぁ? いいじゃんよ、私が未来の夫をなんて呼ぼうと……はい? 『僕のことも、くん付けで呼んでいいんだよ』? なんでよ、勇海いさみは勇海でいいでしょ! とにかく、こっちにだって予定が――」



 いつもと違って強めの語調で話していた結花は、スマホを持ったままガバッと立ち上がった。



「ちょっと、聞いてる勇海!? ――って、電話切れてるし! もー!!」


「ゆ、結花……どうしたの?」



 膨れっ面な結花に、俺はおそるおそる尋ねる。


 結花はハッとした顔をしたかと思うと、恥ずかしさからか、しゅんとなって。



「えっと……ごめん。なんか騒いじゃって」


「勇海……くん? って、言ってたけど。ひょっとして、結花の……」



『弟』?


 って聞こうとしたところで、結花はこくりと頷いて。



 言いづらそうに、告げた。



「勇海が言うにはね。うちの家族が……来週の月曜日、遊くんに会いに来るんだって」



 ――――え?



 親同士が勝手に決めたとはいえ、俺たちは婚約関係にあるわけだし。


 いずれは親との対面イベントってのも、覚悟してたけど。



 …………いくらなんでも、急すぎない? さすがに。

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