第3章

第1話 【告知】俺の許嫁の『弟』が、今度会いに来るらしいんだけど 1/2

ゆうくーん! 見て見てー!! いくよー、必殺ぅぅ……」


『ボイスチャージ! マックストーキング!! ヒッサツ――シャウティングシュート!!』


「ちゅどーん!」



 銃のおもちゃこと、声霊銃せいれいじゅう『トーキングブレイカー』を振り回しながら、結花ゆうかがなんか自分で「ちゅどーん!」とか言ってる。



「どう、遊くん?」



 どうと言われても。


 なんともコメントしがたいんだけど。


 返答に窮していると、結花はぷくっと頬を膨らませた。



「もっと反応してよー。一緒に見逃し配信で観たじゃんよ、『仮面ランナーボイス』の最新話! その再現だったでしょー」



 部屋着の水色ワンピースにかかった黒髪を、さらりと掻き上げて。


 目元をキリッとさせて、なんか『仮面ランナー』になりきったみたいなドヤ顔をする。


 今日はやたらハイテンションだな、俺の許嫁。



佐方さかた遊一ゆういち――戦え! 戦うことこそが、愛。そして愛こそ……『地球の声』なんだ!!」



 ああ、そのセリフは覚えてる。


 前後の燃えるシチュエーションで押し切ってたけど、冷静に聞くと何言ってるか分かんないタイプのセリフだよね、それ。



 だけど、なんかツボに入ってるらしい結花は目を閉じて、グッと拳を握る。



「『仮面ランナーボイス』……面白いよね、遊くん。今まで特撮ってあんまり観たことなかったけど……桃ちゃんに勧められて、すっごくはまっちゃった!!」



 ちなみに『桃ちゃん』っていうのは、俺たちのクラスメート――二原にはら桃乃ももののこと。


 茶色く染めたロングヘアに、ぱっちりした目元。


 着崩したブレザーから覗く大きな胸元が目立つ、ギャルな見た目の二原さん。



 そんな彼女を――俺はつい最近まで、『陽キャなギャル』と呼んでいた。


 だけど、彼女が隠してた秘密を知って……彼女に対する見方は大きく変わったんだ。



 ――見た目はギャル、中身は特撮を愛しすぎてるオタク。


 そんな風に。



「スーパー軍団シリーズも面白かったよね! 『花見軍団マンカイジャー』――観てたら私、お花見したくなっちゃったよー」


「番組放送時期と、花見の時期がかぶってないのが難点だけどね」



 結花の言うとおり、二原さんの影響で観るようになった『仮面ランナーボイス』と『花見軍団マンカイジャー』……普通に面白いんだよな。


 二原さん、他の友達にも布教したらいいのに……。



 そう思い掛けて、すぐに「するわけないか」と納得した。



 俺だって、神のように崇める『アリステ』を誰かに布教したいかっていうと、なんとなく気が進まないもの。


 だって、俺の愛するゆうなちゃんを馬鹿にされたら――乱闘になるから。



 二原さんも同じ。


 特撮作品を馬鹿にされれば、たとえ相手が友達でもマジギレしちゃうから――特撮作品も友達も大事にしたい二原さんは、自分の趣味をひた隠しにしてるんだ。



 だけど二原さんは、色々あって――そんな秘密を、俺と結花には打ち明けた。


 そのお返し、って言っていいのか分かんないけど。



 結花もまた、佐方遊一の許嫁なんだってことや、二人で同棲してるんだってことを……すべて二原さんに告白した。



 その結果が――これだ。



「よーっし! 明日の登校日は、桃ちゃんと特撮トークで盛り上がるぞー!! 結花、桃ちゃん、友達!」



 結花の二原さんへの懐きっぷりが、天井知らずになってる。


 まぁ、声優としては分かんないけど、学校では友達らしい友達いなかったもんね、結花。


 凄まじいコミュ障で、誰も寄せつけないから。



 そんな不器用な許嫁が、誰かと仲良くなるのは、俺としても嬉しいんだけど……。



『ボイスチャージ! マックストーキング!! ヒッサツ――シャウティングシュート!!』


「ちゅどーん!」



 さすがにもうちょっと、テンションを落としてほしい。


 明日の登校日を前にして、今朝からずっと、このハイな調子だし。



 すると――ガチャッと、リビングのドアが開いた。



「……結花ちゃん、何してんの? えっと……ヤバいキノコ食べた?」



 おもちゃの銃を持って大はしゃぎしてる結花を凝視して、やや引き気味な声を出す『そいつ』。


 黒髪のショートヘアに、少年とも少女ともつかない中性的な顔立ち。


 ジージャンの下に着てるTシャツからはへそが覗いていて、ショートパンツから伸びる脚はすらっと細い。



 そう。


 こいつは、中二になる俺の妹――佐方那由なゆだ。



「だーかーらー、那由! お前、帰ってくるときは連絡しろって!!」


「は? いつも言ってんじゃん、嫌だし。あたしがいつ実家に帰ろうと自由っしょ? はぁ……JCを束縛する高校生の兄、マジきもい」



 俺が一言発すると、数倍になって返ってくる。


 相変わらず毒舌で傲岸不遜な、自慢の妹だわ。


 那由は旅行用のキャリーバッグを置くと、「けっ」と吐き捨てるように言った。



「そんなおもちゃで遊んでないで、もっといちゃつけし。早く子ども作って、あたしを安心させろっての」


「作るか、あほ」


「そ、そうだよ那由ちゃん! ま、まだ、早いよ……もぉ」



 普段は、親父が赴任してる海外で生活してる那由だけど。


 夏休み期間は、うちに泊まったり、日本にいる友達と旅行に出掛けたりと、充実した日本の夏を過ごしてる。



「……で? お前、旅行終わったんだろ? 親父のとこに帰んなくていいの?」


「は? なに、可愛い妹を追い出そうとしてんの? こわ……DVっしょ、これ。結花ちゃん、気を付けて。こいつ――DV夫予備軍だわ」


「飛躍しすぎだな!? 帰れとは言ってないだろ!」


「そ。んじゃ、もうちょい泊まってくから」



 そんな俺と那由のやり取りを見て……結花はくすっと笑う。


 そして、那由のキャリーバッグをリビングに運び込んで。



「相変わらず遊くんと那由ちゃん、仲良しだねぇ。こっちまで微笑ましくなっちゃう」


「べ、別に仲良くないし!」


「はいはーい。那由ちゃんってば、ほんっと可愛い! いいなぁ……私も、こんな妹が欲しかったよぉー」



 そう言って陽気に笑う結花を見て、俺はふっと違和感を覚える。


 結花にも確か、年下のきょうだいがいるはずなんだけど。



 なんか全然、その話題をしたがらないな……って。

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