第37話 【事件】ギャルが困っていたから、許嫁と二人で助けに行ったんだ 1/2

 俺と結花ゆうかを二人っきりにするべく別行動をはじめた二原にはらさんは、特撮作品のお面が気になって、足を止めたまま物色をしていた。


 そこに運悪く通り掛かった、二原さんの友達グループは、声を掛けようかどうか迷いながらひそひそ話し合っている。



『あと二十分で、花火の打ち上げがはじまります。広場にお集まりの方は、順番を守って――』



 そこに――花火大会のアナウンスが、響き渡った。


 その声にハッとした二原さんは、顔を上げて広場の方へと視線を向ける。



「……え?」


「あ。やっぱ桃乃もものだー!!」



 それがよくなかった。


 目が合ったことで、クラスの連中は彼女を二原桃乃だと確信して、話し掛けはじめる。



「んだよ、桃。用事があるとか言ってたじゃねぇか。なんでここにいんだよ?」


「え、あ……ああ! ごめんごめん、用事ってさ、先にお祭り行こって約束した友達がいたんだよー」


「へぇ? ひょっとして、彼氏?」


「あははっ。ざんねーん。そんなんじゃないよー。ってか、女子もいるしねぇ」


「んで、友達はどこいんの?」


「ちょっとはぐれちゃってねぇ。この桃乃様を置いていくとか、不届き千万じゃね?」



 急な展開に動揺してるはずだけど、二原さんは当たり障りない返答で、その場を凌ごうとしてる。



「ってか、なんでお面見てたの?」


「えー? いやいや、なんか懐かしいっしょ? だからちょっと、ボーッと見てた」


「はははっ! んだよ、これ。仮面ランナーだっけ? ガキの頃に観てたけど、今のってこんなダサい見た目なのかよ!」


「うちの弟が観てんだよね、これ。小五にもなって、いまだにおもちゃとか買って遊んでんの。うちの弟、ヤバいんだよねー」


「…………あはは」



 二原さんが笑ってる。


 明らかな作り笑いで。



 愛する特撮作品を小馬鹿にされて、内心は苛立ちとか悲しさとか……色んな思いが渦巻いてるはずなのに。


 それでも我慢して、二原さんはその場を乗り切ろうとして――――。



「で、お嬢ちゃん。買うのかい、買わないのかい? さっきから、そっちのふたつで迷ってたみたいじゃが」



 その場の空気が、一気に凍った。


 屋台の脇に潜んで様子を見ている俺と結花も、ビシッと固まる。



 お面屋のおじいさん……に、この空気を察しろっていう方が無理か。



 誰が悪いわけでもない。


 だけど事態は……明らかに良くない方向に向かってる。



ゆうくん……」



 ギュッと、結花が俺の服の裾を掴んだ。


 ギリッと唇を噛み締めて、今にも泣きそうな顔をしてる。



「え? 桃乃、これ……買うん?」


「あ、い、いや……」


「お前、弟とかいねーだろ? なんに使うの、このしょぼいマスク?」


「ってか、仮面ランナーって、今でも『イー!』とか言うの? 世界征服を企んで、蹴って倒すんだっけ?」


「か……仮面ランナーボイスは……」



 二原さんの声が、消えそうなほど小さくなる。


 俯いて、唇を噛み締めて……色んな気持ちを抑えてる。



「ボイス? っていうの、これ? 桃、知ってんの?」


「お面の下に書いてあるからじゃね? ってか、桃乃が『イー!』に詳しいわけないしょ。似合わない、似合わない!!」



 ――うちの悪口は全然いいけど!


 ――うちの好きなヒーローたちを馬鹿にされんのだけは、許せない!!



 二原さんの言葉を思い出す。


 俺だって、ゆうなちゃんを小馬鹿にされたら、絶対に許せない。



 だけど多分、俺は……傷つくのが怖くて、不愉快でも黙ってしまうだろう。


 二原さんも今、黙ったまま堪えている。


 それは一見すると、俺が取るだろう行動と同じだけど――意味合いはきっと違う。



 二原さんは自分が傷つくことは、怖くない。



 だけど、自分の好きな作品を馬鹿にされたことで……友達を嫌いになってしまうかもしれない自分が、怖いんだ。



「遊くん……私、二原さんのところに行ってくる」



 結花が眼鏡をカチャッと直して、一歩前に踏み出した。


 その瞳の奥には、決意の炎が燃えている。



 大切な友達を護りたい……そんな結花の強い思いを感じて。


 俺は――――。



「結花。ちょっと待って」



 結花を制すると、俺は屋台の裏からゆっくりと、二原さんたちの方へと歩き出す。


『嫁』の友達が困っているときに。『嫁』が頑張ろうとしてるときに。



『夫』が何もしないなんて――ありえないだろ?



          ◆



「さ、佐方さかた!?」


 目の前に唐突に現れた俺に、二原さんが目を丸くする。


 それに続いて、周囲のメンツもざわざわと騒ぎはじめた。



「あれ? 佐方じゃん?」


「珍しくね? あんまお祭りとか、好きそうな感じじゃないのに」



 ひどい言われようだな。


 確かに、結花と一緒じゃなかったら祭りなんて、絶対に参加しないタイプだけど。



 まぁ、そんな普段の目立たない自分が功を奏したのか……二原さんが一緒に祭りに来ていた相手が俺だなんて、周りはまったく考えてないみたい。



「佐方、誰と来たん? え、まさか一人……?」


「……うん。一人だけど」



 すごく哀れむような目で見られた気がするけど、ぐっと堪えて『おひとり様』だと思ってもらうことにする。


 そうしないと、なんで俺が結花や二原さんと一緒に遊んでるのか、説明が難しいし。



「あ。ねぇ佐方、これ見てみ? 『イー!』ってやつ。知ってる?」



 二原さんに輪を掛けたようなギャルスタイルの女子が、お面を指差して言った。


 そんな彼女の言葉に、二原さんは笑いながら――悲しそうな顔をしている。



「知ってるよ。仮面ランナーボイス、でしょ?」



 声が上擦るけれど、気にせず俺は言葉を続けた。



「た、確か最近の仮面ランナーって、有名俳優とかの登竜門になってるんだよね。あと、結構ストーリーとかもしっかり作られてて、面白いって……聞いたことあるかな」


 当たり障りのない感じで俺が話すと、クラスメートたちも口々に話しはじめる。



「あー。確かに、あたしの好きな俳優、仮面ランナーがデビュー作とか言ってたわ」


「でもよ。だからって、高校生でも、こういうの観るもんなのか?」



 一人の男子が、やや否定的な意見を口にした。


 俺はごくりと、生唾を呑み込む。



 正直――こういうコミュニケーションは、死ぬほど苦手だけど。


 ここで引くわけには……いかないから。



「い、いいんじゃない? 高校生だろうと大人だろうと、好きだったら楽しんでさ」


「佐方、仮面ランナーに詳しいん?」


「いや……俺は正直、そんなに知らないんだけどさ」



 唇が震えるのを感じる。


 だけど、それでも――俺は話し続ける。



「特撮がめちゃくちゃ好きな友達がいてさ。そいつの話を聞いてると、正直なに言ってんだか全然分かんないんだけど……なんか、楽しさが伝わってきて。だから俺は、それぞれ好きなものがあっていいと思うし――好きなものに、年齢とか性別とか、そういうのは関係ないんじゃないかなって。そう、思うんだ」



 話がまとまってないなって、自分でも感じる。


 だけど――二原さんに、どうしてもこれだけは伝えたかったんだ。



 自分の大好きなものへの想いを貫き続けることは……とても素敵なことなんだって。



「あ、すみませーん! この『仮面ランナーボイス』のお面くださーいっ!!」



 俺たちがそんな話をしていると、別な女性がやってきて、お面を購入した。


 ふわっと風にそよぐ黒いロングヘア。

 垂れ目がちな瞳は、ぱっちりと大きくて。


 見ている周りを穏やかにさせるような、柔和で優しい笑みを浮かべている。



 そう、それは――――結花。



「おじいさん、『仮面ランナーボイス』って面白いから、やっぱり人気ですか?」


「ん? いや、わしはお面屋をやっとるだけで、あんまり詳しくはないんじゃが」



 花柄模様の淡い桃色の浴衣を揺らしつつ、結花はお面を受け取ると、側頭部にお面が来るようにつけた。



「えー、勿体ないですよ観ないとー。人間の嘆きや悲鳴を喰らう、闇の生命体! そんな連中から人類を護るために、太古の人類が造った『声霊せいれい』の力で戦う――格好いいヒーローなんですよ、仮面ランナーボイス!!」


「わしの小さい頃は、五人揃ってゴニンマン! じゃったが……時代は変わるのぉ」



 屋台のおじいさんが、しみじみと語ってるけど。


 正直、俺は――みんなが正体に気付かないか、ハラハラしてる。



 確かに眼鏡もポニテもしてないけど、いつもクラスにいる綿苗わたなえ結花だし。


 茶髪のウィッグこそかぶってないけど、顔の感じは完全に和泉いずみゆうなだし。



 だけど……どうやらそれは、杞憂だったみたいだ。



「へぇー……あんな綺麗な人でも、仮面ランナーとか興味あるんだなぁ」


「一回、観てみよっかなー。でも、ああいうのって朝やってんじゃないっけ?」


「じゃあ、駄目じゃね? お前、早起きとかできねぇし」



 俺の話と、無関係な美少女(結花)の話を受けて、集まっていたメンツは雑談で盛り上がりはじめる。



 そうこうしているうちに――二原さんと特撮の関係とかは、うやむやになっていた。

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