第35話 夏祭りに女子二人と参加するんだけど、気を付けることある? 1/2

ゆうくん、見て見てー」



 白いTシャツに紺色のシャツ。下は一般的なジーンズ。


 そんないつもの格好で、リビングでTVを観ていると……廊下からひょこっと、結花がこちらを覗き込んできた。



 その髪は――茶色いツインテール。


 顔のサイドには、いわゆる触覚があって、口元は猫みたいにきゅるんっと丸まってる。



 ……うん。ゆうなちゃんだね、これ。



「なんで和泉いずみゆうなモードになってんの、結花ゆうか?」


「ふっふっふー、見るがよいー」



 なんだかご機嫌なテンションで、結花がぴょんと、浴衣姿でリビングに飛び出してきた。


 淡い桃色の生地に、白抜きで花が描かれた、可愛らしいデザイン。


 そんな、キュートな浴衣姿をした和泉ゆうなは……袖をキュッと掴んだまま、くるんと一回転してみせた。



「どう、遊くん?」


「結構前に、『ゆうなちゃん 浴衣(ノーマル)』があったじゃない? あれと完全に色合いとかデザインが一致してて、なんならポージングが萌え袖なところまで一致してるから――再現度が神だなって、感動した!」


「遊くん、ばかなの?」



 俺の回答がお気に召さなかったらしく、頬をぷくっと膨らませて、そっぽを向く結花。


 いや……正直、死ぬほどドキッとしたよ?


 浴衣姿もさることながら、得意げに見せびらかしてる子どもっぽさまで含めて、ゆうなちゃんそっくりで。


 ……それを抜きにしても、無邪気な結花に目を奪われて。



 そんな感じで動揺してたら――素直に答えられなかったっていうのが、正直なところ。



「……えっと。ごめん、結花。に、似合ってると……思うよ」

「もう一声!」


「もう一声? え……す、すごく魅力的?」

「あー、惜しい! ヒントは……か・わ?」


「川? 川口?」

「誰それ!? 違うよ、もー!! かーわーい――――……?」



 凄まじい誘導尋問だな。


 もはや浴衣姿より、この誘導しようとしてる行動の方が愛らしいよ。いっそ。



「……可愛いよ。可愛くて、よく似合ってる」


「えへへー。それほどでもー?」



 自分で言わせたのに、なんか照れはじめる結花。


 そして、にこにこしながら、結花はもう一回転してみせた。



「ほら。この後、二原にはらさんと夏祭りの待ち合わせ、してるじゃん? 他にもクラスの子がいるかもだし、さすがに学校仕様で行くでしょ? だから……せめてその前に、ゆうな仕様も見てもらおうと思ったの!」


「そっか。ありがとね……結花」



 もうしばらくしたら、俺と結花は別々に出発する。


 そして、二原さんも含めた三人で夏祭りを回る予定なんだけど。



 二人っきりだと、なかなか人目の多いところに出掛けられないから、正直楽しみだ。


 だから本当に、二原さんには――感謝しないとな。



          ◆



 夏祭り会場の出入り口で、俺は柱に寄りかかって。


『アリステ』のガチャを回しながら、二人が来るのを待っていた。



「よっ、佐方さかた!」



 ポンッと柱の後ろから、誰かが俺の肩を叩いた。


 びっくりして後ろを振り向くと――柱の陰から、二原さんがにやにやこちらを見てる。



「二原さん……なんで後ろから来るの?」


「や。佐方が夢中でスマホいじってっからさぁ。驚かせてやろうと思って」



 そうやって無邪気に笑ってから、二原さんは俺の前に躍り出た。


 茶色いロングヘアは、お団子状に結われていて。

 うなじのあたりの後れ毛が、どことなく色っぽい。


 黄色い浴衣の胸元は緩く、白い肌がちらちら見えていて……とても目のやり場に困る。



 そんな艶やかな浴衣姿の二原さんは、水風船をぽんぽんといじりながら、にこにこと楽しそうに笑ってる。



「って、なんでもう水風船買ってんの?」


「めっちゃ楽しみすぎて、我慢できなくってー。でもまぁ、これからまだまだ、いーっぱい時間はあるかんね。気にしない、気にしない!」



 陽気なギャルは、あっけらかんと言って、水風船で遊んでいる。


 こういうところを見ると、やっぱり自分と違う『陽の人』だなって思うけど。



 そんな二原さんも――自分の大好きなもの(特撮)があって、それを自分の世界の中で大切に守っていて。


 そういうところは、なんか――自分と似てるのかもなって思う。



「……お待たせ」



 はしゃいでる二原さんの後ろから、結花がカツカツと歩いてきた。


 淡い桃色に、白抜きで花が描かれた浴衣。

 いつもの眼鏡を掛けて、学校と同じくポニーテールに結って。


 結花は、普段どおりの無表情で、俺の方を見た。



「……こんばんは。佐方くん」


「あ、ああ。綿苗さん、どうも……」


「もー、二人とも硬いんだからぁ! ほら、屋台見に行くよー!!」



 そして――俺と結花と二原さんという珍しい取り合わせで、会場を回りはじめた。



「ねぇねぇ、綿菓子食べない?」


 言うが早いか、二原さんは屋台の方に走っていって「三個ください!」なんて、ハイテンションに注文してる。


 そんな二原さんを見る結花の視線は――なんだか安らかなものだった。



「なんでちょっと笑ってんの、結花?」

「んーん。二原さんって……可愛いなぁって」



 最近の結花は、本当に二原さん推しだな。


 なんて、ほっこり思っていると――急に結花が、表情を曇らせた。



「……どうしたの、結花?」


「ねぇ、遊くん。怒らずに聞いてくれる?」


「そんな前置きしなくても、俺が結花を怒ることなんかないでしょ」


 俺が即答すると、結花は安心したのか、表情を和らげて――。



「私さ……全部、二原さんに打ち明けたいんだ。実は私が遊くんの許嫁だってことも。二原さんの好きな『フェアリーマイク』の声を当ててる声優が、私だってことも」



 結花の思いがけない告白に、俺はさすがに言葉を失う。



「……どうして、結花?」


「二原さんはさ。自分が大切にしてる『秘密』を、私に教えてくれたじゃん? それに、私のことを気に掛けて、遊くんとの恋を応援してくれてる。だからこそ……申し訳ないって、思っちゃうんだよ」


「申し訳ないって?」


「自分はまだたくさん、二原さんに『秘密』を持ってるなぁって。特に……二原さんはまだ、和泉ゆうなの格好をした私を、『那由なゆ』ちゃんだと思ってるでしょ?」



 二原さんは、俺が自分の妹『那由』(偽)に欲情してるヤバい奴だと思ってる。


 そして、綿苗結花が俺のことを好きなんだって、知っている。


 だから、俺も結花も幸せになれるよう――本人曰く「お節介」をしてる。



 ここで問題なのは――俺とくっつけようとしてる結花と、俺を真人間に戻すため距離を取らせようとしてる『那由』(偽)が、同一人物だってことだ。



「遊くんの『妹』だと思ってる相手が――実は、自分が応援してる綿苗結花本人だなんて。知らされてなかったら、悲しいじゃん? だから――ちゃんと二原さんとは、私の『秘密』も共有したい。その上でもっと、二原さんと仲良くなりたいんだ」



 コミュ障ゆえに、特定の友達なんていなかった結花にとって。


 二原さんは、とても大切な――友達、なんだろうな。


 ちらっと俺の反応をうかがっている結花を見て、俺は大きく頷いた。



「まぁ、校外学習のときに聞いてて。二原さんは――『秘密』を人に言いふらすタイプじゃないなって、分かったから。もしも結花が、そうしたいって言うんだったら――俺も腹を括るよ」


「……うん! ありがとう、遊くん!!」


「……なぁにぃ? 二人とも、良い感じじゃーん!」



 そこに二原さんが、綿菓子を三つ持って帰ってきた。


 そして俺たち二人に綿菓子を差し出して、にかっと笑って。



「ほら、みんなで食べよーよ。楽しい夏祭り、満喫しないとさっ!」

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