第34話 電話になると一オクターブ声が高くなる人、いるじゃん? 2/2
『ゆうな。貴方、もう少し声優としての自覚を持ちなさい。これがもし、監督やプロデューサーだったら、どうなっていたと思うの?』
「……はい。大変失礼しました、すみません――らんむ先輩」
相手に見えてないのに、
まぁ
先輩とは言っても、年齢的には結花と同じくらいのはずだけど。
ただ、なんだろう――電話口での、貫禄がすごい。
『声優たるもの、いつだって気を抜いては駄目。いつ誰に見られても恥ずかしくないよう、自分の振る舞いを意識しなさい』
「はい、すみません! 頑張ります!!」
『……貴方、相変わらず返事だけはいいわね』
確かに結花の喋り方は、さっき
普段の生活だけじゃなくて、電話でも相手によって、キャラが違うんだな……なんて、ぼんやり考えてしまう。
逆に、紫ノ宮らんむは――仕事仲間との電話でも、イベントやネットラジオのときと印象がまるで変わらない。クールで淡々としていて、仕事に対してストイック。
紫ノ宮らんむとらんむちゃんも……なんだか似てるなって思う。
『――――じゃあ、そういうことでお願いするわ』
「はい! 一緒に頑張りましょう、らんむ先輩!!」
そんなことをボーッと考えている間に、仕事の相談が終わったらしい。
息を潜めながら無音で『アリステ』のガチャを回していた俺は、ちらっと顔を上げる。
『ところで。ゆうな、今は家なの?』
「あ、はい! そうです!!」
『じゃあ……例の弟さんは、そこにいるの?』
紫ノ宮らんむの声色が、瞬時に変わった。
なんだかピリッとした空気が、二人の間に流れはじめる。
「えっと……弟が、どうかしましたか?」
『いるのなら、代わってもらえる?』
「えーと……どうしてです?」
『貴方が偏愛している弟さんが、どんな人なのかと思って。そして、貴方がアリスアイドルの声優として、高みにのぼるための障害にならないか――確かめてみたいの』
とんでもない提案をしてくるな、紫ノ宮らんむ。
『弟』こと俺としては、しゃれにならないくらい怖いんだけど。
「……いやです!」
それに対して。
驚くほどはっきりとした口調で、結花は言いきった。
『どうして?』
「だって『弟』のことは、プライベートな話ですから。いくら相手がらんむ先輩でも……とやかく言われることじゃないです! 私は確かに『弟』のことが大好きですけど、声優だって頑張ります!! 障害になんてなりません、むしろ――私を支えてくれる、大切なパートナーが『弟』なんですっ!」
『……パートナー? 「弟」の話よね?』
「はい、『弟』の話です!」
いやいやいや。
どう考えても『弟』を語るテンションじゃなかったよ?
『本当に、大丈夫なの? 貴方、熱狂的なファン――「恋する死神」だったかしら? あの人の手紙でも、一喜一憂していたでしょう? 「弟」とはいえ……気に掛かるけど』
ごめんなさい。『恋する死神』も、『弟』も、全部俺のことです。
『まぁ……いいわ。普段、あまり自己主張をしない貴方が、そこまで言うのなら。その言葉を、信じることにしましょう』
紫ノ宮らんむは、ふぅっと息を吐き出して。
最後に、少しだけ――強いトーンで言った。
『ただし。「弟」にかまけて、アリスアイドルを疎かにするようであれば――先輩として、承知しないから』
「……『弟』もアリスアイドルも、大切にします。絶対に!」
紫ノ宮らんむに負けないくらい、結花――和泉ゆうなも、強いトーンで返事をする。
そんな感じで、二人の通話は終わったわけだけど……。
「…………はぁ、つっかれたぁ!」
結花は大きく伸びをすると、ソファにバタッと倒れ込んだ。
そして、手近にあったクッションを抱き締めると、ソファの上をごろんごろん。
オンオフがはっきりしてるな、相変わらず。
「凄い迫力だね……さすがはらんむちゃんの声優、というか」
「らんむちゃんと、そっくりでしょー? らんむ先輩はアリスアイドルに対してストイックで、すっごく格好良くて尊敬してるんだけど……緊張したよぉ、もぉー!!」
ソファに寝そべったまま、そばに座った俺の膝を、ぽかぽかと叩いてくる結花。
二原さんと電話したときの、まだちょっと硬い感じとも違う。
紫ノ宮らんむと電話したときの、素直な後輩っぽさとも違う。
ただただ、リラックスしてる素の結花に――俺は思わず、笑ってしまう。
いつも外で頑張ってるんだから。
せめて家の中でくらい――好きなようにくつろぎなよ。結花。
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