第33話 電話になると一オクターブ声が高くなる人、いるじゃん? 1/2

 校外学習が終わってから、数日後。


 俺と結花ゆうかはどこに出掛けるでもなく、家でだらっとした夏休みを過ごしていた。



「ねぇねぇ、ゆうくん! 二原にはらさんがね、週末の夏祭り、一緒に行こうって!!」



 部屋着姿でソファに寝そべっていた結花は、手にしたスマホから顔を上げると、満面の笑みで言った。


 結われていない黒髪が、肩のあたりでふわふわ揺れる。


 垂れ目がちな瞳を爛々と輝かせている結花に、思わず笑ってしまう。



「そのRINE、俺にも来てたよ。『綿苗わたなえさんと三人で、夏祭りに行こっ!』って」



 校外学習から帰るとき。


 二原さんがあまりにしつこく食い下がるから、俺は自分のRINEのIDを教えた。


 そして同じく、結花も二原さんとIDを交換したわけなんだが。



 結花はスマホをテーブルに置いて、鼻歌交じりに立ち上がる。


 そして目を瞑り、妄想の世界にトリップする。



「えへへへー。学校の友達とお出掛け……しかも遊くんも一緒だなんて、すっごく楽しみ! 屋台も見に行こうね。あ、浴衣のサイズ大丈夫かなぁ?」



 なんか校外学習以降、結花は終始こんな調子だ。


 雑談の合間に二原さんのことを話題に出したり。


 日曜朝に早起きして特撮番組を試しに観たり。



 とにかく……やたら二原さんを意識してる。



 まぁ、コミュ障が極まりすぎて、学校ではお堅い感じに仕上がってる結花だけど。本来は小型犬みたいな子だからな。


 懐いたら、めっちゃぐいぐい来る感じ。



「二原さんって、浴衣も似合いそうだよね! ギャルっぽさと浴衣が良い感じのギャップになって、なんか色気ありそう!!」


「確かにギャップは感じそうだけどね」


「……でも、あんま二原さんばっか見たら、やだよ?」



 自分から言い出したくせに、なんか急に上目遣いになって、くいっと俺の服の袖を引っ張ってくる結花。



「言われなくても、そんなことしないって」


「どうかなぁー。遊くんはー、基本的にー、胸ばっか見るからなぁー」


「ひどい言い掛かりだな!? まったく……相変わらずの焼きもち焼きなんだから」


「……嫌いになった?」



 俺の腕を掴んで、シュッと自分の顔を隠す結花。


 そして、にゅっと目から上だけを出して、俺の様子を窺ってくる。



「じー」

「…………」


「じ――」

「…………」


「じ――っ! じじ――――っ!!」



 わざと放っておいたら、なんかじーじー言い出した。


 まったく、かまってちゃんなんだから。



「はいはい。嫌いになんないから。あと、胸ばっか見たりしないから」


「……えへへー。ならば、良いですっ!」



 とろけるような笑みを浮かべながら、俺の腕をぶんぶん動かして、はしゃぐ結花。


 夏祭りまで、まだ日があるってのに……盛り上がるのが早いんだから、まったく。



 ――――ピリリリリリリッ♪



 まさにそのときだった。


 テーブルに置かれた結花のスマホが……着信音を鳴らした。


 画面に表示されてる相手は――二原さん。しかもRINE電話。



「に、二原さんから電話!? ど、どうしよう遊くん!」


「どうしようって……普通に出たらいいんじゃない? なんか用事なのかもだし」


「ど、どんなテンションで!? 学校の友達との電話とか、慣れてなさすぎて分かんないぃぃ……『きゃっほー、結花だよ☆』みたいな感じかな!?」


「普段どおりでいいと思うよ……」



 なんだ、「きゃっほー、結花だよ☆」って。


 いきなりそんな謎テンションで出られたら、二原さんも動揺して切っちゃうでしょ。



「わ、分かった……普段どおり、普段どおり……」



 結花は自分に言い聞かせるように、ぶつぶつ呟きながら。


 スピーカー設定にして――電話に出た。



『やっほー、わったなえさーん! 元気してるー!?』

「普通」



 普段どおり、ありえないほどの塩対応。


 さっきまで、ニコニコしながら二原さんのことを話してた結花はどこへやら。


 なんか硬い表情で、じっとスマホを睨みつけてる。



『なーんでまた、そんなぎこちない喋り方に戻ってんのさー? こないだの校外学習で、わりかし打ち解けてくれたのにー』


「別に」


『打ち解けてくれたじゃんよ! ひどいじゃんよ!! 泣いちゃうじゃんよ!』


「うるさいんだけど!」



 あ、ちょっと素が出た。


 そんな結花の反応に、電話の向こうでけらけら笑ってる二原さん。



『やっぱ綿苗さん、面白いね』


「人をおもちゃみたいに、言わないでよ」


『あははっ! でさ、綿苗さん……今度の夏祭りさぁ。うち……佐方さかたのことも、誘っといたから』



 急に自分の名前を出されて、ビクッと姿勢を正す。


 その話自体は、既にさっき二人で話していたものの。


 なんか、その内情を二原さんが話してるのを聞くのは……なんか気まずい。



『うちと綿苗さんと佐方の三人で、まず集合するじゃん? んで、タイミング見計らって、うちが消えるから――その後は、二人でごゆっくり的な』


「で、でも……それじゃあ二原さんが、つまらないんじゃ?」


『いいの、いいの! 綿苗さんと佐方が、いい感じになってくれたら――それがうちにとって、最高のイベントだから。ほら、なんならそのまま、おうちにお持ち帰りでもされちゃえば? きゃー!!』



 まさか既におうちにいるとは、二原さんも思わないよな……。


 結花も同じことを思ったのか、なんだか複雑そうな顔を浮かべている。



「あ、あの。二原さん……」


『え、やばっ!! 仮面ランナーの特番やってるし! ごめん、詳しくはまた今度ね。じゃっ!』



 ――プツッ。


 特番という名の急用のため、結花が言い終わるより前に、二原さんは通話を切った。



「二原さんって……やっぱ優しいよね。二原さんになんの利益もないのに、私の恋をこんなに応援してくれて」


「確かにね。特撮ガチ勢がみんなそうってわけじゃないんだろうけど……二原さんはなんか、思考回路もヒーローっぽいよね」



 そういえば七夕のとき、二原さんは『世界平和』なんて短冊に書いてたな。


 冗談か何かだと思ってたけど、今思うと――あれが本当に、二原さんの純粋な願いだったのかも。



「私ね。二原さんの陽キャな感じ、最初は苦手だなーって思ってたんだけど。今は……もっと仲良くなりたいなって。好きだなーって、思うんだ」



 ――――ピリリリリリリッ♪



「……あれ? 特番観るって言ってたのに、また電話?」


 さっき切れたばかりなのに、再びスマホが着信音を鳴らしはじめた。


 結花は小首をかしげつつ、さっきのスピーカー設定のまま、電話に出る。



「もしもし? 特番を観るんじゃなかったの?」


『特番? なんの話をしているの、ゆうな。そもそも……貴方、そんな砕けた口調だったかしら?』



 周囲が凍てつくほど、クールな美声がスマホから聞こえてきた。


 それを聞いた瞬間、結花は――フリーズしたかのように、固まってしまう。



 その声には、俺も聞き覚えがあった。


 間違いない、これは『六番目のアリス』らんむちゃんの声優――紫ノ宮しのみやらんむだ。



『ゆうな? 聞こえている? らんむだけど』


「あ、は、はい! え、えっと……えっと……」



 動揺のあまり、しどろもどろになりながら。


 結花は営業スマイルを浮かべて――言った。



「きゃっほー、ゆうなだよ☆」

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