第32話 【綿苗結花】地味子とギャルが仲良くなったきっかけ【二原桃乃】 2/2

 自分たちで作ったカレーを食べ終わる頃には、日は随分と西の空に落ちていた。


 マサはろくにカレーに手もつけず、テーブルに突っ伏してる。



 まぁ、落ち込みはするよな。郷崎ごうさき先生にガチャを回してる現場を押さえられて、スマホ没収されたんだから。自業自得だけど。



「さーかーたぁ!」



 片付けも終わって、自分のテントに戻ろうとしていると。


 やたらご機嫌なテンションの二原にはらさんが、へらっとした笑顔で近づいてきた。


 茶色く染めたロングヘアが、緩めの胸元に掛かっている。



 ――――好き、ではあるかな。



 川辺で結花と話してるとき、二原さんは確かにそう言っていた。


 ギャルっぽい見た目ってだけで、ずっと警戒してたけど……あんなのを聞いちゃったら、さすがに多少は意識してしまう。



「……佐方さかたくん、じろじろ見過ぎ」


 そんな二原さんの後ろから、棘のある一言が聞こえてきた。



 そこにいたのは、眼鏡の下から睨むようにこちらを見ている――結花ゆうかだった。



「ちょいちょい、綿苗わたなえさん落ち着きなって」


「だって、胸ばかり見てるから……」



 結花が今までになく、砕けた態度で二原さんと接してる。


 新鮮な光景だな、なんて想いながら、ぼんやり眺めていると。



 二原さんが、ぐいっと――結花のことを押してきた。



「きゃっ!?」


 よろけた結花は、俺の腕にギュッとしがみついてきて。



 結果的に――結花の柔らかな感触が、俺の腕に伝わってくる。



「ほら、佐方ぁ。綿苗さんのこと、ちゃんと見てみ? 可愛い顔、してんだからさ」


「に、二原さん!」



 ふっと視線を向けると、学校仕様の結花が、困ったように頬を赤くしてる。


 家ではいつもそんな表情だけど、学校だとあんまり見ない顔だから――なんだかギャップを感じる。



「ね、佐方? そろそろさ、ほんと真人間になんなよ」


「真人間? え、俺がなんかまっとうじゃないって、思ってんの?」


「『妹』に欲情してる高校生が、まっとうなわけないっしょ」



 あー……そうだった。


 来夢らいむのことを吹っ切ったけど、今度は妹の『那由なゆ』(偽)に欲情してるヤバい奴……って。二原さんは認識してるんだったな。



 そして、そんな性癖から目覚めさせたいってのと。


 俺にも結花にも、幸せになってほしいってのがあって。



 俺たちをくっつけようとしてるわけか……二原さんは。



 だけどね、大変遺憾なことに。


 その『妹』と、綿苗結花――同じ人、なんだよね。



「確かに『那由』ちゃんは、可愛い! 目はぱっちりしてるし、目鼻立ちは整ってるし。でもさ……見てみ? 綿苗さんだって、眼鏡で分かりづらいけど、目はぱっちりしてるし、目鼻立ちだって『那由』ちゃんに負けてないっしょ?」



 そりゃ負けてないだろうよ。


 だって同じ顔なんだから。




 そして――その晩。


「やっほ、佐方たちー」



 コテージの男子部屋でくつろいでいたら、急に二原さんがやってきた。


 マサや他の男子たちが、一斉に色めき立つ。



「あ。そうそう佐方、郷崎先生が呼んでたよ?」


「え、なんで?」


「知らん。ただ、めっちゃ急いでる感じだったね。早く行った方がいいんじゃん?」



 郷崎先生に呼ばれるようなこと、なんかあったっけ?


 そう思いつつ、部屋を出ると……そこには、ジャージ姿の結花が立っていた。



「ゆ、結花!? なんでこんなとこに?」


「んーと……二原さんがね。ゆうくんを呼び出すから、ここで待っててー、って」



 そういうことか。


 郷崎先生のくだりは嘘で、二原さんの目的は――俺と結花を二人っきりにすることか。



「はぁ……二原さんって、思った以上にお節介なんだな」


「優しいんだよ、二原さんは」



 愚痴っぽく言う俺に対して、結花がやんわりと答える。



「あ、そうだ! 遊くん、こっち来てー」



 結花が何か思い出したように、俺の手を引いて早足で歩きはじめる。


 歩くたびにふわふわと、ポニーテールが軽やかに揺れる。


 そして、結花に連れられるまま――コテージの裏側の方に移動すると。



「……おおー」


「ね、すごいでしょ? こーんなに星が、キラキラしてるのっ!!」



 都会では絶対に見られない、満天の星。


 俺と結花は並んだまま、しばらくその壮大な景色に身を委ねる。



「……私ね。二原さんと、仲良くなりたいな」


 結花がカチャッと眼鏡を外し、澄んだ瞳のまま呟く。



「初めてなんだ。クラスの人相手に緊張しないで、あんなに自分の思いを話せたの。『秘密』を共有したのも、初めてで。なんか……友達みたいだなって、嬉しかったんだよ」


「……そっか」



 彼女の中だけで大切にしまっていた、特撮への想いをカミングアウトしてまで。


 俺と結花をくっつけようだなんて、お節介なことを考えた二原さん。



 ――中三のときのことを知ってるから、俺に立ち直ってほしいって願ってて。


 ――普段はお堅い結花に秘めた想いがあるなら、手助けしてあげたいって思ってて。



 結花が言うとおり、根が優しくて。特撮好きが昂じてか、ヒーローっぽい思考なんだな。


 見た目は、ギャルだけどね。



「あ、遊くん! 流れ星だよ!!」



 結花が興奮したように、俺の服の裾をぐいぐいっと引っ張ってきた。


 そして、両手を合わせると。



「遊くんとずっといれますように。遊くんとずっといれますように。遊くんと……あー、三回言う前に消えちゃったー。もぉー!!」



 空に向かって、大声で不満げな声を上げる結花を見て、俺は思わず笑ってしまう。


 そして、結花と一緒に、星に満ちた空を見上げた。



 ――まぁ、取りあえず。



 こんな素敵な夜空を、結花と二人で見る機会を作ってくれただけで――感謝してるよ。二原さん。

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