第31話 【綿苗結花】地味子とギャルが仲良くなったきっかけ【二原桃乃】 1/2

 夏休みの校外学習で、二泊三日のキャンプに来ていたところで。


 俺は川辺の岩場に隠れて、息を潜めていて。



 学校モードの綿苗わたなえ結花ゆうかは、普段は見せないような驚きの表情で、立ち尽くしていて。


 そして、二原にはら桃乃もものは――なんか『銃』の形をした特撮作品のおもちゃをかまえて、はにかんでる。



 何このカオス。



「……えっと。特撮ガチ勢、ってことは。特撮作品が、好きなの?」


「そ、そうだよ! コスモミラクルマンも、仮面ランナーも、スーパー軍団シリーズも……もちろんマイナー作品だって愛してる!!」


「そ、そう……お兄さんとか、弟さんとか、いるの?」


「ひ、一人っ子だけど? だから、兄弟の影響で特撮好きになったとかじゃなく……私が単純に、ちっちゃい頃からはまってる感じ……」



 いつになく緊張した面持ちで、自分の趣味を語る二原さん。


 俺も趣味をオープンにするのが得意じゃないから、その緊張感は理解できるんだけど。


 普段の二原さんのキャラなら、あっけらかんと言いそうなのに……なんだか不思議。



「そっか……どんな作品が、面白いの?」


 そんな二原さんに対して、結花は穏やかな口調で言った。


 二原さんの緊張をほぐすような、温かな声色で。



「最近の一推しはこれ……仮面ランナーボイス。人間の嘆きや悲鳴の声を喰らい成長する、闇の生命体『シュレイカー』――それに対抗するべく、太古の人類が造り出した『声霊せいれい』の力で姿を変え、人類の平和のために戦う! それが仮面ランナーボイス!!」



 なんか途中から、すごい早口で語り出した。


 いつもの二原さんと違って、なんていうか……俺やマサみたいな感じ。



「それ……声霊銃『トーキングブレイカー』で、合ってる?」



 そんな二原さんに対して、結花がさらっと返した。


 お堅くて近づきにくい存在だって、クラスで思われてる綿苗結花が、仮面ランナーの武器名をそらで言う……シュールだな、なんか。



 一方の二原さんは――なんか急に、目を爛々と輝かせはじめた。



「わ、綿苗さん? 仮面ランナーボイスのこと、知ってんの!?」


「そ、そんなに詳しくないけど……ちょっとだけなら」


「いやいや。声霊銃『トーキングブレイカー』って言ったっしょ? 『トーキングブレイカー』って呼称は劇中にも出てくるけど、『声霊銃』はあくまで設定上のもの。玩具おもちゃの記載を見るか、ネットで設定調べないと出てこないやつだよ!」



 二原さんが早口でなんか言ってる。


 結花は声の収録で関わったから、正式名称を知ってるだけで……本当に、作品自体には詳しくないと思うけど。



「えっと……ごめん。作品はあまり知らなくて。ただ、そのおもちゃを……ちょっと触ったことがあるから」


「へぇ、玩具おもちゃ側から入るなんて珍しいね! 確かに『トーキングブレイカー』のギミックは、なかなか趣向を凝らしたものだから、目を惹くのも分かるけど!! ……って、ごめん。なんか調子乗って、盛り上がりすぎた……」


「ううん。いいよ、続けて」



 バツが悪そうに声のトーンを落とした二原さんに、結花がふっと微笑み掛ける。


 いつも鉄面皮な、学校の綿苗結花の――穏やかな表情。



 結花の顔を見て、二原さんはこくりと頷き、ピンク色のマイク型アイテムを取り出した。


 それを銃の背面に当てると、銃口が鮮やかな光を放ちはじめる。



 そして、二原さんは――引き金を引く。



『ボイスバレット【フェアリー】――チャーミングフェアリー!!』



 和泉いずみゆうなの声が、大自然に響き渡った。


 地面を歩いていた鳥たちが、バサバサッと飛んでいく。



「うちの一推しは、この『フェアリーマイク』。劇中ではまだ一回しか使われてないし、多分この後も使われないんじゃないかな? メインのアイテムじゃないしね。ちなみにマイクはね、この間ようやく、何駅か離れたところにあるショッピングモールで見事コンプしたんだよ!」



 そういえば、前にショッピングモールで会ったとき、おもちゃ屋の袋を持ってたな。



「……なんでそんな、マイナーなアイテムが、好きなの?」


「声が、めっちゃ可愛いから!」



 二原さんの思いがけない言葉に、今度は結花が目を丸くする。


 心なしか、結花の頬がちょっとだけ赤くなった……ような気がする。



「フェアリーって属性と、この声って、すっごいシンクロしてるっしょ? 他の属性と違って強そうじゃないし、戦闘シーンだと盛り上がんないけど――なんか癒やしの声って感じで、うちは好きなんだ」



 瞳をキラキラ輝かせながら、力説する二原さん。



 ……正直、こんな熱量を持った人だなんて、思ったことなかったけど。


 好きなものを語る二原さんの姿は、俺たちがアニメ語りしてるのと、全然変わんなくて。



「二原さんなら、こういう趣味だよって言っても……みんな受け入れそうなのに」


「……ちっちゃい頃はさ、こーいうの平気で喋ってたわけ。だけど……小六くらいだったかな? 『女子のくせに』とか『子どもっぽい』とか言われて、馬鹿にされて……許せなかったんだよね。うちの悪口は全然いいけどさ! うちの好きなヒーローたちを馬鹿にされるんだけは、ほんっと許せなくって!!」



 ボルテージの上がった、二原さんの発言。


 不覚にも俺は、その言葉に……共感してしまった。



 ――俺もマサも、自分の悪口なら我慢できる。


 ――だけど、推しを悪く言われるのだけは許せない。



 二原さんも、俺たちが『アリステ』に抱いている思いと同じものを持っていて。


 その信念を貫くために――自分の趣味だけは、『秘密』にし続けてるんだね。



「いつもつるんでる友達は、普通に好きなんだ。だからこそ、もし特撮の話をして冗談でも馬鹿にされたら……うちがガチギレするに決まってっから。それで関係悪くなってもやだし。特撮も友達も大事だから……秘密ってわけ」


「……そんな大切な秘密を、どうして私に?」


「綿苗さんと腹を割って話したかったんだってば。それに綿苗さんってクールじゃん? だから、馬鹿にしたりしなそうだし、みんなに言いふらしたりもしないだろうって」



 そう言って二原さんは、小さく笑う。



「綿苗さん……佐方さかたを見るときだけ、ちょっと穏やかな表情なんだよね。佐方は佐方で、中学の頃に色々巻き込まれて、傷ついた奴だから……幸せになってほしいし。だから、綿苗さんが佐方のこと好きなら、二人のためになんかしたいなーって……思ったわけよ」


「……ふふっ。まるで、ヒーローみたいね」


「そんなたいそうなもんじゃないって。ただの……お節介。ありがた迷惑、の方が近いか。ごめんね、一人で突っ走って」


「……ううん」



 ――これから結花が何を言うのか。


 素の結花を知ってる俺には……なんとなく予想がついた。



「私は、佐方くんのことが……好き」



 自分の秘密を開示した二原さんへの誠意として、結花もまた――自分の秘密を晒した。


 それを聞いた二原さんは、嬉しそうな笑顔を浮かべる。



「やっぱ、そっか」


「二原さん。こっちからも、聞いていい?」


「なぁに、綿苗さん?」


「二原さんも――佐方くんのこと、好きなんじゃないの?」



 結花の思いがけない発言に、俺は思わず呆けてしまう。



 いやいや。そんなわけないでしょ?


 二原さんが俺に絡むのは、俺の反応を見て楽しんでるだけで。



 こんな陰キャに興味なんか持つわけ、絶対――。



「んー……まぁ、そだね。好き、ではあるかな」



 …………え?


 耳を疑う返答に、俺は言葉を失う。



「やっぱり。人のこと言えない……じゃんよ」


「じゃんよ!? めっちゃ可愛い、それ! もっと言って、綿苗さんー!!」


「うるさいな」



 今まで学校で見たことないような、砕けた喋り方になる結花。


 それを嬉しそうに見ながら、二原さんは言葉を続ける。



「ただね。うちの好きは……綿苗さんの好きとは違う気がする。うちはほら、中学の頃の佐方を知ってっからさ。あの頃みたいに、また自然に笑えばいいのになーとか。もうちょい元気に戻んないかなーとか。んー……お姉さん目線的なやつ?」


「お姉さんっていうより、ヒーロー目線じゃない?」



 結花は小さく笑ってから、まっすぐに二原さんの目を見つめた。


 そして、はっきりと――告げる。



「二原さんの好きが、どんな形でもいいんだ。だけど絶対、私の方が――佐方くんのこと、好きだから。だから何があっても……譲らないよ」



 表情に乏しくて、あんまり喋らなくて、お堅いイメージ。


 そんな、学校仕様な結花が――なんかすごいことを言った。



 一瞬きょとんとしてから、二原さんは……ぷっと吹き出した。



「あはははっ! いいね、いいね……素の綿苗さん、めっちゃ可愛いー!!」


「二原さんだって、特撮トークしてるとき……可愛かったじゃんよ」



 二原さんにつられるようにして、結花も笑い出す。



 そして、なんだか知らないけど、通じ合った様子の二人は。


 しばらくの間、その場で談笑に耽っていた。

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