第30話 ギャル「彼のこと好きでしょ?」 許嫁「で?」 まさかの展開に 2/2

「おい、遊一ゆういち。なんでそんな、浮かない顔してんだよ?」


 バスに揺られながらボーッとしてると、隣に座ってるマサが顔を覗き込んできた。



「なぁ、マサ。仮にお前が、殺人事件の犯人だとしてさ」


「どういう前提条件だよ」


「まぁ聞けって。犯人には『共犯者』もいるとしてな。その『共犯者』に、不自然なくらい絡んでるギャルがいたら……お前、どう思う?」


「どういうことだよ……見た目はギャル、頭脳は大人、その名も――名探偵ギャルン! みたいなことか?」



 ぶつぶつ言いながら、マサはアゴに手を当てて真面目に答える。



「まぁ、共犯者がボロを出したらまずいわけだし……ギャルと共犯者が二人っきりにならないよう、立ち回るしかないんじゃねぇの?」


「やっぱ、そうだよな……ギャルが共犯者に近づきすぎないよう、犯人が見張るのが定石だよな」


「……お前、誰か殺したの?」



 マサがめちゃくちゃ怪訝な顔をしてるけど、適当にスルー。


 車中ではクラスメートたちがわいわいと、談笑に耽ってる。



 そして、俺の前の席では――。



「ね、ね、綿苗わたなえさん! このお菓子、一緒に食べよーよ」

「食べないです」



「ってかね。昨日TV観てたらさ、自分の好きな俳優が、映画で声優初挑戦とかやってたわけ。けど、なんかめっちゃ棒読みでさぁ。なんだろね? 俳優と声優じゃ、やっぱ違うもんなんかね?」

「さぁ」



 なぜか隣同士に座ってる結花ゆうか二原にはらさんが、ずっと二人で話してる。


 まぁ、『結花:二原さん=1:99』くらいの割合だけど。喋る量が。


 多分、二原さんが結花の隣に座りたいって言ってきたんだろうな。学校の結花はお堅くて、一緒に座るような友達もいないから、断ろうにも理由がないし。



「……でね? その友達がさ、自撮りをめっちゃ加工してアップしたら、ヤバいくらいバズったわけ。ウケるっしょ? 学校の顔とぜーんっぜん、違うってのにー」

「そう」



 ……なんでさっきから、際どい話題ばっか振ってんの、二原さんは?


 声優だとか、学校と顔が違うとか……あとはさっきのアレとか。



 ――――だって綿苗わたなえさん……佐方さかたのこと、異性として好きっしょ?



 まさか、とは思うけど。


 二原さん、ひょっとして……なんか結花の秘密に、気付いてる?



          ◆



 キャンプ場に辿り着くと、俺たちは四苦八苦しながら、テントの設営を終えた。


 アウトドア嫌いな俺としては、もうそれだけで疲れ果てて、何もする気が起きない。



「おい、遊一! 自由時間の間、森の奥まで行こうぜ!!」


「元気だな、マサ。お前、アウトドアとか好きだっけ?」


「んなわけねーだろ、こんな学校行事に興味ねぇよ……森の奥なら、先生に見つかることもねぇだろ? そこで、こっそり隠し持ってるスマホで、『アリステ』をだな……」



 お前、全然ぶれないな。いっそ尊敬するわ。



「いや……なんか疲れたから、俺はどっかで休んでるよ」


「分かった。じゃあ、俺はらんむ様に会いに、ちょっくら森に行ってくるぜ!」



 そう言って、生い茂る木々の間に消えていくマサ。


 マサの後ろ姿を見送ってから、俺は一人で川辺の方に移動した。


 川下は人が多かったから、ひとけのない川上の方で、腰をおろす。


 太陽光に照らされた川は、なんだかキラキラ輝いてる。



「……ゆーくんっ!」



 川のせせらぎを聴きながらまったりしていると、ふいに名前を呼ばれる。


 振り返ったら、そこには学校仕様の結花が……家仕様の無邪気な笑顔で立っていた。



ゆうくんが一人で川上に行くのが見えたから、来ちゃった」



 眼鏡を掛けてても、こうして笑ってると、なんだか垂れ目っぽく見えるな。


 表情によって、つり目だったり垂れ目だったり、不思議な感じ。



「いや、来てくれたのは嬉しいんだけど。あんまり二人でいると、どういう関係? って、怪しまれるからさ……二原さんとかに」


「二原さん……やっぱり怪しんでるのかな? 遊くんのこと好きでしょ、なんていきなり聞いてきたし……思わず『はい』って答えそうになっちゃったよ」


「なにそれ、怖っ!?」


「でも、もう大丈夫っ! 次からは気を付けるもん。なんてったって、私は声優……演技力には、自信があるからね!!」



「――おーい! わったなえさーん!!」



 まさに、そのときだった。


 少し離れたところに、二原さんの姿が見えたのは。



「ど、どうして二原さんがこっちに!?」

「わ、分かんないけど、取りあえず俺は隠れるから!」



 川沿いの少し離れたところに、岩が重なり合って陰になってる箇所がある。


 俺が急いでそこに隠れると……ちょうど二原さんが、自分のリュックを担いだまま、川辺に佇む結花のところまでやってきた。



「……ふぅ、追いついたぁ。どこ行っちゃったかと思ったよぉ、綿苗さん」

「何か用?」



 ふっと二原さんを見る結花の瞳は、つり目がち。いつもの学校結花だ。


 そんな結花に臆することなく、二原さんは微笑を浮かべながら――。



「佐方のこと、なんだけどね」



 単刀直入に、ぶっ込んでくる二原さん。


 結花は無表情のまま、相手の出方を窺ってる。


 いいぞ、結花。そのままポーカーフェイスを貫いて、この場を凌ぐんだ!



「綿苗さんと佐方って、お似合いなカップル感あるよね」

「ほ……ほんと!?」



 結花!?



「ほら、保育園のボランティアのとき。後から綿苗さんが駆けつけたじゃん? あのとき、『あ、空気読まなきゃ』って思って帰ったんだよね……なんか二人、いい感じだなって」

「そ、そうかな……」



 結花!!



「――で。綿苗さん、真面目な話……佐方のこと、好きっしょ?」

「別に」



 結花が急にキリッとした顔をして、眼鏡を直しつつ言った。


 いやいやいや。今さら遅いでしょマジで?


 明らかに途中、ポーカーフェイス崩れてたし。演技力どこいったんだよ……。



「……綿苗さんって結構、強情だよね。さっきまで明らかに、佐方のこと好きな風に喋ってたってのに」


「別に」


「佐方が綿苗さんのこと、可愛いって言ってた気がする」


「ほんと!?」


「やっぱ佐方のこと、好きっしょ?」


「別に」



 無理がありすぎる……俺がアニメの監督なら、撮り直しさせるレベルの演技力だわ。



「もー……こんなあからさまな態度しといて、よくごまかそうとすんね? 綿苗さん」


「……二原さんこそ。どうしてそこまで、この話にこだわるの?」


「綿苗さんと腹を割って話したいの、うちは。だからとりま、佐方のことが好きなら、認めてほしいわけよ。おっけ?」


「なるほど」


「じゃあ――佐方のこと、好き?」


「別に」


「もぉー!!」



 まるで埒のあかない会話が、堂々巡りする。


 それでもしつこく話し掛けてくる二原さんに対して、結花は深くため息を吐いた。



「私は誰かに、自分のことを話すのは駄目なの。二原さんは、いつもみんなになんでも話せてるから……こんな感覚、分かってもらえないかも、しれないけど」


「……なんでも話せてなんか、ないし」



 結花の言葉に、ふっと二原さんの表情が曇る。


 そして、真面目な顔をして。



「うちにだって――誰にも言えない『秘密』くらい、ある」


「……だったら。私が言いたくない気持ちも、分かるでしょう?」



 結花は少しだけ困惑した表情をしながら、それでもはっきりと伝えた。


 二原さんは大きなため息を漏らしながら、額に手を当てる。



「あー……うん、そだね。確かに、綿苗さんの言ってる方が、筋が通ってんね」


「それじゃあ、この話は終わり――」


「綿苗さんの言うとおり……一方的に秘密を話してってのは、フェアじゃなかったよ! おっけ、うちも――腹を括ったから!!」


「え、いや、そういうことでは……」



 結花が動揺する中で、なんだか決意を固めたらしい二原さんは、担いでいたリュックをおろし――ごそごそと何かを探しはじめる。



「綿苗さん。うちさ……なんかいつも明るくフリーダムにしてる、陽キャなギャル! って、周りには思われてるけど。うちには――こんな『秘密』が、あるわけよ」



 そうやって重々しい口調で言いながら。


 二原さんは、リュックから――。



 ――――『銃』を取り出した。



 いや、正確にはこの間……二原さんが店先で触ってるのを見て、俺が買って帰ったやつ。


 和泉いずみゆうなを含む、色んな声優のボイスが収録されてる――特撮作品のおもちゃだ。



「さぁ、お前のショータイムを変える、通りすがりの唯一人……参上! 仮面ランナーボイス!! ぶっちぎるぜぇ……」


『ボイスバレット【チェンジ】』



 決めゼリフを口にして、銃の引き金を引く。


 そしてキレッキレのポージングを決めてから。



 二原さんは、くるっと――結花の方を見た。



「何これ? って感じっしょ? でも――これが、うちの『秘密』」


 そして二原さんは、大きく息を吸い込んで、言った。




「こんな見た目だけど、うち……結構な、特撮ガチ勢、なんだよね」

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