第27話 妹にマジギレされたとき、お前らならどうする? 1/2

「……話は分かった。兄さん、死ね。マジで死ねし」



 カーペットの上に正座してる俺を侮蔑の眼差しで見下ろすのは、『本物の』我が妹――佐方さかた那由なゆ



 黒髪のショートヘアに、化粧っ気のない中性的な顔立ち。


 へそが出るほど短いTシャツにジージャンを羽織り、ショートパンツを穿いている。


 そんな、少年とも少女ともつかない出で立ちの那由は、ソファの上で腕と脚を組んだまま、大きな舌打ちをした。



「ちっ……マジで死ねば? ネットでポチってあげるし、ギロチン」


「ギロチンなんて、ネット通販で売ってなくない?」


「知らないし。ってか、言い訳すんな」


 兄を兄とも思わない暴言の嵐。あと、今のは別に言い訳じゃない。



 ……まぁな。


 これまでの流れを耳にして、我が家一の暴君な那由が、キレないわけないんだけど。



 二原にはらさんに、和泉いずみゆうなの格好をしてる結花ゆうかを見られて。


 スキャンダルや学校内の噂を避けるため、妹だと誤魔化したはいいものの。


 何を思ったのか、そのギャルが家に押し掛けてきて……彼女になる宣言をしてきた。



 説明してるこっちも、どうしてこうなった感がひどすぎて、ため息しか出ない。


 まぁ、もともと苦しい言い訳をした俺が悪いのは分かるんだけどさ……。



「ってか、兄さん。結花ちゃんに変態セーターを着せた挙げ句、その痴女を妹――つまり、あたしだって言ったわけっしょ? はぁ……マジでキモい。無理。淫獣」


「ち、痴女!? 那由ちゃん、私が好きで着たわけじゃないんだけど!?」


「結花ちゃんは悪くないし。こいつのドスケベ調教で痴女にされただけの、ただの被害者だから」


「なんかそれ、フォローになってなくない!? そうじゃないんだってばー、もー!!」



 顔を真っ赤にして手足をバタバタさせる結花。


 ウィッグを外してメイクを落とした結花は、普段着スタイル。


 ふわっと膨らんだ黒髪をぶんぶん横に振って、必死に弁明してる。



「はぁ……久々に帰ってきたら、これだよ。あたしの楽しみな気持ちを返して、マジで」


「悪かったよ、色々と……でも、本当に那由があそこで非通知電話してくれて助かった。ありがとな、那由」


「……けっ。褒めてもぜってー、許さないし」



 ぷいっとそっぽを向きつつ、那由は毒を吐く。



「ってかさ。なんなの、そのギャル? ギャル目線の兄さんとか、珍獣みたいなもんっしょ? 珍獣に色目使って……嫌な予感しか、しないし」


「那由、那由。さすがに珍獣は言い過ぎ……」


「口答えすんな、許嫁ドスケベ調教師」


「だから那由ちゃん! それ私にもダメージあるからね!?」



 俺と結花のメンタルを削りつつ、那由はアゴに手を当て思案するように独り言ちる。



「……ねぇ兄さん。そのギャル、ひょっとして中学でも同級生だった?」


「ん? あぁ、中三で一緒だったけど……?」


「中三――なるほど、大体分かった」



 何が分かったのか全然分かんないけど。


 那由はソファから立ち上がり、ビシッと俺のことを指差してきた。



「そのギャル、あの淫魔の同類だわ。マジで」


「…………淫魔?」


「分かれし。あいつだよ。らい……うぐっ、名前を出すだけで気持ち悪い……ら、らいらいら……はぁ、はぁ……っ!!」


「面倒くさいな、お前!? 誰のこと言ってんのか分かったから、もういいよ!!」



 ちらっと結花の方を見る。


 結花は複雑そうな顔でニコッと微笑んで、「うん、分かるよ」と呟いた。



 ――――野々花ののはな来夢らいむ



 俺の初恋の相手にして、黒歴史の象徴。



「あたしには見える。あの淫魔が、ギャルに生まれ変わって、再び兄さんにハニトラ仕掛けてるとこが……」


「すごい妄想だな、お前」



 那由はあの事件以来、来夢のことを嫌い続けてる。


 だけどなぁ……実際のところ、調子に乗って陽キャぶってたのは俺だし。

「絶対付き合える!」とか、勝手に思い込んでたのも俺だし。


 クラス中に冷やかされたのは確かにきつかったけど、どういう経路でそんな噂が回ったのかは分からないままだし。



 起こったことはトラウマだけど、来夢には良くも悪くもなんの思いもないんだけど……那由としてはどうも、納得いかないらしい。



「兄さん。今すぐ、あのギャルに電話」


「は、なんで?」


「『貴様みたいなビッチ、願い下げだ!』って、ビシッと断れし」


「お前、結構馬鹿だよな?」



 なんか頭痛くなってきた。



「そもそも二原さんの電話番号とか、知らないって……俺がギャルと電話番号の交換とか、するわけないだろ?」


「む……確かに」


「まぁまぁ、那由ちゃん。取りあえずさっ!」



 そんな、重苦しい空気を振り払うように、結花が声を上げて立ち上がった。


 そして、難しい顔をしてる那由の肩をポンッと叩いて。


 見てるこっちまで楽しくなるくらい笑う。



「久しぶりに帰ってきたばっかで、疲れてるでしょ? 私がなんかおいしいもの作るからさ。ちょっとご飯でも食べて、ゆっくりしようよ」


「結花ちゃん……」



 俺相手には絶対見せない、しおらしい態度になったかと思うと。


 那由は床に視線を落としながら、唇を尖らせたまま答える。



「……ペペる」

「んっ! ペペロンチーノスパゲティ、承りましたっ!!」



 ビシッと敬礼のポーズでおどける結花。


 その言葉に、那由はパッと視線を上げる。



「よく分かったね……今ので」


「前に来たときも、ペペロったー、って言ってたじゃんよ。分かるよ、それくらいー」


「そんなの、覚えてないっしょ。普通」


「んー。まぁ、全然知らない人が言ってたことなら、忘れちゃってたかもだけど。那由ちゃんだもん、覚えてるってば」


「……結花ちゃん」



 結花は「じゃあ、ちょっと待っててね」と言い残して、キッチンの方に消えていった。


 那由はその場に立ち尽くしたまま、結花の後ろ姿を、ボーッと見つめていた。



 そして、ぽつりと。



「結花ちゃん。マジ天使」


 あ、デレた。


 ツンしかないことで有名な那由を手なずけるとは……さすが結花。

 とかなんとか、感慨に耽ってると。



「それに比べて……マジないんだけど!」



 凄まじい勢いの手刀が、俺の無防備な脇腹を捉えた。


 あまりの痛みに声も上げられないまま、俺はその場にうずくまって身悶えする。



 そんな俺を見下ろしたまま――那由は呟いた。



「決めたし。あたし、絶対……結花ちゃん以外の悪い虫を、蹴散らす」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る