第23話 【ヤバい】クラスの女子に許嫁の存在を隠してたら、大変なことになった 1/2

ゆうくん、明日から夏休みだねっ!」



 ポニーテールに眼鏡。

 夏服のブレザーは、ビシッと校則を守った着こなし。


 そんな外仕様の結花ゆうかだけど……表情だけは、家仕様のへらっとしたものだった。



 そんなギャップに、俺はついつい笑ってしまう。



 外では目立たない、優等生な結花だけど。


 俺の前では、元気に満ち溢れた天然ちゃんだな。相変わらず。



「この間みたいに、またどっかお出掛けしたいねー」



 思い出し笑いなんて浮かべながら、結花が口元に手を当てる。


 ちょっとちょっと。そろそろ人通りが増えてくるから、学校モードにしよっか?



「まぁ、夏休みだし出掛けたいのは分かるけど……人目につかないところ限定だよ?」


「え!? じゃあ、東京って名前なのに千葉にあるテーマパークは……」


「一番アウトだよね、そこ!? 違うところ、違うところ」


「えっと。池袋にある、サンシャインな水族館は……」


「そこも人が多いな……まぁ、また考えようよ。ゆっくりさ」


「そだね。まだ私たちの夏休みは、はじまったばっかだもんね……っ!」



 まだ、はじまってないってば。


 なんか無駄に気合の入ってる結花がなんだかおかしくて、吹き出しちゃったけど。



 大きな通りに出るところで、いつもどおり。


 俺と結花はすっと、時間をずらして歩き出した。




「ねーねー、佐方さかたぁ! 夏休みになったらさ、また那由なゆちゃん帰ってくる?」


 自分の席につくと同時に。

 二原にはらさんが無邪気な顔で、話し掛けてきた。


 後ろの席のマサが、その言葉に反応して怪訝な顔をする。



「那由ちゃん? なんで二原が、那由ちゃんの話なんか振ってんだ、遊一ゆういち?」



 マサは中学の頃から、何度もうちに遊びに来てる。


 なので当然、うちの家庭事情はよく知ってるし、那由との面識もある。



 まぁ……那由はあんな性格だから、マサに対して「は? クラマサ、マジないし」とか辛辣な態度しか取ってなかったけど。



「えー、あー……ちょ、ちょうど数日だけ帰省してたときに、出掛けた先で二原さんとばったり会ったんだよね」


「出掛ける? 一緒にか? あの那由ちゃんと?」


「佐方と仲良さげに、服を買いに行ってたんだよ、倉井くらい!」


「那由ちゃんと……服を買いに!?」



 マサがぐいっと俺の顔を覗き込んで、迫真の表情で言った。



「大変だったな、遊一……那由ちゃんと買い物ってことは、ひたすら終わるまで待たされた挙げ句、大量の荷物持ちをさせられたんだろ? 疲れたな、遊一……よく頑張った、感動したよ……」



 マサ、マサ。


 気持ちは分かるけど、そのオーバーすぎるリアクション、マジでやめて?



「ん? ひたすら終わるまで待たされ? そんな感じじゃなくなかった?」



 二原さんが小首をかしげた。


 俺は一気に、全身の血が引いていく感覚を味わう。



「だって、佐方。那由ちゃんに、超どエロいセーター着せてたし。那由ちゃんも、佐方を喜ばせようってマジで着てて――佐方のヤバい性癖を垣間見たよね。真面目な話」


「那由ちゃんがっ!! 超どエロいセーターをっ!? 遊一のためにっ!?」



 ごめん、マサ。一発、殴っていい?


 お前の疑問はごもっともだが、そのリアクションは――色々まずいんだって。



「ど、どどどどういうことなんだ遊一!?」


「いや、まぁ、色々な……」


「色々ってなんだよ!? 女王様系妹・那由ちゃんが、なんで海外に行ったら兄に尽くす系にゃんにゃん妹にフォームチェンジしてんだよ!?」


「お前、人の妹をなんだと思ってるの?」

「……さすがにキモいんだけど、倉井」



 俺と二原さんが同時に、マサのことをなじった。


 だけど、それ以上に認識のズレが気になったのか、二原さんはマサに質問する。



「ねぇねぇ倉井。倉井の知ってる那由ちゃんって、どんな感じの子だったん?」


「ん? 那由ちゃんといえば、端的に言うとボーイッシュなぺちゃぱいキャラだな! 服装もジージャンとかで、男子か女子か分かんないような――」


「ぺちゃぱい……そういう目で見てばっかいるから、倉井は女子から壊滅的にモテないんじゃね? ふつーに、女子として引くわ」


「え、俺のモテなさって……そこまで?」



 さりげなく放たれた二原さんの一言に、マサが呆然とする。


 だけどそんなことおかまいなしに、二原さんは俺の方に詰め寄ってきた。



「ボーイッシュ……? 完璧、ガーリー系じゃなかった那由ちゃん? ロングヘアだったし、めちゃぱっちりな目だったし、喋り方だって……」


「ほ、ほらイメチェン? 那由だって年頃だから、友達の影響でマサが知ってる頃と変わったりとか、そういうの!」


「……けど。だからって、兄のためにあんなセーター着るもんかね? んー……でも、うちは一人っ子だし、普通の感覚が分からぬ……ねぇ、綿苗わたなえさん!」



「――――はい?」



 他の女子の意見を求めたくなったらしく、二原さんは通り掛かりの女子を呼び止める。


 それがよりにもよって、結花だってのは――運命のいたずら感、半端ない。



「ねぇ、綿苗さん。年下のきょうだいとか、いる?」


「……まぁ、いますが」


「弟か妹か知んないけどさ。そのきょうだいがだよ? 『お姉ちゃん、この服着てみてよ』って言って、ヤバいエロ服を勧めてきたら……綿苗さん、素直に着る?」


「……質問の意図が、分かりかねます」



 眉ひとつ動かすことなく、結花は淡々と答える。


 まぁ……結花じゃなくても、こんな意味不明な質問、そう反応するしかないよな。



「綿苗さん、主観でいいかんさ……教えて? 『お姉ちゃん、この服着てみてよ』って言われて、エロ服渡されたとしたら、どう思うっ!?」



 結花が、はぁ……と盛大にため息を吐いた。


 そして、アゴをくいっと上げて、蔑むような表情をすると。



「――馬鹿にしないで」



 ぞくっとするほど冷徹な声。


 さすがにこれには、二原さんもそれ以上の言葉は続けられない。



「そう思います。それでは」



 結花が言うのと同時に、朝のホームルーム開始を告げるチャイムが鳴った。




 そんなこんなで、その場は――どうにか『那由』を巡る話題について、逃げきることができたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る