第21話 【アリラジ ネタバレ】らんむ様の意識高すぎ問題 1/2

 早朝五時。


 アラームが鳴るより前に目が覚めた俺は、パッと上体を起こした。



 隣にいるのは、むにゃむにゃと口元を動かしながら、リラックスした猫みたいな顔で眠っている結花ゆうか



 ここまで爆睡してたら、しばらく起きることはないだろう。

 完璧なシチュエーションだ。



「…………」



 俺は物音を立てないよう寝室を出ると、リビングに置いてあるパソコンの前に移動した。


 素早く目的のサイトを開くと、俺は目を瞑り、大きく深呼吸をして。



 ――――ゆっくりと、ネットラジオの音源をクリックした。



「皆さん、こんにちアリス。『ラブアイドルドリーム! アリスラジオ☆』――はじまるわ、覚悟はいい?」



 去年末から大好評配信中の、『アリステ』のネットラジオ――通称『アリラジ』。


 決まったMCのいないこの番組は、アリスアイドルが二人、パーソナリティとして呼ばれて番組を進行する。


 前半はキャラになりきったトーク、後半は声優によるフリートークという構成になっている、ファンにとっては神番組以外の何物でもない。



 そんな『アリラジ』は、現在『八人のアリス』発表記念企画の真っ最中。


 従来の形とは異なり、『八人のアリス』の一人と、そのサポーターのアリスアイドル二人が番組に呼ばれている。



 そして、今回は――その三回目。



「トップアイドルになれるなら、他のすべてを捨ててもかまわない。高みを目指して、私は最後まで飛び続ける――らんむ役の、『紫ノ宮しのみやらんむ』よ。どうぞ、よろしく」



『八人のアリス』の一人に選ばれた、『六番目のアリス』らんむちゃん。


 十六歳、高校生。


 幼少期からミュージックスクールに通っていた彼女は、いつしかアイドルの頂点を目指すようになり、ストイックに努力を続けている。


 アイドルに関することだと自分にも他人にも厳しいクールキャラだけど、アイドル以外の私生活は……案外ポンコツ。


 そんなクールとポンコツのギャップが、彼女の人気を押し上げている。



「わたくしは、皆さんの潤滑油になりたいんです。みんなが平和に笑ってくれると、わたくしも笑顔になれますから――でる役の、『掘田ほったでる』でーす。よろしくお願いします」



 アリスランキング十八位、でるちゃん。


 石油王の家庭に生まれた十九歳。


 裕福だった彼女は、『お金じゃ買えない笑顔』を届けたいと思いながら、アリスアイドルを続けている。


 ほんわかしてるけど、実は芯が強いっていうのが、彼女の魅力だ。



「なーんでそんなに、元気ないのぉ!? もぉ……ゆうなのこと、見て? ほら、ゆうなと一緒に笑った方が、絶対楽しいからさっ! ――ゆうな役の『和泉いずみゆうな』ですっ! よろしくお願いしますっ!!」



 アリスランキング三十九位、ゆうなちゃん。


 妹のななみちゃんに誘われてアリスアイドルになった、十四歳。中学生。


 どんなときでも笑顔を絶やさず、いつの間にか周りまで笑顔にさせちゃう、天真爛漫で無邪気なところが魅力的。


 だけど本人は子どもっぽいところを気にしてて、背伸びして小悪魔みたいに迫ってきたり、大人ぶった行動を取ったりする。可愛い。


 根が天然だから、なんだかんだ失敗しちゃうんだけどね。可愛い。


 天使のように清らかで、妖精のように純粋で、とにかく可愛い。



 以前のランキングでは下から数えた方が早かったけど、今回は四十位内まで大躍進を遂げた、注目株のひとりだ。



 ――まぁ正直なところ、そんなランキング無意味なんだけどね。


 だって俺の中では、ゆうなちゃんは圧倒的一位で……それが揺らぐことなんて、天地がひっくり返ってもありえないんだから。



「……ふぅ」


 いつの間にか呼吸するのを忘れていたことに気付き、俺は深く息を吸い込んだ。


 そして椅子の上で正座をしたまま、『アリラジ』に全神経を注ぎ込む。



 この間のイベントと同じく、あくまでも今回の主役は『八人のアリス』の一人である、らんむちゃんだ。


 そしてイベントでも絡みが多い、同じ事務所所属のゆうなちゃんとでるちゃんが、サポーターとして呼ばれている。



 ……リスナーの大半は、きっとらんむちゃん目当てだろう。


 それは仕方ない。それくらい、らんむちゃんの人気は絶大だから。



 だけど、そんなの関係ない。


 らんむちゃんのファンが何千人いようと、俺一人でそれを凌駕する声援を、ゆうなちゃんに送ってみせる。



 だって俺は、いつだって――ゆうなちゃんに『恋する死神』だから。




 そして番組も中盤に差し掛かり。


 キャラトークが終了し、フリートークのコーナーになった。



「こんにちアリス。紫ノ宮らんむよ」


「どーもー。掘田でるです、こんにちアリスー」


「こんにチャリスッ! ……って、噛んじゃった!? ごめんなさいぃぃぃ……和泉ゆうなですぅ……」


「ちょいちょい、ゆうなちゃん。噛むの早すぎだってー」



 噛むところも可愛いよー!


 噛んだシーンだけで、ご飯百杯はいけるよー!!



 心の中で俺は、サイリウムを振り回して声援を送り続ける。



「はぁ……こんな噛み方してたら私、ゆうなくらいドジって思われちゃいますよね?」


「え? 今さら? どっちのゆうなちゃんも、リスナーの人はドジっ子だと思ってるって。少なくとも、うちの事務所は全員そう思ってるからね?」


「え!? 嘘ですよね、掘田さん盛りましたよね!?」


「盛ってない、盛ってない。じゃあ、らんむに聞いてみなよ」


「らんむ先輩! 今の、ぜーったい、掘田さんが大げさに言ってますよねっ!?」



 掘田でるとの阿吽の呼吸で、和泉ゆうな――もとい俺の許嫁・結花が、場の空気を盛り上げていく。


 なんという成長。なんという頑張り。



 ちょっと泣きそうになりながら、俺は頷きつつネットラジオに集中する。



「――知らないわ。そんなことに、興味ないから」



 …………おう。


 さすがは紫ノ宮らんむ、凄まじいまでのクールビューティ。



 これが人気の秘訣……なんだろうな。俺はゆうなちゃん一筋だけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る