第18話 人生詰んでた俺だけど、ゆうなちゃんと出会って世界が変わったんだ 2/2
結局、俺は
駅から二分ほどのところにある喫茶店に入ることにした。
念のため、極力客の少ないところを選んだから、誰かに見つかるリスクは低いはず。
「……えへへー」
テーブル席に座って一息ついていると、向かいの結花が小さな声で笑う。
そして結花は、指先でキャップの先をくいっと上げると、頬杖をついた。
メイクのせいか、いつもより目がくりっと大きくて。
まつ毛だって、いつも以上にびっしり生えていて。
唇もなんだか、赤くてぷっくりしていて。
控えめに言って――ゆうなちゃんが、現実世界に現れたみたいだった。
「
頬に掛かる茶色い髪を指先でいじりつつ、結花が「えへへっ」と笑った。
そっちだって顔真っ赤じゃない……って思ったけど、墓穴を掘りそうな気がするから、言うのはやめておこう。
「ほら。俺の顔なんか見てないで、メニューでも見なって」
「はーい。んー……どれにしようかなぁ。遊くんは?」
「俺はアイスコーヒーでいいや」
「え? 決めるの、はやっ!」
結花は慌ててメニューを持ち上げると、真剣な顔でメニューを選びはじめた。
その間に、女性の店員さんが水を持ってきてくれる。
多分、俺の母親と同世代くらいの人かな?
「あらぁ。うちにこんな可愛いカップルが来てくれるなんて、嬉しいわぁ」
コップをテーブルに置きつつ、店員さんが言う。
「このあたりって、よそから来る人はあんまりいないのよ。地元の若い子たちは、駅の反対口にあるチェーン系に行っちゃうし。だから、ここにいらっしゃる若い――しかもカップルなんて、なんだか嬉しくってね。ごめんなさいね、お邪魔しちゃって」
「あ。い、いえ……」
この手慣れた感じ、ひょっとしてオーナーさんとかなのかな?
まぁ、どんな立場にせよ――知らない人と会話するのって、なんか苦手なんだよな。
散髪屋に行くのとか、割とマジで鬼門だと思ってるし。
「わ、私たち! カップルに、見えてますか!?」
そうして返答に困っている俺の前で、結花が斜め上の角度で切り返した。
店員さんは一瞬きょとんとするが、すぐに笑顔で返事をする。
「ええ、もちろん。可愛らしい高校生のカップルさんに見えますよ」
「ですよね!? 同い年に見えますよね!? 私の方が『妹』とか、ありえませんよね!?」
「うふふ……可愛い同級生カップルに見えるわよ」
「よっし!!」
さすが、老舗っぽい喫茶店。完璧な接待技術だ。
そして結花は、そうやってアピールするところが子どもっぽいんだけど……まぁ、ゆうなちゃんっぽいから、それはそれでいいか。
「じゃあ、俺はアイスコーヒーお願いします」
「あ。えっと、私は――ソーダフロートと、特製パフェで!」
「はい、ちょっと待っててねぇ」
そう言って、店員さんが奥の方に消えていく。
結花はというと、なんか無駄にドヤ顔で俺の方を見てる。
「ほら!」
「はいはい。結花はちゃんと、高二の同い年に見えるよ」
「でしょでしょー! もー、
言いながら、ぷいっとわざとらしく顔を背ける結花。
「はい。アイスコーヒーとソーダフロート。それと、特製パフェね」
さっきの店員さんが、てきぱきとテーブルの上に注文した物を置いていく。
俺たちは会釈をしてから、それぞれのドリンクに口をつけた。
「おいしいね、遊くん」
「うん。確かに、チェーン店とはまた違う味わいがある」
「それもそうだけど……遊くんが目の前にいると、なんでもおいしいなって」
結花が笑いながら、特製パフェをスプーンですくう。
そして、はむっと頬張ると。
「んー! おいしー!! フルーティーで、すっごく甘いよこれ!!」
「うん。表情を見てるだけで、おいしいのは伝わってきたよ」
百面相のように変わる結花の表情に、俺は笑ってしまう。
そんな俺に向かって、結花はスプーンですくったアイスを差し出すと。
「遊くん、はい。あーん、して?」
「…………うん?」
急な展開に、俺は思わず固まってしまった。
そんな俺を上目遣いに見ながら、結花は小声で呟く。
「……前に私が風邪引いたとき、あーんって、遊くんがしてくれたじゃん? そのお返しができてなかったから……ね? あーん、して?」
「いや、別にお礼とか、なくても――」
「隙あり!」
もぐっ!?
口の中がひんやりしたかと思うと――徐々に甘みが伝わってくる。
「ったく、強引なんだから。結花は」
「遊くんが強情だから、強硬手段になるんじゃんよ」
言いながら、じっと睨み合い――どちらからともなく、ぷっと吹き出してしまう。
「はい、遊くん。今度こそ素直に、あーんって、して?」
「はいはい。分かったよ、もう……」
スプーンを咥えると、口の中は冷えたはずなのに、なんだか頬が熱い気がする。
だけどそのアイスの味は――さっきよりさらに、おいしく感じられた。
「ありがとね、可愛いカップルさん。また遊びに来てちょうだいね」
支払いを終えると、先ほどの女の店員さんが、気さくに声を掛けてきた。
「うちの娘も、あなたたちと同じくらいの年なんだけどねぇ……もう、色恋沙汰とか縁がなさすぎて、親心としては心配なのよ」
そのとき、ふっと……店員さんの胸にある、ネームプレートに目がいった。
――――『ライムライト店長
ああ……すっかり忘れてた。
喫茶『ライムライト』。
ここは――野々花
だから二原さんは、忠告してくれてたんだな。ごめんね、気付かなくて。
「遊くん? どうしたのー? おーい?」
つい考え込んでしまってた俺の顔を、結花が心配そうに覗き込んできた。
「あ、ごめんね。なんでもない、なんでもないって」
そして、支払いを終えると、俺は結花と一緒に喫茶『ライムライト』を後にした。
――ねぇねぇ
――うちの親がお喋りだから、あんまり友達を連れていったこと、ないんだけどね。
――うちの看板メニューの特製パフェ。遊一と一緒に食べたいからさ!
中三の、あの事件の直前。
来夢と約束したんだったな。
…………一緒に、この場所で、特製パフェ食べようなって。
「今日は楽しかったね、遊くん!」
物思いに耽る俺のそばで、結花が無邪気に笑ってる。
こっちまで幸せになるような、そんな笑顔で。
「さっきの特製パフェ、すっごくおいしかったね! ほっぺた落ちちゃうかと思った」
「……うん。そうだね」
確かにあの特製パフェは、看板メニューだから、おいしかったんだろうけど。
多分、結花と一緒だったから――余計においしく感じられたんじゃないかなって。
言わないけど、そんな風に思うんだ。
「じゃあ、結花。帰ったら今度は、結花が観たいって言ってたアニメ映画でも観よっか」
「うん! あ、じゃあなんか、お菓子買って帰ろ? 我が家が映画館だー!!」
「さっきパフェ食べたばっかりなのに、よく食べれるね。お菓子」
「ご飯とパフェとお菓子は、三つとも別腹だもんね」
「お腹分かれすぎでしょ、それ」
他愛もない会話をしながら、俺と結花は笑いあう。
そして、ちょっとだけ喫茶店の方を振り返って――心の中で呟いた。
俺はなんだかんだ、元気に過ごしてるよ。
だから――そっちも元気でね、来夢。
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