第17話 人生詰んでた俺だけど、ゆうなちゃんと出会って世界が変わったんだ 1/2

「もー! ゆうくんの、ばーか!!」



 黒いキャップを目深にかぶった結花ゆうかは、ショッピングモールを出ても、ぷくっと頬を膨らませたままだった。


 茶色いロングヘアが、さらさらと風に揺れる。


 同時に漂ってくる、普段より甘い香水の香り。



「ごめん、結花。でも、俺に彼女がいるって噂が広まると、結花が許嫁だってこととか、和泉いずみゆうなに男性の影とか……色々バレちゃう気がして」


「気にしすぎだよ、遊くんはぁ」


「結花こそ、自分が声優だって自覚なさすぎでしょ? 和泉ゆうなが一般男性とデートしたなんてSNSで拡散されたら、大変な騒ぎになるからね?」



 声優に清純さを求めるファンは、いまだに根強いんだから。本当に。


 だけど結花は、ますます頬を膨らませて。



「でも、私が那由なゆちゃんなのは……なんか、いや」


二原にはらさんはマサたちと違って、那由と面識ないから、変に架空の人物を作るよりいいかなって。でも、確かにあんな口の悪い妹呼ばわりされるの、嫌だよな……」


「そうじゃなくって! 私が『妹』ってことに違和感なさそうだったのが、納得いかないの! 私は遊くんより、年下じゃないのに!!」



 ――――はい?

 どういうこと?



 首をかしげる俺のそばで、結花が唇を尖らせる。



「……遊くんより年下に見られるとか、子どもっぽい認定されたってことじゃんよ。私、大人のおねーさんだもん。らんむ先輩みたいに、大人の魅力を出してるもん」


「えっと……どのあたりが?」


「あー! ばかにしたー!! やっぱりさっきのセクシーな服に、着替えたままにすればよかった!」



 あれは大人っぽいとか、そういう次元の服じゃない。


 だけど結花は、何か納得しかねるみたいで、ギュッと下唇を噛み締めた。



「だって私、高校生だし。普通に年下に見られるとか、なんか幼いのかなって……恥ずかしいじゃん」



 その発言に、俺は自然と手に力が籠もるのを感じた。


 そして湧き上がる感情そのままに、思いの丈をぶちまける。



「ゆうなちゃんはさ、元気いっぱいで天真爛漫で天然で。寂しいときは甘えてくるし、かといってこっちから子ども扱いしようとすると、反発して大人ぶってみたり……からかおうとして、攻めに回るときもあるけど、結局は失敗して可愛い感じになっちゃって。そんな……そんなところが、ゆうなちゃんの魅力だと思うんだ」



「…………はい?」



「だから、結花が『大人っぽくなりたい』って思うのは、ゆうなちゃんみたいで。でも結局、『子ども扱い』されるのも、ゆうなちゃんだなって思うし。それに対してムキになるのも、やっぱりゆうなちゃんで――さすが和泉ゆうな、って感心したよ。本気で」



「……ばかにしてるね? ぜーったい、ばかにしてるよね!?」



 俺の力説もむなしく、結花は反対にぷっくり度を増していく。


 そして、結花は深く深く、ため息を吐いて。



「はぁ……遊くんって、ほんっと女心とか分かってないよね。まぁ――そんなところも含めて、好きなんだけどさ」



 好きになった弱みだよ……なんて。


 ゆうなちゃんの格好のまま、結花はぼやくように呟いた。




 その後は他愛もない会話を交わしつつ、二人で駅の方へと向かっていた。


 時間はそろそろ十三時半。正直、かなりお腹が空いてきてる。



「あははっ。遊くん、お腹鳴ってるよ?」


「結構歩いたしね。あと、二原さんとのやり取りで疲れたってのもあるかも。家に帰ったら、取りあえず今日はカップ麺で手早く済ませる感じでいい?」


「んー……そうだなぁ」



 結花は、微笑を浮かべたまま、天を仰いだ。


 そして、ぐいっと伸びをして。



「……ねぇ。もうちょっとだけ、ゆっくりしていかない?」



 ちょっと甘えるような口調で呟く結花に、俺は不覚にもドキッとしてしまう。



「ずるくない、それ? そんな――ゆうなちゃんっぽい声だと、断れなくなるでしょ」


「ふふーん♪ 声は声優の、最大の武器だからね! これは正攻法ですー!!」



 なんか無駄にドヤ顔になった。


 そして結花は、得意げに鼻歌を歌いながら、俺の耳元に唇を近づけて。



「ねぇ、ゆうなの一生のお願い……聞いてくれないと、やだってば」


「ひぃ!?」



 俺は結花から距離を取るように、咄嗟に後ずさった。



「耳が昇天するかと思った……だから、ずるいってそれ! 今の、三月に配信された『もしもあなたが、卒業したら』のときのセリフでしょ!?」


「さすが『恋する死神』さん、ばっちり覚えてくれてるねっ☆」



 そして再び結花は、俺の腕にしがみついて、耳元に唇を近づける。



「ごーはーん! ご飯、食べたいー!! じゃないと、ゆうなのお腹がへっこんで、消滅してしまうかもー、しーれーなーいー」


「うぐっ……今度は去年配信された、『アリスアイドル おねだり百番勝負』のときのセリフ……」



 結花による怒濤のゆうなちゃんボイス攻撃で、俺のHPはどんどん0に近づいていく。


 そんな俺の顔を、にやにや見つめてる結花……絶対、交渉成立まで続ける気だな。



「……はぁ。人目に付きやすい時間帯だから、割と心配なんだけど……ちょっとだけ。ほんとに、ちょっとだけだからね? あと、キャップは脱いじゃ駄目だよ?」


「了解であります、遊くん隊長っ!」



 ビシッと敬礼のポーズは取るけれど、結花の顔は頬が落ちそうなほど満面の笑み。



「結花。最近、小悪魔っぽさが増してきたよね」


「元気で天真爛漫で、ちょびっと小悪魔なゆうなが、お好みなんでしょ? 遊くんは」



 そうやって、すぐ調子に乗るところも、ゆうなちゃんそっくりだよね。



 本当に、大した声優だよ――まったく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る