第16話 【急募】お忍びデートから、彼女バレせず帰宅する方法について 2/2

「……ふぇ?」

「……え? 誰?」



 片や、肩も脇も背中も大胆に露出した、『童貞を殺す』ニットのセーター着用の結花ゆうか


 片や、チャイナドレスで、スリットから白い脚を晒してる二原にはらさん。



 ――まさに、地獄の邂逅だった。



「んーと……え? 佐方さかた、この激カワな人……佐方の知り合い?」



 二原さんは、目の前の彼女が『綿苗わたなえ結花』だとは、気付いてないみたい。


 そりゃそうか。



 こんな露出満載で、眼鏡も掛けてない茶髪の状態で――結花だと勘づく方がおかしい。



「あ、あー……そ、そうだね。知り合いっていうか、えーと……」

「あ。そーいう……じゃあ、真面目にあの短冊、来夢らいむ宛てじゃなかったわけか!」



 チャイナドレスのまま、二原さんは腕組みをしつつ、うんうんと頷いた。


 そして、ちょっと複雑そうな顔で笑うと。



「来夢との過去を吹っ切ったのは、素直にいいと思う! けどなぁ……せっかくこの桃乃ももの様が、精神的お姉さんとして佐方をベタ甘やかそうと思ってたのに。まさか、佐方に――こーんな可愛い彼女さんが、いるとはねっ!」



 そして二原さんは、目深にキャップをかぶった結花のことを、下から覗き込んだ。



「初めまして。うち、二原桃乃ってゆー、佐方の同級生! 別に怪しげな関係じゃないから、彼女さんも心配しないでね?」


「か、彼女……えへぇ……」



 結花、結花。


 だらしない顔しないで。こっちが恥ずかしくなるから。


 そんな俺の視線に気付いたのか、結花は――にっこりと満面の笑みを浮かべた。



 これって――綿苗結花じゃなくて、和泉ゆうなにギアを入れてる?



「まさかこんなところで、ゆうくんの同級生に会えるだなんて、びっくりです! っていうか、めちゃくちゃ可愛いですね! 二原さん……でしたっけ? 髪色もすっごく綺麗ですっ!!」


「あ、この茶髪っすか? イエローも入れてもらってんすよ。だから、明るめのブラウンカラーになってる感じ?」


「あぁ、なるほどイエローなのかぁ。素敵ですね! しかもそのチャイナドレス……なんか大人っぽくて、似合ってます。でも――なんで、チャイナドレスなんですか?」


「そんな言われると、照れるんすけど……この服自体はえっと、佐方にこれが似合うって言われたから、みたいな?」



 ぐいんと、人間を超越したような首の動きで、結花が俺のことを睨みつける。


 そのジト目が、言外に俺のことを責めていることだけは分かった。



「や、その……どっちの服がいいと思うか、聞かれたから……適当に」


「適当!? うわぁ、マジ引くわぁ……人が真面目に、佐方好みの服を着たってのにさぁ」



 今度は二原さんが、ジトっとした目つきになる。


 二人の蛇に睨まれて、蛙な俺は冷や汗をだらだら流すばかり。



「ってか。なんつーか……セクシーすぎません、その服? エロすぎっていうか……」


「ち、違うんです! これは私の趣味とかじゃなくって、遊くんが……こういうのが好きだって言うから!!」


「……え? 佐方、変態じゃね……?」


「ちょっと待って、二原さん? 別に俺がこういうの好きとかじゃないんだって!」


「え!? そういうことじゃないのに、私にこんなえっちな服を着せたの!?」


「やばっ、羞恥プレイってやつじゃん……倉井くらい以下に落ちたな、佐方」



 反論すれば反論するほど、ドツボに陥っていく。


 それから、しばらく……結託した女性陣から、想像を絶するほど責められたのだった。




 三十分後。


 二人は私服に着替え直して、店から出てきた。



「あー、なんか疲れたわぁ」


「ですね。もうなんか、お嫁にいけなくなるような辱めでした……」


「なぁに、佐方がいるじゃないっすか。佐方、マジで女っ気ないんで……彼女さんから別れなきゃ、ぜーったい嫁入りまでいけますって!」


「……ふへ」



 さすがの二原さんも、既に俺たちが婚約してるとは思わないだろうな。



 しかし……これ、どうしよう?


 二原さんは『彼女』が綿苗結花だと、気付いてない。

 そしてオタクじゃない二原さんは、和泉いずみゆうなを知らないだろうから、『彼女』が声優なんて思いもしないだろう。



 じゃあこのまま『俺に彼女がいる』って、二原さんに思われてても問題ないか?



 いや――落ち着け。


 既にこんな「ふへ」って顔してる結花が、ボロを出さないと思うか?



 …………無理な気がしてきた。



 やっぱりここは、『彼女』じゃないって……説明しといた方がいいな。



「二原さん。勘違いしてるみたいだから言うけど……この子は『彼女』じゃなくって、『妹』なんだよ」


「はい?」



 結花と二原さんの声が、完全にハモる。



「ん? だって佐方の妹って……確か、海外に行ってるとか聞いたような……」


「今週末、たまたま帰省してたからさ。それで久しぶりに、一緒に買い物にね……なぁ、那由なゆ?」


「え? あ、えっと……はい! 私、『佐方那由』ですっ! 遊くんの、妹です!!」



 俺の意図を察してくれたのか、結花はニコッと笑っておじぎをする。


 咄嗟のことなのに、この演技力……さすがは声優。



 あとは、二原さんが信じてくれるかだけど――――。



「……んーとさ。佐方……割とマジで、信じらんないんだけど……」



 侮蔑に満ちた目で、二原さんが俺のことを見てる。


 ヤバい……やっぱり、信じてもらえないのか?



 そうやって内心ハラハラしている俺に向かって、二原さんは――。



「妹にあんなエロい格好させるとか、人として……キモい」




 ――――かくして。


 俺の尊厳を犠牲にすることで、俺たちの秘密の関係については、一切バレずに済んだ。



 結果オーライ……なんだと信じたい。



 そうとでも思わないと……俺の心が死んでしまう。本気で。

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