第14話 【妄想が】和泉ゆうなと、デートに行ってみた【現実に】 2/2

「ふふーん♪ ゆうくんとー、お出掛けデートっ♪」



 ごとごと電車に揺られながら、結花ゆうかはなんか変な鼻歌を歌ってる。


 ストレートロングにした茶髪の上には、目深にかぶった黒いキャップ。

 服装はピンクのチュニックと、チェックのミニスカート。


『ツインテールは目立つから髪をおろす』『顔が隠れるようキャップをかぶる』――確かにこの妥協案で、出掛けることになったんだけどさ。



 やっぱ怪しいよな。これでも。


 有名人がお忍びで遊びに出掛けてる感が出てないか、なんかそわそわしてしまう。



「ね。遊くんも、楽しんでる?」



 そう言ってぐいっと、俺の顔を覗き込んでくる結花。


 メイクのおかげで、いつも以上にまつ毛が長くて、くりっと大きく見える目元。

 香水でもしてるのか、いつもより鼻腔をくすぐってくる、甘い香り。



 ああ――ゆうなちゃんだ。



 脳内に危ない薬が回ったみたいに、俺の脳機能が停止していくのを感じる。


 全身の力が抜けていく。頬が自然と緩んでいく。


 ここか……天国は。



「ちょっとぉ! 聞いてる、遊くん?」


「はっ!! う、うん。もちろん、楽しいよ……」


「……ほんとぉ? なんか、ぎこちないんだけどなぁ」



 唇を尖らせながら、俺のことをじっと見つめる結花。


 間近で感じる呼吸。



 ――香りや息づかいまでは、『アリステ』に実装されてない。当たり前だけど。


 だから、見れば見るほど……ゆうなちゃんが現実世界に現れたみたいに錯覚して、胸の鼓動が速くなってしまう。



「うーん……よしっ! じゃあ、こうだ!!」

「――――ちょっ!?」



 ぎゅう……っと。


 結花が俺の腕に抱きついて、頬をぴとっと肩のあたりにくっつけてきた。



 服越しに伝わってくる、ほのかな体温。


 キャップをかぶってくれてて良かった……そうじゃないと、さらさらの髪の毛にくすぐられて、俺の心はぶっ壊れてたと思うから。



「どう……かな?」

「どうっ、て……えっと……」



 ぎゅうぅぅ……。


 結花が俺の腕に力を籠める。


 あ……これ死ぬ。



「どうかな?」


「圧を掛けてきたなって思うよ、素直に」


「どうですかぁ?」



 ぎゅうぅぅぅぅぅ……。



 結花が「これはいける」と判断したんだろう。


 俺を本気で、殺しにきてる。



「可愛い! 可愛いから!! ドキドキして死にそうだから、取りあえず離れて!」



 命の危険を感じた俺は、堪らずギブアップ宣言。


 そんな俺の反応に満足したのか――結花は俺の腕から離れると、ドヤ顔で言った。



「えへっ。可愛いなら、良しとしようっ!」





 そんな感じで、結花がノリにノってる初デートだけど。


 急遽決めたもんだから、遊園地とか水族館とか、気の利いたところに行くでもなく。


 ひとまず三駅ほど離れた町で、ぶらりと散歩することになった。



「よーっし! お出掛け、頑張るぞー!!」



 そんな気合を入れて出掛けんでも。


 白のTシャツに紺色のシャツを羽織っただけの、しゃれっ気もない俺。

 ピンクの可愛い服に茶色いロングヘア(キャップ付き)な、おしゃれすぎる結花。


 これ、周りから不釣り合いなカップルだって、目立ったりしてないよな?



 和泉いずみゆうなのスキャンダルになって、結花が傷つくことになったらと思うと……気が気じゃない。



「遊くんっ。あそこのショッピングモールに行ってみよっ?」



 割とへんぴな場所だってのに、ショッピングモールはなぜだか、それなりに大きい。


 取りあえず一階を見て回る。



「あ、遊くんっ。本屋さんだよー」



 俺と結花は本屋に入ると、即座にマンガコーナーへと移動した。


 このあたりは、オタク同士の阿吽の呼吸だ。



「あ、遊くん! あれ、さっき観てたアニメの原作だよっ」


「ああ。あのモヒカン男子の……ってこれ、二十三巻も出てるの!?」



 あの状況から一体、どうやってここまで連載を続けてるのか。

 それともアニメが、原作無視で無茶なストーリー展開をしてるのか。



「……お。『魔滅まめつのヤバイバ』が平積みされてる」


「あ、ほんとだ。最終巻もあるね。売り切れ続出で、全然手に入らないって聞いたけど」



 知ってるマンガを見つけては、他愛もない会話を交わす俺たち。


 それは、普段の家でのコミュニケーションと、大きく違いはないんだけど。


 なんだか、ゆうなちゃんの格好をした結花だからか――新鮮な感じ。



「ねぇ、遊くん。あそこの服屋さん、見ていっても大丈夫?」


「ん? かまわないよ」


「ほんと? 男の人は、女子の買い物が長いとイラッとするって聞いたけど……」


「それは人によるんじゃない? 俺は三時間とか四時間とか、そういうレベルならともかく、ちょっと待つくらい平気だよ」



 そういえば、那由なゆがまだ日本にいた頃、よく買い物に付き合わされてたっけ。


「まだ?」とか声を掛けようもんなら、「はぁ? こんな時間も待てないとか、さすが非モテ。マジないわ」と罵られ。


 いざ帰るってなれば、「兄さん、男っしょ? こんな重いもの妹に持たせるとか、ありえないし」と大量の荷物を渡され。



 ……あれ、やっぱり理不尽だよな。今ならそう思うわ。



「じゃあ遊くん、ちょっと待っててね! 試着するとき、遊くんに見てもらうから!!」


 そう言い残して、そそくさと店内に入っていく結花。



 その後ろ姿を見送ってから、『アリステ』でもやろうかなとか考えてると――。



「ん?」

「へっ?」



 目の前に通り掛かった、見知った顔と――目が合った。


 え、なんで?


 わざわざ少し離れた町を選んだってのに……。




 どうして――――二原にはらさんが、こんなとこにいるんだよ!?

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