第13話 【妄想が】和泉ゆうなと、デートに行ってみた【現実に】 1/2

 二人とも予定のない、とある土曜日。


 俺は以前から気になってたラブコメアニメを、結花ゆうかと二人で視聴していた。



『……みなみ。その、格好って……』


『ど、どうかな? 今日は、初めてのお出掛けデートだから……ちょっと、おめかししてみたんだけど。で、でも……わたしみたいな、男勝りな子には……似合わない、よね』


『そんなわけねぇだろ!』



 主人公は声を上げると同時に、ヒロインをその身に抱き寄せた。



『え……ほ、ほくとくん?』


『可愛いに決まってんだろ。いっつも可愛いお前が、こんなにおしゃれしたら……可愛さの極みじゃねぇか。愛してる。愛してるぜ、みなみ』


『――ほくとくん』



「……主人公がモヒカンなのが、斬新すぎるね。ゆうくん」


「なんだろ……モヒカンのせいで、セリフが頭に入ってこなかった」



 なんて、二人でぼんやりとアニメを眺めつつ。


 俺はふっと、思ったことを呟いた。



「いいよなぁ……こういうの」

「え、どのシーン!?」



 耳ざとく聞いていたらしい結花が、じっと見つめてきた。


 いや。そんな、穴が開くほど見なくても。



「なんていうかさ。こういう、初めての私服デートみたいなシチュエーションって、憧れるなぁって」


「た……確かにそうだね!!」



 なんだか火がついたらしい結花は、ソファから立ち上がって拳を振り上げた。



「私と遊くんって、家では色々遊んでるし、学校も一緒に通ってるけど――それ以外のお出掛けって、なかったもんね! そうだ、お出掛けデートしよう!!」


 善は急げとばかりに駆け出そうとする結花を、俺は慌てて引き止めた。



「待って結花。落ち着きなって」


「なんで? だってこれから、楽しいお出掛けデートだよ!? ちゃんと私――おめかしするよ?」


「えっとね……近場だと学校の知り合いに見られる可能性が高いから、厳しいでしょ? 遠くだとしても、休日は誰がどこにいるか分かんないから……万が一にもバッティングしたら、大変なことになるじゃない?」


「……ぶー」



 力説する俺に対して、結花は唇を尖らせ、ただただ不満そうな顔をする。



「でも、お出掛けデートしたいもん……遊くんと、楽しくお出掛け……」



 しょんぼり顔の結花は、人差し指同士をくっつけて、なんかぶつぶつ呟きはじめた。


「ちらっ」


 敢えて口に出して言いつつ、こっちを見る。

 そしてまた、しょんぼり顔で下を向く。


「ちらっ」


 再び声に出して、こちらを見る。

 そしてまた、しょんぼり顔で下を向く。



「……そうやってれば、俺が折れると思ってるでしょ?」


「思ってませーん。ただただ、悲しい気持ちを表明してるのみですー」


「子どもか」


「子どもですー。だから、楽しみなお出掛けがなくなるのは、悲しいですー」



 ああ、もぉ。


 俺の許嫁は、段々と甘え方が上達してきてるな。厄介としか言いようがない。



「……取りあえず。俺と綿苗わたなえ結花がデートしてるって、絶対にバレないこと。それが難しければ、今日のところは中止――」


「じゃあっ!」



 結花が顔を上げて、ぱぁっと太陽みたいに明るく笑う。


 そして、ビシッと俺のことを指差して――いたずらっぽく言った。



「分かったもん……佐方さかた遊一ゆういちと綿苗結花のデートだって、バレなければいいんだよね?」




 それから一時間後。


 俺は白のTシャツに、紺色のシャツを羽織っただけのラフな格好で、リビングのソファに座っていた。

 下は普通のジーンズ。


 まったくパッとしない格好だとは思うけど、こういうのしか持ってないんだよな。



 結花は、どんな格好かな?


 おめかしするって言ってたけど、制服と部屋着以外、ほとんど見たことないからなぁ。



 ロングスカートで、シックな感じ?

 それともズボンで、すらっとした感じ?



 いずれにしても、普段と違う結花を見るのは――ちょっと楽しみではある。



「お待たせ、遊くん!」



 そうこうしてるうちに、結花が廊下の方から言った。


 そしてガチャッと、リビングのドアが開く。



 そこには――――。



 ――――和泉いずみゆうなが、立っていた。



「……はい?」



 俺は目をごしごしと擦って、二度見する。


 だけど、そこにいるのは、綿苗結花じゃない。

 どう見ても、和泉ゆうな。



 ゆうなちゃんと同じ格好をした、声優――和泉ゆうなだった。



「どう? これだったら私だって分かんないでしょ?」



 そう言って、和泉ゆうな――もとい結花は、くるっと一回転してみせる。


 俺は開いた口が塞がらず、呆然としたまま。



 頭頂部でツインテールに結った茶色い髪の毛。

 頬のあたりでは、いわゆる触覚が揺れている。


 ピンクのチュニックに、チェックのミニスカートの組み合わせ。

 スカートと黒いニーハイソックスの間には、魅惑の絶対領域が。



 ――ゆうなちゃんの基本コスチューム、その完全再現だわ。これ。



「どうだろ? 今日は、初めてのお出掛けデートだから……ちょっと、おめかししてみました! えへへっ」


「今日のイベントは、終了です」


「ええええええ!? なんで、なんでぇ!?」



 さぁて、撤収撤収と。


 天を仰ぎながら、ソファから立ち上がる俺。



 そんな俺の腕に、「絶対逃がさない!」とばかりに、結花がしがみついてきた。



「納得できない……っ! 私は完璧に、結花だって分からない格好に着替えたのにっ!!」


「だってこれ、完全に和泉ゆうなでしょ!?」


「そうだよ! 遊くん好みのおめかし……それはつまり、ゆうなの格好! しかも、和泉ゆうなだったらいつもの私だって分からないし、一石二鳥じゃんよ!!」


「いやいや。和泉ゆうなと無名の男が一緒に歩いてるとか、そっちの方がさらに問題になるからね!? 声優ファンは、声優の彼氏事情にうるさいんだよ?」



 それに……二.五次元バージョンのゆうなちゃんとはいえ。


 宇宙一愛してる彼女とデートだなんて……俺の心臓が持たないって。本当に。

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