第12話 【事案】高二男子、女子のプールの授業を覗いた疑いで無事死亡 2/2

「いやー。でもほんっと、同性でも惚れ惚れしちゃうよぉ。綿苗わたなえさんの、スク水姿☆」


「別に」


「なんてーか、プールに入って濡れてっからさぁ。なんだろ……背徳的、みたいな?」


「特に」



 結花ゆうかは驚きの塩対応だけど、二原にはらさんはまるで気にせず話し掛け続けている。


 これが会話のドッジボールってやつか。俺なら秒単位で心が折れるわ。



 まぁ、いい。


 二人の意識がこっちに向かないうちに、早いところ戻るぞ、マサ。



『――ラブアイドルドリーム! アリスステージ☆ 石油より大事なもの……ここに』



 その瞬間、結花と二原さんの視線が一気にこちらに注がれた。


 頭の中が、一気に真っ白になる。



「すまねぇ……でもな、遊一ゆういち。念のため二回起動して問題ないか、確認せずにはいられなかったんだ……っ!!」


 お前と友達になったこと、今日こそ本気で後悔したよ。



「……佐方さかたくん。倉井くらいくん。どうして、こんなところに?」


「綿苗さん、こりゃあ間違いないよ……覗きだわ。あっちゃあ……佐方もついに、倉井と同レベルまで落ちたかぁ」



 水気を帯びたスク水の上に、パーカーを羽織りながら。


 結花は無表情に、二原さんはにやにやとこっちを見てる。



 ……あのスク水で、俺と結花は一緒に風呂に入ったんだよな。

 ……あのときは俺が洗われる側だったから、こんなにてかてかしてなかったな。



 人生の終わりと、淫靡なスク水の前に、俺の脳内は完全にショートした。


 そんな俺の方を覗き込むように、二原さんが膝に手をつき腰を曲げる。



 瞬間――むにゅっと、胸元が絞られて、谷間が露わになった。



「なぁに? うちに甘えたくなったん、佐方ぁ?」



 甘ったるい声で、二原さんが囁く。


 ちらっと横を見ると、マサが恥ずかしげもなく、二原さんの胸元を凝視してやがる。



「倉井……こっち見んな」


「なんでだよ!? 遊一が見ていいんなら、俺だって――」


「うっさい!」



 手近にあったビート板を振るい、二原さんがマサに水をぶっ掛ける。



「うわぁ!? スマホが、俺の『アリステ』がぁぁぁ!?」



 マサは慌てるように、グラウンドと逆の方に早足で逃げていった。


 ――って、なんでお前だけ逃げてんだよ!?



「……どうして逃げようとしているの?」


 俺も後に続こうとしたところで……薄ら寒い声が、耳をついた。


 おそるおそる、プールサイドの方に視線を向け直すと。



 ――この世のものとは思えないほど、冷たい表情をした結花が立っていた。



「二原さんを、卑猥な目で見るために来たの? いやらしい」


「違うってぇ、綿苗さん。佐方は当然、綿苗さんも見たかったに決まってんじゃーん?」


 ぴくりと、結花の肩が小さく揺れた。



「……どうかしら」

「じゃあ、やってみ? こうやって、胸元を寄せてだね……」



 ちょっと、ちょっと!?


 結花、何やってんの! ギャルの妄言に乗せられないで!?



「こ、こう……かしら」



 むにゅっと、結花の谷間が強調される。


 それは物量的に、二原さんには及ばないけれど。



 スク水から覗く、濡れそぼった白い肌は――なんとも言えず、綺麗だった。



「ほらぁ、佐方めっちゃ見てるし! ウケるー!! すけべめー」


「ちょっ!? 二原さん、本当に黙って!」


「おっ? 覗き魔のくせに、やけに強気じゃないのさぁ。うちらが大声出したら、どうなると思ってるん? 社会的に死ぬんじゃね?」


「ごめんなさいすみませんお許しください」


「よーし、素直でよろしいっ!」



 本当に偶然、女子のプールに行き着いただけなんだけど……そんな言い逃れ、できるわけないよな。


 だってこの状況、どう説明したところで俺たちが完全にギルティーだもの。



 社会的な死を避けるためには、恥も外聞も捨てて、示談に持ち込むしかない。



「綿苗さん、二原さん。今回はほんっとーに、悪かったと思ってるから。お詫びならいくらでもするから。だから、ここは穏便に……」


「えー? どうしよっかなぁー?」



 二原さんが頬に手を当て、にやにや笑ってる。


 完全に俺をおもちゃだと思ってるな、この人。



「……二原さん。もう、放っておきましょう」



 そんな二原さんの隣で、結花がふっと背中を向けた。


 そして、淡々とした口調で言う。



「男子って、そういう生き物だから。いちいち、付き合ってられない」


「おー!! 綿苗さんってば、超クール! しょーがないなぁ。んじゃ、今日のところは、桃乃ももの様も勘弁してやるとしよっかね」



 た……助かった。ありがとう、結花。


 家に帰ったら、ちゃんと事情を説明するか……ら?



「…………? 何を見て……」



 振り返った結花が、俺の視線に気付いたんだろう、お尻に手を当てた。


 そして、食い込み気味になっていたスク水を、いそいそと直して。



「佐方くんって……変態ね」





 そして、学校が終わり、帰宅したのち。


ゆうくんのばーか! えっち! すけべ! もう……男の子って、男の子って!!」


 眼鏡を外して部屋着に着替え、髪をおろした結花は、散々罵倒の言葉を放ってから。

 ぼそっと、小さな声で……呟いた。



「……家でだったら、ちょっとくらい……見せたげるのに」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る