第11話 【事案】高二男子、女子のプールの授業を覗いた疑いで無事死亡 1/2

 あー……だるい。


 俺は蒸し暑くなってきた七月の気候に、げんなりする。



『アリステ』のイベントから二日が経ったけど、俺の興奮はいまだ冷めやらない。


 目を閉じると、あの日の歓声が、圧倒的なパフォーマンスの数々が、今でも鮮明に思い出される。


 そして、SDゆうなちゃんの、キュートな姿も。



 そんなわけで、二時間目の体育は、見学させてもらってるわけだが。



「へっ……遊一ゆういち。お前もやっぱ、イベントで全部を出しきって、力尽きてんだな」


「お前と一緒にすんな。俺はお前と違って、昨日も一昨日もちゃんと登校したぞ」



 隣でぐったりしながら一緒に見学してるマサは、イベントの翌日から高熱を出して、二日間も寝込んでいた。


 あれだろ、知恵熱だろ。

 イベントで普段使ってない頭を使ったから。



 俺とマサがグラウンドの隅っこで体育座りをしている中、クラスの男子たちは短距離走を繰り返してる。


 陽キャは汗だくになりながら、爽やかに笑ったりしてるけど……なんだろう、ひょっとしてMなのかな?


 俺は元気だろうと疲れてようと、走って楽しいなんて感情、一切生まれないけどな。



 これにはマサも同意してくれるはず――。



「おっ!? 見ろよ遊一! でるちゃんのSRゲットだぜ!!」


「ってお前!? なんで普通にガチャ回してんだよ!?」


「逆に考えろ、遊一……体育の見学中に、他にどんな時間潰しができるってんだよ?」


「見学をするんだよ、見学中なんだからな……」



 堂々とスマホを取り出して『アリステ』のガチャを回してるあほに、当然のツッコミを入れる。


 ただ、そんな正論に屈するレベルの人間じゃないんだよな……マサは。



「お前……このくだらない短距離走を見るために、生きてるわけじゃあねぇだろ?」


「極論を持ち出すな。確かに短距離走を見たところで虚無な気持ちだけど、それとガチャを回すのは別問題だろ」


「俺は止まんねぇからよ。『アリステ』の先に俺はいるぞ! だからよ……遊一、止まるんじゃ――」


「うるさいんだって、お前は。先生に見つかるだろって」



 見ろよ、見回りに先生が来てるだろ。


 もう話したところで埒があかないから、俺はひとまずマサからスマホを奪い取ることにした。


 なんか無駄に抵抗するマサ。

 めっちゃ面倒くさい、こいつ。



「あっ」

「えっ」



 そうして揉み合ってるうちに――俺の手からマサのスマホがすっぽ抜けて、後ろの方に飛んでいってしまった。


 体育館の横の細道に落ち、そのまま地面をすべっていくスマホ。



「お前ら、ちゃんと見学してるか?」

「あ、はい。大丈夫です!」



 見回りに来た先生に、当たり障りのない返事をして。

 俺とマサは、先生が授業の方に戻っていくのを確認する。


 そして――先生の意識が、完全にこっちから逸れたところで。



「ったく、お前は! なんつーことしてくれてんだよ!!」

「悪かったとは思うけど、お前にも非はあるからな!?」



 お互いにくだらない言い合いをしながら、俺たちはスマホが飛んでいった体育館横の細道へと向かう。


 横歩きしないと入れないくらい、狭い道幅。


 マサと俺が順番に、横歩きの形で細道に入っていく。



 幸い、入ってすぐのあたりにスマホは転がっていた。



「液晶は生きてる……データは……」


「おい、早く出るぞマサ。先生に見つかったらまずいだろ?」


「…………」


「おい、マサってば!」


「馬鹿野郎! 『アリステ』のデータの生死に関わる問題だぞ!? お前、ゆうなちゃんの命と先生に怒られないこと、一体どっちが大切なんだよ!!」



 ――――ガンッと。



 俺はその言葉に、頭をぶん殴られたような衝撃を覚えた。



 ふぅっとため息を吐き出す。


 そして、大きく首を横に振って。



「……マサ。俺が間違ってたよ。どんなことがあろうと、『アリステ』のデータには――アリスアイドルたちの命には、かえられないよな」


「お前なら分かってくれると信じてたぜ、遊一」



 そのまま俺たちは、マサのスマホを再起動させて、『アリステ』のアプリを立ち上げようと試みる。


 そして、しばしのロード時間を置いて。



『――ラブアイドルドリーム! アリスステージ☆ はじめるわ……覚悟はいい?』



 タイトル画面が表示されると同時に、ランダムで選ばれたアリスアイドルが、タイトルコールをするのが基本動作。


 そして今、問題なく『アリステ』は起動した。



 しかも、ボイスは――らんむちゃん(CV:紫ノ宮しのみやらんむ)という奇跡。



「よし、よかったなマサ!」


「……ああ。らんむ様が、俺たちを祝福してくれてる……それだけで、俺はいい」


 二人で胸を撫で下ろし、ひとつの命が無事だった事実を、ただ喜ぶ。



 そして俺たちは、グラウンドの方に引き返そうとして――。



「ん? ねぇ、綿苗わたなえさん。なぁんか、変な声しなかった?」

「別に」



 覚えのある女子二人の声が、そんなに遠くない距離から聞こえてきた。


 俺とマサは息を呑み、ゆっくりと顔を上げる。


 よく見ると壁面は俺たちの首あたりまでで、その上にはフェンスが設置されている。



 そして、その向こうには――。



 一面に広がる、スクール水着に身を包んだクラスの女子たち。



「……おい、遊一。ここ、プールだよな?」

「ああ……しかも、女子が授業を受けてる最中のな」



 今日の体育は、男子がグラウンドで短距離走、女子がプール……確かにそう言ってたなと、今さらながらに思い出す。


 視界に映るのは、プールでばしゃばしゃと泳いでいる女子たちや、プールサイドで談笑している女子たち。



 無論、全員スクール水着。



 そして、俺たちの一番近くのプールサイドに立っているのは――。



「ってか、泳ぎ終わったらすぐに眼鏡掛けるんだ、綿苗さん? 眼鏡外したとこ、ちゃんと見たいのにー。絶対、いつもと違う可愛さになるっしょ?」

「特に」



 茶色い髪をお団子状に縛り、スクール水着の胸元が窮屈そうなギャル――二原にはら桃乃ももの


 さすがにポニーテールはほどいてるけど、なぜかいつもどおり眼鏡を掛けてる、ぴったりサイズのスクール水着を着てるお堅そうな女子――綿苗結花ゆうか



 絶対に、見つかったら大ごとになるペアだった。

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