第10話 【アリステ六位】らんむとかいう、クールで美しいだけのキャラについて 2/2

『なぁ、遊一ゆういち。なんか俺、身震いが止まんなくなってきたよ……』


 イベント開始が迫る中、マサからRINEが送られてきた。



『お前、何時から会場にいるの?』


『らんむ様のイベントが楽しみすぎて、一睡もせずに七時間前に会場入りだ!』


『……お前、エネルギーだけはマジで半端ないな』



 今日はグッズ販売とかもないってのに。


 まぁ、グッズを売ってたとしても、ゆうなちゃんのグッズはほとんどないんだけどな。


 そういうとき、人気キャラを見ると「ぐぬぬ……」って思う。



 ――そんなことを考えていると。



 パッと、画面が切り替わって、ステージが映し出された。



「『ラブアイドルドリーム! アリスステージ☆』――『八人のアリス』お披露目イベントに、こんにちアリスー!!」



 司会者が開幕を告げると同時に、凄まじい歓声が上がった。


 選ばれたアリスアイドルたちが順番にステージへと上がり、ショートアニメが流れたあと、持ち曲のショートバージョンを披露する――ファンにとっては感涙のイベント。



 八位、七位と順々にアリスアイドルが呼ばれ――いよいよ六位。


 マサの推しの出番が、やってきた。



「それでは『八人のアリス』――三人目の紹介です! 選ばれたのは、いつだって冷静沈着。クールビューティなアリスアイドルの歌姫――らんむちゃん!」


「ふぉぉぉぉぉおおおおおおおおお! らんむ様ぁぁぁぁぁあああああああ!!」



 なんかネット配信だってのに、現地のマサの声が聞こえたような気がする。


 そして――――。



「『八人のアリス』? 当然の結果だわ。私を誰だと思っているの?」



 割れんばかりの歓声が、画面の向こうから響き渡った。

 その盛り上がりの大きさが、彼女の人気を窺わせる。



 そして、壇上に――彼女は姿を現した。



「今宵も楽しみなさい。このらんむ様が、醒めない夢を見せてあげるわ――こんにちアリス。らんむ役の『紫ノ宮しのみやらんむ』です」



 淡々とした口調で言い放ち、彼女は微笑を浮かべた。



 腰まで届く紫色のロングヘア。

 身に纏っているのは、ノースリーブのフリル付きワンピース。

 二の腕まで覆ったアームカバー。


 紫一色の衣装に、首元の赤いチョーカーが、やけに映える。


 目に毒なほど胸元を開けたステージ衣装を翻し、マイクを手にした紫ノ宮らんむは、会場に向かって語り掛ける。



「『八人のアリス』に選ばれたことは、とても光栄です。だけど、決して満足はしていない。理由は簡単。私の上にはまだ――五人のアリスアイドルがいるのだから」



 淡々としているようで、どこか熱の籠もったその声は、見るものすべてを呑み込むほどのオーラを纏っていた。



「いずれ私は、『八人のアリス』のトップに立つ。それが私と、らんむの約束だから。らんむは必ず、最高のアリスアイドルになる。貴方たちはその瞬間を……楽しみに待っていればいいわ」



 一瞬、静まり返る会場。


 そして、爆発が起こったかのような声援の嵐。



 ゆうな推しの俺ですら思わず息を呑むほど、そのパフォーマンスは頭ひとつ抜けていた。



「さすがは、らんむちゃん! 相変わらずクールで、向上心の高さが凄いですね!!」



 イベント司会者が、盛り上がり続ける会場に向かって声を上げた。



 そして大型スクリーンに、パッとらんむちゃんのSDキャラが映し出される。

 その両サイドには、ゆうなちゃんとでるちゃんの、SDキャラ。



 これは、あれか――イベント用のショートアニメか。


 SDキャラとはいえ、まさかのゆうなちゃん登場。



 俺のテンションが、爆上がりして止まらない。




『らんむちゃん! このたびは、ほんっとーに! おめでとうございますっ!!』


『ゆうなちゃん、そんなに頭を下げたら首が折れちゃいますよ? ……でも、らんむちゃん。今回はとても素晴らしい結果でしたね。まるで、石油を掘り当てたみたい』


『いや、でるちゃん……石油を掘り当てたって、偶然みたいに聞こえちゃうから……』


『何をおっしゃいます、ゆうなちゃん。石油を掘るのだって、綿密な下調べが必要なのですよ? らんむちゃんの地道な努力を、わたくしは讃えているのです』


『いや、石油で例えること自体が、ちょっと……』


『ゆうな、でる。二人とも、ありがとう。だけど貴方たち――本当にそれでいいの?』


『えっ? どういうこと?』


『私も貴方たちも、同じアリスアイドル。共に頂点を目指し、研鑽を続ける戦友。それなのに……私を祝っている場合じゃないでしょう?』


『ら、らんむちゃん? ですけど、今日は喜ばしい日なわけですし……』


『行くわよ、二人とも。今からトレーニングよ。今日は夜まで帰さないわ。私に追いつけるよう、貴方たちを徹底的に鍛えてあげる。もちろん私は――その上を行くけれど』


『『か、かんべんしてー!?』』




 会場が笑いの渦に巻き込まれたのと同時に、画面が暗転する。


 そっか。三人が同じ事務所だから、このコラボだったのか。



『遊一……今日が俺の命日かもしれない』



 マサから変なテンションのRINEが届いたけど、まぁ仕方ないよな。


 俺だって推しがここまでPRされたら、感激のあまりショック死するかもしれない。


『八人のアリス』に選ばれるってことは、やっぱり大きなことなんだな。



 ――まぁ。選ばれようと、選ばれまいと。


 俺がゆうなちゃん一筋なことは、永遠に変わらないけど。



「それでは貴方たち、脳裏に焼き付けなさい。今宵の私は、いつも以上に冷静に。だけど熱く……燃え上がるから。行くわよ――『乱夢らんむ☆メテオバイオレット』」



 それを合図に、スポットライトが一斉に紫色になり、彼女の全身を妖しく照らした。


 同時に流れ出す、激しいビート。

 紫ノ宮らんむが、マイクを両手で握って、視線を落とす。



 そこから溢れ出すオーラは、言葉にできないほど、凄まじいもので…………。




「応援ありがとうございました。らんむ役『紫ノ宮らんむ』でした」



 深々と頭を下げると、紫ノ宮らんむは舞台袖へとはけていく。


 気付いたら俺は、彼女に拍手を送っていた。


 推しじゃない俺ですら圧倒するほどの魅力が、確かに紫ノ宮らんむにはあった。



 ――らんむ先輩は、紫ノ宮らんむって声優は、桁違いの努力家なんだ。

 ――掘田ほったさんも、『らんむほどストイックな声優は、今まで見たことない』って。



 結花が語っていた言葉が、脳裏をよぎる。


 あれほどのパフォーマンスを見れば、結花の言ってたことも理解できる。


 すごいな。何歳か知らないけど、そんなに俺たちと年齢も違わないだろうに……。



 ――――ブルブルッ♪



 ふいにズボンのポケットの中で、スマホが振動するのを感じた。


 取り出したスマホにポップアップ表示されているのは……結花からのRINE。



ゆうくん。ひょっとしてだけど、らんむ先輩に見とれてない?』


『凄いパフォーマンスだったのは分かるけど……ゆうなが一番、だからね?』



 さすがは結花。


 俺のツボとか、テンション上がるポイントとか、全部お見通しだな。



 そのメッセージを見ているうちに、自然と笑顔になっていく自分に気付く。




 確かに、紫ノ宮らんむのパフォーマンスに、見とれはしたけど。



 ゆうなちゃんが一番だってことだけは――絶対に変わらないって。

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