第8話 七夕だし、俺の黒歴史でも晒していこうと思う 2/2

『ごめんって、結花ゆうかちゃん……マジ反省してるし』


那由なゆちゃんのばかっ! やっていいことと、悪いことがあるでしょ、もー!!」


『えっと、その……』


「もう、絶対にこういういたずらしちゃ、だめだからね? 分かった、那由ちゃん!?」


『……はい。ごめん、なさい……』



 あの傍若無人で自由奔放な那由が、完全にしおらしくなってる。


 さすがは結花。俺や親父じゃ、こうはできないわ。



 感心してる俺のそばで、結花がしゅんっとなった。


 耳をだらんとした子犬みたい。



「……ごめんね、ゆうくん。なんか私の推理、全然違ってたね。焼きもちさんで、ごめん」


「まぁ、確かに迷推理だったけど……大丈夫だよ、分かってくれれば」



 お互いにぺこりと頭を下げてから。


 俺たちは顔を見合わせて、にこっと笑いあった。



『……これも全部、野々花ののはな来夢らいむって奴の仕業なんだ』



 スピーカー仕様になってるスマホから、那由の邪悪な声が聞こえてきた。



『あたしはただ、日本は七夕だし、ちょっと電話でもかけたげるかって思っただけなのに……あのクズ女のせいで……結花ちゃんに、怒られたし』


「結花に怒られたのは、お前が変ないたずらしたからだよね?」



 至極まっとうなツッコミをしたのに、那由はまさかのスルー。



「ねぇ、遊くん。その、来夢さんって人のこと。もう……なんとも思ってないの?」


「ああ。正直、二原にはらさんに言われるまで、何も意識してなかったよ」


『そりゃそうだわ。あんな悪魔、記憶から抹消すればいいし』



 やさぐれた声で、那由がぼやくのが聞こえた。


 そんな那由に向かって、結花が話し掛ける。



「ねぇ、那由ちゃん。そんなに嫌うほど……その、来夢さんとのことって、ひどかったの? あれだよね、遊くんが……三次元との恋愛を、嫌になったっていう」



『――あれは兄さんが、中三の頃だった』



「ちょっと待て、お前!? なんで回想シーンみたいなテンションで、俺の過去を語り出してんの!?」


『今日の揉め事だって、兄さんがちゃんと結花ちゃんに説明してないから、大ごとになったっしょ? いい加減、黒歴史と向き合えし』



 いや、言ってることは分かるよ?


 だけどさ、黒歴史を暴露される側の気持ちにもなってくれない? 本当に。



『そう、中三の頃の兄さんは――』



 そして那由は、俺の意見を全無視して――結花に、俺の黒歴史を語りはじめた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 うちってさ、両親が離婚してるっしょ。


 離婚して母親がどっか行っちゃってから、父さんはヤバいくらい落ち込んで。

 なんか兄さんもあたしも、結婚ってマジないわーって、なっちゃったんだよね。


 まぁ――それとはまた別ベクトルで、兄さんもマジなかったわけ。



 中学のときの兄さんは、なんだろ……調子乗ってた的な?

 そうそう、自称『オタクだけど陽キャ』ね。その時点で痛くてウケる。


 そうやってイケてると思ってた兄さんもアレなんだけど。

 それに拍車を掛けてたのが……名前も呼びたくないけど。



『野々花来夢』って、男たらしの悪魔なわけ。



 中三の冬までは、兄さんとあいつはまぁ、仲良かったと思う。


 野々花来夢は……良く言えば、人当たりがいい。悪く言えば、八方美人のクズ。


 なんかその頃、兄さん色んな友達を連れてきて、家で遊んでたんだけどさ。


 野々花来夢もほいほいついてきやがって、兄さんとかクラマサ――ああ、倉井くらいのことね――とか、誰にでもニコニコ元気キャラです、みたいに振る舞ってたわけ。



 特に兄さんには、なんか距離感近くて。あたし的にはキモかった。マジで。



 で、忘れもしない中三の十二月。


 兄さんはなんかいけると思ったんじゃね? 野々花来夢にコクったわけ。



 まぁ、気持ちは分かる。だってあいつ、どう見ても兄さんに気がある風だったし。



 なのに、あの悪魔――兄さんのこと、無惨にもフりやがった。


 それだけでもマジないのに、次の日には兄さんがフラれたって噂、クラス中に回って。


 確証はないけど。絶対あの女の仕業だと、あたしは踏んでる。



 だからあいつは、末代まで許さないし。けっ。



 その後の一週間くらい、兄さんは部屋に籠もってた。


 マジで、一生部屋から出ないんじゃね? ……と思ってたら、どうにか持ち直してさ。



 その理由は――さすがに結花ちゃん、知ってんじゃん?


 結花ちゃんが演じてる、あの……なんとかってキャラ。



 あの子に入れ込んで、「俺は二次元だけを愛するんだ」って……やべぇ感じで、一応の社会復帰を果たしましたってわけ。



 ちゃんちゃん。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ぐぉぉぉ…………」


 俺は頭を抑えて、カーペットの上をのたうち回っていた。



 何がちゃんちゃん、だよ。


 俺の黒歴史を、何もかも暴露しやがって……ちょっと死のうかと思ったぞ、本気で。



『……まぁ、そんな出来事があったくらいだし。兄さんがまだ、野々花来夢に気があるとか、マジないと思う。もしあったら――あたしが鉄パイプで殴ってでも、正気に戻すし』



 憎悪の入り交じった声色で、那由がさらっと怖いことを口にする。


 俺はぜぇぜぇと荒い呼吸をしながら、テーブルに手をついて立ち上がった。



「はぁ……はぁ……ま、まぁな。俺の黒歴史は、那由が言ったとおりだ。だから、今日の学校での話は、完全に二原さんの妄想だから……結花もなんか、気にしなくて――」



 ――――ふわっと。


 柔らかな感触と、温かな体温と、甘い匂いが……一斉に俺のことを包み込んだ。



「ゆ、結花?」


「ごめんねぇ……遊くぅぅん……私、そんなことも知らずにぃ……」



 俺を抱き締めたまま、結花は大号泣してる。


 分かってくれたんなら、別にいいんだけどな。



「私、絶対に……遊くんのこと、一生大事にするからね? もう愛して愛して、やめてーって言うまで、放さないんだから!!」



 そうやって、感極まったように騒ぎ続ける結花。


 そんな結花を抱き留めたまま、どうしたものかと困っている俺。



 そして、那由は――。



『あのさ……イチャつくんなら、通話切ってからにしてくんない? ……けっ』

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