第7話 七夕だし、俺の黒歴史でも晒していこうと思う 1/2

 七夕の件でドタバタとした一日が終わって、帰宅すると。


 俺と結花ゆうかは、ソファで隣り合って座ったまま、無言でコーヒーを啜っていた。



「…………」

「…………」



 結花の見た目は、既に家仕様。


 ポニーテールをほどいた髪は、毛先がふわっと広がっていて。

 眼鏡がないと垂れ目になるから、年齢より幼く見える。


 無防備な部屋着から覗く胸元や肩は、艶めかしくて。

 すべすべの白い脚線美は、靴下を履いてないのもあって、一際目を惹く。



「えっと、結花……」

「うわーん、ゆうくんのばかー!!」



 俺が口火を切った途端、結花が爆発したかのように声を上げた。


 そして、ぶんぶんと両腕を振り回しながら、俺のことを上目遣いに睨む。



「やっぱり大きい方がいいんじゃんよ! 二原にはらさんみたいに!!」


「いやいやいや、言ってないよねそんなこと!? っていうか結花、そのこと気にしすぎじゃない!?」


「うー……だってさ。ほら、大は小を兼ねるっていうし」



 それ、多分こういう場面で使う言葉じゃない。


 なんだろう、コンプレックスでもあるのかな、胸のサイズに。



 そんな俺の目の前で、結花は唇を尖らせたまま、気にするように自分の胸をもにゅもにゅと……。



「って、やめてやめて、それ!」


「なんで? 私の胸じゃ、満足できないから?」


「違うよ! 変な気分になるから、やめてって言ってんの!!」



 サイズとか関係なく、女子が自分の胸をもにゅもにゅしてるところなんて見たら、高校生男子は強すぎる刺激で死んでしまう。色んな意味で。



 ――――ピリリリリリリッ♪



「うわっ!?」


 そんなタイミングで、俺のスマホが着信音を鳴らしはじめた。

 俺は結花に背を向けて、電話に出る。



「もしもし」


『はぁ……兄さん、なんで毎回ワンコールで出ないわけ? 育ちが悪すぎだし』



 開口一番、ありえない罵倒を浴びせてくるのは、俺の妹――佐方さかた那由なゆ


 海外赴任になった親父のもとで生活を送ってる、中学二年生。



 ちなみに我が家に、母親はいない。


 何年前だったか、離婚して家を出て以来、俺や那由とも音信不通。



 って……そこまでの育ちは、俺も那由も一緒だよな?


 なのに育ちが悪いって、理不尽じゃね?



『なんで黙ってんの? マジないわ。久しぶりに電話をしてくださった妹様に、気の利いた一言くらい言えし』


「あ、ああ……久しぶり」


『うわ、マジなさすぎ。そんなセリフ、猿でも言えるし』


「それは言いすぎじゃね?」


『うわ、言い返してきた。これ、セクハラっしょ。やば……身内にハラスメンターがいるとか』



 初めて聞いたな、ハラスメンター!?


 だけど確かに、せっかく電話をくれた妹に、ちょっとよそよそしすぎたかもしれない。


 その反省を活かして、俺は再び口を開く。



「元気にしてるか? いつぶりだろうな……こうして話すのは」


『え、きも。無理』



 全否定だった。



「な、なんでだよ!? こっちは久しぶりだから、気を遣ってだな……」


『生理的にヤバい。マジな話、もっとしっかり、妹への愛が伝わるようにするべし』


「あ、愛って……お前、何言ってんだよ? 恥ずかし――」


『兄さんこそ、何マジで受け取ってんの? ウケるマジ』



 電話切ってやろうかな、そろそろ本気で。


 好き勝手すぎる愚妹の態度に、ため息を吐いてると。



「えっと、遊くん……その電話ひょっとして、二原さん?」



 さっきまで二原さん絡みの話をしていたからか。


 結花がありえない方向の勘違いを、口にしてきた。



「いや、そんなわけないよね? 今まで二原さんからの電話とか、なかったでしょ?」


「じゃあ、んっと……来夢らいむ、さん?」


「それはもっとないでしょ!?」



 必死に否定しようとするけど、結花はアゴに手を当てて、なんか名探偵みたいな顔でぶつぶつ呟いてる。



「……そっか。遊くんは『ゆうな』に宛てた短冊って言ってたけど……それ自体がミスリードで、二原さんの言ってた『来夢』さん宛てが正しい? そうなると、このタイミングでの電話……やっぱり来夢さんか!」



「何がやっぱりなの!? 推理にもなってないでしょ!?」


『……兄さん、うっさいんだけど。来夢? あのクソ女の話なんか、なんで結花ちゃんとしてるわけ?』


「まぁ話せば長くなるんだけど……ひとまずさ。スピーカーに切り替えるから、お前が誰なのか、結花に伝えてくれない? 揉め事になる前に」


『はぁ? うざ……まぁ、いいけど』



 そして俺はスピーカーボタンをオンにして、スマホをテーブルの上に置いた。


 結花が真面目な顔で、スマホの画面を覗き込む。



 そして、すぅっと息を吸い込んで――。



「あの、私は綿苗わたなえ結花って言います。あなたは、誰ですか?」

『……我が名は、野々花ののはな来夢。佐方遊一ゆういちの心を奪った、淫靡な悪魔なり』




 結花の絶叫が、家中に響き渡った。



 那由……次に会ったとき、本気で覚えとけよ。

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