第2話 【続報】俺の許嫁が可愛すぎるんだけど、どうしたらいい? 2/2

ゆうくん、めっ!」



 家に帰ってすぐ、結花ゆうかがじっと睨んでくるけど……学校と違って、まるで怖くない。



 ブレザーから着替えた、部屋着の水色ワンピース。

 ポニーテールをほどいて、肩甲骨あたりまでストレートに流れている黒髪。


 それほど視力が悪くないのもあって、外出するとき以外は眼鏡を外してるんだけど。

 そうするとなぜか、つり目が垂れ目にフォームチェンジしちゃう。



 こんな可愛い風貌を、怖がれという方が無理な相談だ。



「あんなに『アリステ』のことで、騒いだらだめでしょー。もー!!」


「そんなに注意されること? そりゃあ確かに、うるさかったかもだけど……」


「遊くんが友達と騒いでるのは、別にいいのっ! 論点はそこじゃないもん!!」


「そうなの?」



 俺が首をかしげると、結花はぶーっと頬を膨らませた。



「あんなに大声で、ゆうなのこと褒めちぎったら――恥ずかしいじゃんよ、ばかっ!!」


「え、そこ!?」



 思わぬ方向からの注意に、変な声を出してしまう俺。


 そんな俺の胸を、結花はぽかぽかと叩いてくる。



「ばーか、ばーか。最近の遊くんは、調子乗りすぎなんだよー」


「何その言い掛かり!? 俺はいつもどおり、ゆうなちゃんを愛しながら、結花と穏やかな毎日を過ごしたいと努めて――」


「愛が凄いの! 遊くんのゆうな愛が大きすぎて、潰されちゃうってば!!」



 そう言って結花が、俺に一枚の便箋を渡してきた。




■ペンネーム『恋する死神』より■


 ゆうなちゃん、こんにちは! ついに待ちに待った、『八人のアリス投票』ですね。

 僕は投票開始と同時に、投票を終えました。誰に入れたか……それは秘密です。


 ヒントは、いつだって笑顔が眩しくて、ちょっと天然で無邪気だけど、誰よりも頑張り屋さんな――そんな大好きな女の子です。


 勝っても負けても、僕は変わらずその子を応援しています。誰よりも愛している、そんな――彼女を。




「……なんだ。俺が送った、ゆうなちゃんへの応援メッセージじゃない。これが一体、どうしたっていうのさ?」


「直接言えばいいじゃんよ! 一緒に暮らしてるんだから!!」


「いや、だって。ゆうなちゃんに、ゆうなちゃんへの想いを伝えるには、ゆうなちゃんに手紙を送るしかないじゃない?」


「しかない、じゃないよ! ここ、ここ!! ここにゆうなの、中の人がいるんですー!!」



 結花は頬を膨らませたまま便箋をひったくると、丁寧に封筒に仕舞った。


 そして、ちらっと俺のことを見て。



「……ゆうなにこんな顔させて、ぜーったい許さないもんっ! 罰として……好きって百回言ってよ、ばーか!!」



「ごふっ」



 大量の吐血。俺は死んだ。



 だって今のは、ゆうなちゃんの新イベントのクライマックス、その完全再現。


 アミューズメント施設に遊びに行って、『彼女の好きなところを百個言おう』っていう企画に参加することになった主人公が――ゆうなちゃんのことを、褒めちぎった。


 それで照れ死にそうになったゆうなちゃんが、思わず放ったのがこの最萌セリフだ。



 初めて聞いた日、俺は夜中に三時間リピートした。


 それから一日三回、繰り返し聞き続けてる。



 そんなセリフを面と向かって言われたら……恥ずかしいっていうか、悶々とするっていうか。とにかく、脳が壊れそう。


 なんなの? 殺す気なの、この子?



「罰として、好きって百回言ってよ! ばーか!!」


「結花。ごめん。本当にごめん。だから、もうやめ――」


「好きって言えー、ばかばかー!!」



 既にHPは0だってのに、萌え攻撃で死人に鞭打ってくる結花。


 ちょっと楽しくなってきたのか、なんかドヤッとした顔してるし。


 こうなったら、こっちだって……。



「ど、どう遊くん? 反省した? 人が恥ずかしがることを、やりすぎたら――」

「好き」

「ふぇ!?」



 俺の口から零れ落ちた言葉に、今度は結花が動揺する。


 あたふたと両手を振って、おろおろ顔を動かして。



「ちょっ、ちょっと待ってってば! 今のは、ゆうなのセリフを引用して、反省を促しただけでね? 別に本当にやってほしいわけじゃ――」


「好き。好き。好き。好き」


「ぎゃああああああ!?」



 それはたとえるなら、言霊による除霊。


 結花は叫ぶと同時に転んで、床の上でなんかじたばたしてる。



 ……ちょっと楽しいな、これ。



「どう結花、反省した? 人が恥ずかしがることを、やりすぎたら駄目だって」


「もういいからっ! 分かったからっ!! これ以上そんな甘い言葉を囁かれ続けたら、私の脳が壊れちゃ――」



「好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き好き好き好き好――――」

「ふにゃあああああああああ!?」





 ――一時間後。俺は床に正座させられていた。


 ソファに座って腕を組んだ結花は、リンゴみたいな真っ赤な顔のまま、唇を尖らせて俺を睨んでいる。



「……遊くん。途中から、ちょっと面白がってたでしょ?」


「……でも、もとはと言えば結花が、ゆうなちゃんボイスで俺を萌え殺そうとしたから」


「んーと……だから?」


「萌え殺されたら、やり返す。倍萌え返しってやつ?」


「倍どころじゃなかったんですけどっ!?」




 そう、これは――外ではお堅くて地味だけど、家ではちょっぴりおばかな綿苗わたなえ結花の。


 和泉いずみゆうなとして頑張ってるけど、家ではただの小動物な綿苗結花の。


 俺――佐方さかた遊一ゆういちの許嫁になった、綿苗結花の。



 ドタバタな日々の物語だ。

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