第2章

第1話 【続報】俺の許嫁が可愛すぎるんだけど、どうしたらいい? 1/2

「ふぅぅぅ!! 遊一ゆういち、見たか!? 世界はついに、らんむ様のものとなるんだあああ!!」



 昼休みの教室。


 購買のパンを頬張ってる俺の正面で、マサが変な声とともに立ち上がった。


 さすがにこれは、他人のふりしたい。



「おい、遊一! 目を逸らしてんじゃねぇぞ……らんむ様の輝かしい未来からよぉ!!」


「目を背けてるのは、お前の醜態からだよ」



 マサ――倉井くらい雅春まさはるとは中学時代からの腐れ縁だけど、ここまでひどいシチュエーションは初めてかもしれない。


 見ろよ、教室中の「うわぁ」って視線を。


 だけどマサは、そんなことなど意にも介さず、ツンツンヘアを触ってヘラヘラしてる。


 黒縁眼鏡の下の眼光は、なんか無駄に鋭いし。



「ねーねー佐方さかたぁ。倉井となぁに、はしゃいでんのさぁ?」


「はしゃいでるのはマサだけだよね!?」


「机くっつけて喋ってんのに、一人だけ無罪はないっしょー」



 そう言ってけたけた笑うのは、こちらも同じ中学出身の二原にはら桃乃ももの



 茶色く染めたロングヘア。

 うっすらメイクもしていて、目元はぱっちり。

 ブレザーは着崩してるもんだから、胸元の主張がとても激しい。


 端的に言うと――ギャルっぽい人だ。



「佐方も今のやんないのぉ? 世界はついに、なんとかかんとかのー、ってやつ」



 やらないし、お願いだから仲間換算しないでほしい。


 俺はマサみたいに、自分の感情をみんなに晒すタイプじゃないから。


 なんとなーくクラスにいる、あんまり目立たない男子……そんな立ち位置にいるのが、俺には合ってる。



 三次元女子や陽キャは苦手だから……できるだけ、深く関わらずに生きていきたい。



「マサ、お前の気持ちは分かった。だけどな、そんなに大騒ぎすると、『アリステ』を知らない周りがどう思うかを……」


「そうひがむなよ、遊一。俺の推しだけが『八人のアリス』に選ばれたからって」



 ――――カチン。



「マサ……推しでマウント取るとか、『アリステ』ファンとして地に堕ちたな。そういう言動が、お前の推しのイメージを悪くすることに気付けよ」


「あぁん? 遊一……俺の悪口は、いくら言われてもかまわないけどなぁ。らんむ様を侮辱するのは許さねぇぞ!!」


「ちょっ、何語!? てか、喧嘩しないの、もー」



 二原さんがやんわり止めに入るが、俺たちは止まらない。


 俺もマサも、自分の悪口なら我慢できる。


 だけど、推しを悪く言われるのだけは許せない。



 推しの名誉を傷つけられたら……俺たちは、戦わずにいられないから。




『八人のアリス』――それは、『ラブアイドルドリーム! アリスステージ☆』の人気投票上位に選ばれた、八人のアリスアイドルたち。



 百人近いアイドルに、フルボイス実装。

 美麗なイラスト。魅力的なキャラ。頻繁に開催されるイベント。

 キャラ名はすべて声優の名前と同じで統一されていて、メディア展開も目白押し。


 大手企業が社運を懸けた最高のソーシャルゲーム――それが『アリステ』だ。



 そんな『アリステ』で、以前までの『神イレブン総選挙』から刷新された『第一回 八人のアリス投票』が、最近開催された。



 その六位に選ばれたのが、マサの推し――らんむちゃん(CV:紫ノ宮しのみやらんむ)だ。




「らんむ様はなぁ……俺の夢なんだよ!」

「なんで泣いてんの、倉井!?」


 涙ながらに叫ぶマサを見て、動揺する二原さん。



「らんむしゃまが、これまで努力を続けた功績……それがアリステユーザーに届き、『八人のアリス』に選ばれた。こんなシンデレラストーリー……神じゃねぇか、遊一」


「シンデレラになるだけが、アリスアイドルのすべてじゃないだろ……マサ」


「って、佐方も泣いてんじゃん!? 何この状況!?」



 二原さんの言うとおり、いつの間にか俺の視界もぼやけていた。


 らんむちゃんが、努力を続けてきたこと。それは理解してる。


 だけど、同じくらい頑張ってる少女を、俺は知ってるんだ。



『八人のアリス』には全然手が届かないけど――俺にとっての『唯一のアリス』。



「マサ、お前がなんと言おうと……俺のアリスは、ゆうなちゃんだけなんだ」



 ゆうなちゃん(CV:和泉いずみゆうな)――それは俺の女神。



 中三の冬。三次元女子にフラれ、それがクラス中に知れ渡り、絶望から不登校に陥った俺に……無邪気な彼女は、生きる希望を与えてくれた。


 茶色いツインテールにきゅるんとした口元。愛の詰まった豊穣の胸。


 キャラ人気は、正直まだまだ下だけど……。



 俺にとっては、彼女こそがナンバーワンなんだ。



「遊一……俺……お前に、ひどいことを……」


「マサ……分かって、くれたのか……」



 俺とマサは、ガシッと握手を交わし合う。


 二原さんが怪訝な顔で俺たちを見てるけど、気にしない。


 だって俺たちは、互いの推しの名誉のために戦った……戦友なんだから。



「――静かに、したら?」



 そうして騒いでいた俺たちに、怜悧な一言が突き立てられた。


 底冷えするようなその声に、おそるおそる振り返る。



 そこには――クラスメートの綿苗わたなえ結花ゆうかが立っていた。



 ポニーテールに結った黒髪。校則をきちんと守った着こなしのブレザー。

 体格は小柄で、ほっそりとしている。


 細いフレームの眼鏡の下には、少しつり目がちな瞳。

 その眼光は鋭く、恐ろしいほどの無表情も相まって、なんだろう……凄い迫力。



「迷惑。高校生らしい行動をして」


「は、はい……」



 マサが蛇に睨まれた蛙のように、急に小さくなる。


 二原さんは「さっすが綿苗さんー!!」と、きゃっきゃしてる。


 そして俺は――何も言えないまま、彼女のことを見ていた。



 そんな俺の視線に気付いたのか、彼女はちらっとこちらを見て。


 すぐに視線を逸らして、呟いた。



「と、とにかく……昼休みにしても、騒ぎすぎ」



 ちょっとだけ柔らかい口調でそう言うと、『綿苗結花』は自分の席へと戻っていった。



「わ、綿苗さん、おっかねぇな……」


「あんなに騒ぐっからっしょ。まぁ、でも……なんでも包み隠さず言い合える二人の関係、いいなって思うよー? うち、そういうの憧れるわー」


「何言ってんだよ。二原はいつも、思ったことなんでも、みんなに言ってんだろ」


「そんなだから、倉井はモテないの。女の子にはね……誰だって秘密があるもんなのさ」



 マサと二原さんがひそひそ話してるのを聞いてて――胸がちょっと痛むのを感じた。



 ごめんな、マサ。


 誰にも言えない秘密は……何も女子だけじゃなくって。


 お前にも言えないような秘密が、俺にもあるんだよ。



『アリステ』が大好きなお前だからこそ――なおさら。




 綿苗結花が、実は――ゆうなちゃんの声優『和泉ゆうな』で。


 学校ではお堅くて目立たないコミュ障な子だけど、素になると無邪気な天然さんで。


 しかも俺の許嫁で、同棲生活を送ってるなんて。



 まぁ……言ったところで、信じてもらえないだろうけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る