第40話 【超絶朗報】俺の許嫁、可愛いしかない 3/3

 家に着いてから、一時間くらい経ったかな。


 俺はリビングのソファに腰掛けて、ボーッと天井を見上げてる。



「ちょっと待っててね! 絶対、ここから動いちゃ駄目だよ!!」



 そんな念押しをしてから、そそくさと自室に消えていった結花ゆうか


 まったく、思いついたら聞かないんだから、結花は。


 一体何を企んでるんだか知らないけど、「残念を解消」って言われてもなぁ。


 ゆうなちゃん出演イベントを見損ねた俺の空洞が、そんな簡単に埋まるとは思えないんだけど。



ゆうくん。ちょっと、テーブルをどかしてくれるー?」



 リビングと廊下を隔てるドアの向こうから、結花が言ってきた。


「えっと、結花? 何するの?」


 尋ねるけど、それには返答なし。


 よく分からないまま、俺はテーブルを壁にくっつける。

 ついでに椅子とか、床に置いてあったものも、端の方へと寄せた。


 ソファの前にできた、少し広めのスペース。



「えっと、一応どかしたけど……これでいいの?」


「――うん! ありがとねっ!!」



 透き通るような声でそう言って、リビングに躍り出てきたのは。


 結花じゃない。



 紛れもなく――ゆうなちゃんだった。



 白いレースで彩られた、ピンクのワンピースドレス。


 左の腰元には、黄色い大きなリボン。


 黒のサイハイソックスとスカートの間には、色白な太ももの絶対領域。


 コンタクトレンズを入れた瞳は、ぱっちりと大きくて。


 茶色いツインテールは、まるで生きているみたいに揺れている。



「……ゆうなちゃん」


「こんばんはっ、『恋する死神』さん――遊くん! 今日は――ゆうなの特別ステージに来てくれて、すっごく嬉しいよっ!!」



 特別ステージ?


 何が起きてるのか理解できない俺の前で、ゆうなちゃんがスマホを操作する。

 そして、床に置いたスマホから流れ出したのは――『ラブアイドルドリーム! アリスステージ☆』のテーマソング。

 その、オフボーカルバージョン。



「さぁ――ショータイムだよっ!」



 バックミュージックに合わせて、ゆうなちゃんが歌いはじめる。

 心臓のずっと奥の方まで響くような、澄み渡った声。



 ゆうなちゃんがステップを踏む。両手を振るう。

 蝶が舞うみたいに、華麗で可愛いダンス。



 ゆうなちゃんが笑う。

 きっと、ステージでも見せないような。


 俺にだけ向けた……そんな笑顔で。




 そして、音楽が終わると。


 ゆうなちゃんは、ぺこりと大きくおじぎをした。



「……以上、ゆうなの特別ステージでしたっ! 限定であなただけ、ご招待。音響とか照明とか、そういうのは全然だけど……精一杯、頑張ったよっ!!」



 顔を上げたゆうなちゃんは、ひまわりみたいに笑ってた。


 いや、この笑顔は――結花か?


 いやいや、二次元のゆうなちゃん?


 綿苗結花。和泉いずみゆうな。アリステのゆうな。


 頭の中でぐるぐると、それらの顔が回っていって、混ざっていって。



 もう――自分でもよく分かんないな。



「どう、遊くん? 残念な気持ち、吹っ飛んだ?」


「……ううん、全然」


「えっ!?」


 俺がきっぱり言うと、結花は心底びっくりした顔をした。



「だって俺は、『恋する死神』だよ? ゆうなちゃんの一番のファン。そんな『死神』がゆうなちゃんのファーストイベントを見逃したなんて……そりゃあ一生、後悔するって」


「う……そっかぁ。いいこと思いついたと、思ったんだけどなぁ」



 がっくりとうな垂れる結花。


 そんな結花を――ギュッと。


 俺は、強く抱き締めた。



「ふぇ!? ゆ、遊くん!? ち、ちかっ!!」


「今から言うのは、俺――『恋する死神』から。大好きな『ゆうなちゃん』に送る言葉だから。ゆうなちゃんに、だからね」



 自分に言い聞かせるように、そう告げて。

 俺はじっと、結花の顔を覗き込んだ。


 潤んだ瞳。真っ赤に染まった頬。ピンク色の唇。


 なんだろう、この気持ち……。


 ずっと昔に閉じ込めた、心臓が張り裂けそうなほどの変な感覚が、湧き上がってくる。


 そんな気持ちを、空気と一緒に呑み込んで。



「イベントを観れなかったのは、一生残念だけど。こうして、特別ステージをやってくれたことは……一生、忘れないから」


「……うん」




「ありがとう。愛してる――世界一、大好きだよ」




 最後の方は、堪えられなくって、目を逸らしてしまった。


 だって、結花のことを見ていたら――誰に向かって言ってるんだか、分からなくなりそうだったから。


 そして俺は、結花から身体を離そうとして――。



「……ん?」


 結花が「意地でも離すもんか」って顔をして、こっちを見ているのに気が付いた。



「えっと……結花さん?」


「足りないもん」


「何が?」


「今のは『恋する死神』さんから、ゆうなへのコメントでしょ? 私は、遊くんから私へのコメントも、聞きたいんですけどー」


「それ、やんなきゃだめ?」


「だめです」


「もう……わがままだな」


「そんな私を許嫁にしたのは、そっちじゃんよ」



 まったく……こういうところだけ、頑固なんだから。



「はぁ……一回だけ。ほんっとうに一回しか、言わないからね絶対。分かった?」


「ん、分かったっ!」



 そうして、子犬みたいに俺の一言を待つ結花。


 うわっ、めっちゃ身体が熱くなってきた。


 とてもじゃないけど、顔を見てられないから、俺は目を瞑って。



 声を振り絞り――言った。



「結花。えっと……あ、愛してる……よ」



 瞬間――唇に。



 柔らかくて温かいものが、触れた気がした。


 オレンジのような甘い香りが、俺の鼻腔をくすぐる。



「――――!?」



 驚いて、目を開けると……結花はパッと、俺から身を離した。


 そして、リンゴみたいに赤い顔をしたまま、ベーッと舌を出して笑う。



 その笑顔は、ゆうなちゃんみたいで。


 だけど、紛れもなく結花の笑顔で。


 全部ひっくるめて――俺の心をキュッと、掴んだんだ。




「――私も。世界で一番、愛してるよ……遊くん!」

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