第39話 【超絶朗報】俺の許嫁、可愛いしかない 2/3

 男の子が帰ったあと、俺たちは保育士さんにお礼を言って、保育園を後にした。



「ありがとう、結花ゆうか。イベント帰りなのに、わざわざ来てくれて」


「ううん、こっちこそだよ! ゆうくんが代わってくれたおかげで、ちゃんとイベントに出られたんだから」



 夕方の街中なので、俺と結花は一定の距離を取っている。


 手と手が触れないくらいの、ちょっとした隙間。


 まるで他人みたいに振る舞ってる自分たちが、なんだか笑えてくる。



「それにしても、子どもと遊んでる遊くん……可愛かったなぁー!!」


 大きく両手を伸ばして、結花が当たり前みたいに言う。



「ん? 俺が可愛い? 子どもが可愛いの間違いじゃない?」


「子どもは可愛い。遊くんも可愛い。それが世界の真理だよ!」


「俺、高二の男なんだけど……」


「格好良くて、可愛くて。そんなところが、遊くんの魅力なの!」



 こんなむさ苦しい男の、どこが可愛いんだか。


 結花の好みは、変わってるな。



「ああやってさ。私と遊くんで、子どもと戯れてるとさぁ……ねぇ?」


「いや。ねぇ、って言われても」


「分かんないかなぁ? 分かんないんだなぁ」


「ごめん、全然分かんない」



 結花が一人でもじもじしてるけど、何も伝わってこなくて困る。


 完全にきょとんとしてる俺に痺れを切らしたのか、結花が正面に回り込んできた。

 そして俯きながら、ぽそっと。


「だーかーらー……ども、みたいじゃんよぉ」


「え、何? 聞こえな――」



「もぉ、ばかっ! 二人の子どもみたいじゃん、って!! 言ってんの!」



 今度は一際大きな声で、結花が叫んだもんだから。


 バサバサッと――木の上からカラスが飛び立った。


 春の風が、二人の間を吹き抜ける。



「う……あぅ……」


 目の前にいる結花の頬が赤いのは、多分……夕焼けのせいだけじゃない。



「結花」

「ひゃ、ひゃい!」



 名前を呼んだだけで、ビクッとする結花。


 なんとも表情豊かで。

 色んな顔を持っていて。


 まったく――見てて飽きないよなって、そう思う。



「イベントは、どうだった?」


「え?」


「はい。ゆうなちゃんの、イベントレポ風で」


「えぇ!? ハードル高いなぁ、もぉ……」



 結花は顔をしかめつつ、大きく息を吸い込んだ。


 そして――『和泉いずみゆうな』にチェンジして。



「こんばんはっ、ゆうなです! なんと今日は、アリステのイベントにお邪魔しちゃった! もー、いっぱいのアリスアイドルに囲まれて……緊張したぁっ!!」



 見た目は綿苗わたなえ結花なのに、声と表情はゆうなちゃん。


 そんなギャップがおかしくて――俺は思わず、笑ってしまう。



「トークも頑張ったんだよ? でもさ、なーんかみんなが天然扱いしてきて……えーって感じだよ、もぉ!! ゆうなは、めっちゃ大人! おばかキャラじゃないんだからっ!」


「天然な子ほど、自分を天然って認めないよね」


「何それー、もー!! ……で。肝心なのがラスト!! なんと、特別な衣装を用意してもらって……歌っちゃった、歌っちゃったよぉ! 大きい会場で歌うのって、緊張するけど……えへへっ。かーなーり、気持ちいいねっ!!」



 ゆうなちゃんの歌声を思い出して、俺は穏やかな気持ちになる。


 普段の声も好きだけど、歌声の方も大好きだ。



「……でもね、『恋する死神』さん」



 ふっと、声のトーンが落ちた。


 そして、俺に背を向けて……空を仰ぐ。



「あなたがいなくて……ちょっとだけ、心細かったな。だってゆうなはいつだって、あなたに元気と勇気をもらってたから。だから、ちゃんと輝けるかなぁって――不安だった」


「……そんなこと、ないよ」



 俺は――『恋する死神』は、そんなたいそうな存在じゃない。


 ゆうなちゃんはいつだって、自分で輝いてるよ。


 その輝きに、俺の方こそ……勇気をもらってるんだ。



「――はいっ! イベントレポ、おーわりっ!!」



 パンッと、結花が手を打ち鳴らして。

 くるりと俺の方へと向き直った。



「『恋する死神』さん――ううん、遊くん。どうだった?」


「ん? そりゃあ、行きたかったなぁって」



 マサがさっきから「ゆうな姫可愛かった……」「俺の嫁かも……」ってRINEを連打してきてて、正直死ぬほどウザいし悔しい。



「そう、残念だよねっ!? 私も残念!! こんなに残念なことがあって、いいんでしょうか? いーや、良くないですっ!!」


 ものすごいテンションで、結花が捲し立ててきた。



 そして結花は、ふっと表情を変える。


 見るものすべてを圧倒する――ゆうなちゃんの無敵のスマイルに。




「じゃあ、遊くん。これからその残念……解消しよっか?」

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