第36話 【衝撃】休日にボランティアを強いられた結果…… 1/2

「じゃあ、ゆうくん。行ってくるね」

「うん。イベント、頑張ってね」


 ヒールを履いて手荷物を持つと、結花ゆうかはぺこりと頭を下げた。



「本当にごめんね……遊くん」


「大丈夫だって。俺、こう見えても子どもと遊ぶの、意外と得意なんだから」


「そうかなぁ。遊くん、子どもに遊ばれちゃいそうな気がするけど」


「遊ばれたら、そのときはそのときだよ」



 頷きはするけど、結花は相変わらず浮かない顔。

 イベント前なのに、そんなテンションでどうするんだよ。まったく。


 俺は自分のスマホを取り出すと、RINEの送信ボタンを押した。


 ――――ブルブルッ♪



「結花、スマホ見てよ」

「え?」



■ペンネーム『恋する死神』より■


 ゆうなちゃん、おはよう! 今日は待ちに待った、『アリステ』のイベントですね!!


 まさかこんなに早く、ゆうなちゃんがイベントに出るなんて……正直、感動しました。一番のファンを自称する自分としては、嬉しい限りです。


 緊張してませんか? 緊張しすぎると、せっかくの笑顔が台無しになるから……リラックスして、いつもの可愛いゆうなちゃんを、みんなに見せてくださいね!



 結花がゆっくりと、顔を上げる。

 そして、コンタクトレンズを入れてる透き通った瞳で、俺を見つめて。



「……『恋する死神』さん、いつもありがとう。今日もゆうなは、ゆうならしくっ! 全力で頑張ってくるねっ!! ちゃんと応援しないと――怒っちゃうよぉ?」



 そして、ゆうなちゃんは――結花は笑った。


 その笑顔に、もう曇りはなかった。



「行ってきます、『恋する死神』さん」

「行ってらっしゃい、ゆうなちゃん」



 挨拶を交わす。手を振り合う。


 そして結花は、イベント会場へと出掛けていった。



「ふぅ……」


 俺も早く準備しないと。ボランティアに遅刻しちゃうし。


 だけど――少しだけ。


 天井を見て、ぼんやりと思う。




 ゆうなちゃんの、初めての大舞台。


 本当は間近で観て――いっぱい、応援してあげたかったけどな。


          ◆


 保育園に到着すると、見知った顔が一人、子どもと戯れていた。


「おーい。それやったら、砂山崩れるってぇ! あー、ほらぁ!!」


 茶色いロングヘアをお団子状に縛って、青地のエプロンを身につけて。

 ギャップばりばりな格好のギャル――二原にはらさんは、なんだか楽しそうに遊んでいた。



「よっしゃあ。じゃあ次は、鬼ごっこすんよー。うちが鬼やるから、全員覚悟ねー? うちの鬼ごっこはねぇ……捕まえた子を、食べちゃうかんねー!!」


「すごい馴染んでるね、二原さん……」


「お、佐方さかた!」



 ノリノリで子どもたちと遊んでた二原さんは、俺の存在に気付くと、近くにいた三十代くらいの保育士さんに声を掛けてくれた。


「こっちが佐方っす。二人で頑張るんで、よろしくお願いしまーす!」

「あ、え。えっと……お願いします」


 おじぎを終えると、二原さんは子どもたちのところへ、そそくさと戻ろうとする。


 ちょっと待ってって。



「なんで二原さんがいるの? 綿苗わたなえさんがやる予定だったのを、俺が代わったでしょ?」


「うん、そうー。でも昨日、『うちもやってみたいっすー』って言ったら、郷崎ごうさき先生が二つ返事でOKしてくれたからさぁ。参加させてもらったわけよ」



 え、何それ……だったら二原さん一人で、よかったのでは?


 邪悪な感情が渦巻きかけたけど、まぁ……コミュ障二人のどっちかは絶対参加だったんだろうな。郷崎先生的には。



「ってかさ。マジで佐方、なんで綿苗さんとチェンジしたん?」


「え。えーと……俺、こう見えて、意外と子ども好きだからさっ!」


「あー……うん。そういう性癖も分かるけどさぁ。実際に手ぇ出したら、さすがにしょっ引かれるかんね?」


「違うから。ロリ的な意味の、好きじゃないから」


「じょーだんだってぇ」



 そんな軽口を叩いて、二原さんはけらけら笑う。

 そして、子どもたちに呼ばれるままに、園庭の方へ行ってしまった。


「……よしっ。俺も、頑張んなきゃな」


 そろそろ、イベントの入場がはじまったくらいかな。

 マサの奴、昨日から死ぬほどはしゃいでたなぁ。羨ましい、マジで。


 でもまぁ――これ以上、考えても仕方ない。


 俺は純白のエプロンを、黒のTシャツの上に身につけた。

 そして取りあえず、近くにいた男の子に話し掛けてみる。



「こんにちは、何やってんの?」


「…………」



 男の子が、すごい不安そうな目で、こちらを見ている。


 俺も、どうするのが正解か分からず、じっと見ている。



 無言で見つめ合う、幼児と十六歳児。



「もー、佐方。なーにやってんのさぁ」


 そんな俺を見かねたのか、二原さんが入ってきた。



「よっしゃ。んじゃ、お姉ちゃんがコスモミラクルマンね? で、君はそっちの宇宙人」


「やだ! ぼくが、コスモミラクルマン!」


「おっけ、おっけ。んじゃ、うちはそっちの宇宙人もらうねー……ふぉっふぉっふぉっ」



 いとも容易く、男の子の心を開いてみせる二原さん。


 そして、テンション高く宇宙人を演じつつ、男の子とフィギュアで戦いごっこをする。




 ああ……郷崎先生の言うことも、一理あるかもな。


 こういうとき、俺――どうしていいか分からないもの。

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