第37話 【衝撃】休日にボランティアを強いられた結果…… 2/2

「おにちゃん」



 そうしてぼんやりしてると、俺のエプロンの裾をくいっと、女の子が引っ張った。


 意を決してしゃがみ込み、俺は女の子と視線の位置を合わせる。



「なぁに?」


「んとね。たかいたかい」


「えーと、高い高い、してほしいの?」


「ん! おにちゃん、おっきいから!!」



 要望に応えて、俺は女の子を肩車したまま立ち上がる。


「わー、たかいー!!」


 きゃっきゃっと、背中にしがみついた女の子が、大はしゃぎしてる。

 そんな無邪気さが微笑ましくって、俺はくるくると回ってみせた。



「わー。まーわーるー!!」


「おー。楽しそうだねぇ、お兄ちゃんでっかいもんねぇ」


 そんな様子をニコニコと眺めながら、二原にはらさんが近づいてくる。


「ほら、みんなー。こっちのお兄ちゃんが、めっちゃ遊んでくれんよー」


「ほんとー!?」


「わーい!!」



 二原さんの言葉を号令に、たくさんの園児たちが俺に群がってくる。


 脚にしがみついてきたり、腰元に飛び掛かってきたり。


 いてっ、いきなりパンチしてきたぞ?


 ちょっ、木の棒はやめろって!?



「あっはっはっは……佐方さかたってば、めっちゃ子どもに懐かれてんねー!!」


「二原さんが、変に煽ったからでしょ」


「良いお父さん、って感じぃ。やるじゃん、佐方!」



 お父さんは、さすがに早いよ。


 でも……夫としては。


 全力で嫁のサポートをしてみせるけどな。絶対に。



          ◆



 おやつの時間が終わり。


 少しずつ、お迎えのお母さんたちに連れられて、園児たちが帰っていく。


 帰り際に、満面の笑みで手を振ってくる子どもたちもいた。


 手を振り返す俺は多分、自然と笑顔になってたと思う。



「佐方、おっつー」


 二原さんがポンッと、俺の肩を叩いてくる。



「案外、楽しそうにやってたね。こういうの得意な感じ?」


「得意じゃないよ……我の強い妹の相手は、昔からやってるけど」


「うちはめっちゃ楽しかった! 子どもって無邪気で、すっごい可愛いし!!」


「確かに二原さん、子どもの相手するの、うまかったよね」


「うちは子どもだけじゃなくてぇ……男子の心を転がすのも、うまいんだけどね?」



 そう嘯いて、二原さんは上目遣いにこちらを見てきた。


 長すぎるまつ毛に彩られた瞳の輝きに、俺は堪らず目を逸らす。



「あははっ、照れてるー。ウケるね、佐方ぁ」


「……はいはい」


「二原さん、佐方くん。そろそろあがっていいわよ」



 朝の保育士さんが、俺と二原さんを見つけると、声を掛けてきた。


「今日はごめんね? 熱子あつこに、無理やり頼まれたんじゃない?」


「え……あ、えっと……」


「熱子――郷崎ごうさき先生は、大学の後輩なんだけどね。あの子、思い込んだら誰が何言っても聞かないでしょ? 今回も『先輩の手伝いをさせることで、情操教育を!!』とか言って、勝手に暴走しちゃって」



 ああ。そういう話だったのか。


 普段の郷崎先生を知ってたら、まぁ納得の流れだけど。



「熱子は、熱血で人の話を聞かない、困ったちゃんなんだけどね。でも、誰より自分の生徒のことを大切に思ってる、優しい子なのよ。ありがた迷惑なことも多いだろうけど」


「分かります、それー。ちょっと変キャラっすけど、うちは割と嫌いじゃないんすよね。郷崎先生」



 二原さんが屈託ない笑顔を、保育士さんに向ける。


 その反応に安堵したように、保育士さんも微笑んだ。



「……うぇ」



 そうやって、俺たちがやり取りしていると。



「うぇ……うう……うわあああああああんっ!!」



 男の子の泣き声が、辺り一帯に響き渡った。


 それはさっき、コスモミラクルマンのフィギュアで、二原さんと遊んでいた男の子。


 遊んでるときはあんなに笑顔だったのに、今は涙で顔をぐしゃぐしゃにしてる。



「え、どったの? だいじょぶ?」


 二原さんが慌てて駆け寄る。



「ママが、こない……」


「たっくんのお母さんは……あと一時間で来る予定よ。もうちょっとね」


「やだー! かえるー!! みんな、かえってるー!!」



 保育士さんがなだめても、一度泣き出した子どもが、止まる気配はない。


 声を掛ければ掛けるほどヒートアップして、ぎゃーぎゃーと騒ぎ続ける。



「あっちゃあ……どうしよ」



 さすがの二原さんも、こういうときの対応には慣れてないらしい。


 俺はというと、完全に棒立ちになって、何もできずにいる。


 こんなとき、どんな顔したらいいのか、分からない……。



「――泣かなくて、大丈夫」



 ふわっと。



 俺の鼻先を、揺れるポニーテールがくすぐった。


 眼鏡の下の鋭い目つきを緩ませて、ひょこっとその場にしゃがみ込むと。


 彼女は――綿苗わたなえ結花ゆうかは、男の子の頭を撫でた。



「ママは、必ず来る。あなたが大好きだから、絶対に来るの」


「……でも、まだこないよ?」


「少し遊んでいたら、来るわ。はい」



 結花はにっこり笑うと、地面に落ちたコスモミラクルマンのフィギュアを、男の子に渡した。



「正義の味方は、ピンチの連続でも頑張るの。君も、できる?」


「……うん。できる」


「そっか、格好良いね。ヒーローだ」



 よしよしと結花に撫でられて、男の子は再び笑顔になった。



「綿苗さん、なんでここに?」


 二原さんがぽかんとした顔で、結花のことを見る。



「もともと、私が頼まれた仕事だもの。用事が終わったから、来たの」


「そっか」


「どうもありがとうね、助かっちゃった」



 保育士さんが両手を合わせて、結花にお礼を伝えた。


 結花はぺこりと頭を下げて、脚にしがみついてる男の子の頭を撫で続ける。



「この子が帰るまで、いてもいいですか? 私が帰ったら、不安になるかもなので」


「それはもちろん助かるけど……大丈夫なの?」


「はい」


「あ、じゃあ俺も残ります!」


 俺は慌てて手を挙げて、保育士さんにアピールする。



「二原さんは?」



 結花がいつもの無表情で、問い掛けた。


 二原さんはじっと、結花の顔を眺めてから。



「……実はうち、今から用事があるんだ。ごめんけど、二人にお願いしていーい?」


「ええ」


「じゃあ、たっくん。お姉ちゃんたちに、いっぱい遊んでもらいなねー」


「うん! おねちゃんも、ありがとござましたー」


「はいはい、どういたしましてー。今度は、コスモミラクルセブンで遊ぼっか?」


「うん。あと、かえっちゃったコスモミラクルマン!」



 そんな会話を交わしてから、二原さんは自分のエプロンを脱いだ。


 そしてそれを、すっと結花に差し出して。



「ほい。持ってきてないっしょ?」


「あ……ありがとう」


「お礼は今度、またカラオケ行くってことでー」



 一方的にそんな約束をすると、二原さんは俺たちに手を振りながら帰っていった。


 保育士さんも他の仕事があるのか、園内に戻っていく。



 園庭に残されたのは、男の子と、俺と……結花。



「……結花。えっと」


 なんでここに?


 そう聞こうとする俺を遮って、結花は――はにかむようにして、笑った。



「えへへ……早くゆうくんに会いたくて、来ちゃった」




 その笑顔は、学校の綿苗結花じゃなくて。



 我が家の無邪気な許嫁――結花のものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る