第35話 【超絶悲報】ゲームと学校のイベント、ダブルブッキングしてしまう 3/3

「先生!」

「ん? 佐方さかたか、どうした?」


 休み時間。

 俺は周りに誰もいないのを確認してから、郷崎ごうさき先生に声を掛けた。


 きょとんとした顔をしてる郷崎先生。

 こういうタイプの先生と話すのは、あんまり得意じゃないんだけど。


 四の五の言ってはいられない。



「どうして綿苗わたなえさんに、決めたんですか?」

「ああ。ボランティアのことか」


 郷崎先生はニカッと笑って、こちらに歩み寄ってきた。

 そして、俺の肩をガッと掴んで。


佐方さかたか綿苗か、どっちか迷ったんだけどな」


 まさか自分の名前が出てくるなんて思ってなかったから、少し戸惑う。



「……なんで、俺と綿苗さんで?」

「佐方と綿苗は、似てるだろ」



 先生が、急にそんなことを言うもんだから。


 俺はさらに動揺した。



「ど、どこが似てるんですか? 俺と綿苗さんは、ほとんど話したことないし……タイプだって、全然違うと思いますけど」


「確かに、違うタイプだ。だけど同時に、似たところがあるんだよ」


「……どういうことですか?」



 禅問答みたいなことを言う郷崎先生に、俺は段々と苛立ちを覚えてくる。


 そんなこちらの気持ちを、理解しているのかいないのか。

 郷崎先生は、得意げに人差し指を立てながら続ける。


「佐方は、人当たりこそいいけど、倉井くらい以外とは深い関わりを取らないだろ? 綿苗はディスコミュニケーションが多くて、人との距離感がうまくない。先生はな、人とのコミュニケーションこそ、大人になるのに一番大事だと思ってる。だから、二人を見てると――心配になるんだよ」


 的を射てるその発言に、俺はドキッとする。


 ハイテンションで、ただ熱血なだけの先生だと思ってたけど。

 まさかそんなところまで、生徒のことを見てるなんて……。



「綿苗は、人と喋るときに硬すぎる。あのままだと、人生で絶対に苦労すると思うんだ」


「で、でも綿苗さんは……!!」



 ――ゆうなちゃんとして、みんなにいっぱい、話し掛けてくれてるんです!


 言いたい。だけど、言えない。

 これは俺と結花ゆうかだけの、秘密だから……。


「でも、なんだ?」

「いえ……なんでもないです」

「先生のクラスで、コミュニケーションの苦手な二人。綿苗と……佐方。先生はお前たち二人に、もっと学校の楽しさを知ってほしいんだよ」



 言いたいことは分かった。


 心配してくれてるのも分かった。


 だけど同時に――ありがた迷惑だとも思う。



 親父が母さんと離婚したとき、結婚に夢を見ることを諦めた。


 中三で手痛い失恋を経験したとき、俺は二次元にだけ生きるって決めた。


 そして、俺がそうであるように、結花にもきっと――何か過去があるんだと思う。



 人はそれぞれ、何かを抱えていて。


 それぞれに、生き方があるんだ。



 だから俺は――みんなを同一に捉える郷崎先生の意見には、納得できない。



「学校が、学生にとって一番楽しい場所、じゃなきゃ……駄目なんですか?」


 俺は唇を噛み締めて、絞り出すように言った。


 そしてギリッと、先生のことを睨みつけて――。



「郷崎先生、佐方くん」



 そのときだった。


 ポニーテールを翻し、眼鏡をくいっと直しながら。

 学校仕様の結花が、ゆっくりとこちらに近づいてきた。



「ゆ……綿苗、さん」


 ちらっと俺の方を一瞥する結花。


 その顔は、家と違って無表情だけど……なんだか「ありがとう」って言ってるような。


 そんな気がした。



「……先生。聞こえて、ました。先生は私に……社会経験を積ませたいんですね?」


「そういうこと! 保育園児なら、同年代より関係が作りやすいはずだから!! 先生はね、このボランティアで綿苗に……みんなと一緒に、笑える子になってほしいんだ」


「……そうですか」



 結花はふっと、視線を落とした。


 その瞳は僅かにだけど――潤んだように揺れていた。



「分かりました。やります」



 ――――社会経験を積む?


 結花は、『和泉いずみゆうな』だぞ。


 俺たちなんかよりよっぽど、苦労しながら。


 たくさんのファンに、笑顔を届けてるんだぞ?




 ――みんなと一緒に、笑え?


 結花は俺の前では、いつだってニコニコしてるぞ。


 ゆうなちゃんを演じるときだって、いつも楽しそうな声をしていて。


 たくさんのファンと一緒に……笑ってるんだぞ?




 学校の枠だけで、綿苗結花を決めつけて。


 ありきたりな檻にぶち込んで、彼女の大事な時間を奪うんなら。


 そんな窮地の『嫁』を助けるのは。




 ――――『夫』の役目、だよな?



「先生」


 俺は結花の前に歩み出て、はっきりと告げた。



「俺がやります。その保育園のボランティア」



 結花が目を見開く。


 郷崎先生も、窺うような目でこちらを見てる。



「佐方。どういうことだ?」


「先生の言い分だと、俺にもコミュニケーションの課題があるんでしょう? だったらまずは、俺からやらせてください。それとも、俺じゃ駄目な理由がありますか?」


 堂々と啖呵を切ってみせる。


 そんな俺の態度を、どう捉えたのか――郷崎先生は、嬉しそうに笑って。



「分かった――じゃあ再来週のボランティアは、綿苗じゃなくて……佐方。お前に行ってもらうっ!!」



          ◆


「ごめんね、ゆうくん……私のために」


 郷崎先生が立ち去ってから、結花は申し訳なさそうに頭を下げてきた。



「私がもっとクラスに馴染めてたら、郷崎先生もあんなこと、言わなかったのに……」


「結花が、もっとクラスに馴染めてたら。きっと――俺と結花は、許嫁同士にならなかったと思うよ」



 俺はそう言って、結花に向かっておどけてみせた。



「俺、いつもゆうなちゃんに元気をもらってばっかでさ。何もしてあげられてなかったから。これは、ただの――恩返しだよ」


「遊くん……」


「おーい、佐方と綿苗さーん! なぁにやってんのぉー?」



 そんなやり取りをしてるところに、二原にはらさんがひょこっと現われた。



「に、二原さん?」

「二人きりで話してるなんて、めずらしーね? なんの話してたん?」



 そう言って、結花の顔を覗き込む二原さん。

 や、やばい……俺たちの関係が、バレちゃう……かな?



「……別に? 佐方くんが、ボランティアを代わりたいと。それだけです」



 先ほどまでの泣きそうな顔が嘘みたいに。


 結花は、いつもの無表情に戻って、淡々と言ってのけた。



「ん? 佐方がやんの? ボランティア?」

「ええ。やりたいって」



 そう言って、結花はくるっと踵を返した。


「ねぇ、佐方――綿苗さん、なんか機嫌悪い?」

「さ、さぁ?」



 郷崎先生は、結花の一面だけを見て、コミュニケーション苦手とか言うけど。


 素の結花は、こんなに色んな顔を持っていて。


 いつだって頑張って、人と関わってるんだ。



「ボランティア、やりたいん? 佐方にしては、珍しくね?」


「そうかな……案外こういうの、得意だよ」



 だから俺は、そんな結花を陰ながら支えてみせる。



 それが許嫁としての務めで。


 ――大好きなゆうなちゃんへの、愛情表現だから。

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