第31話 看病しようとした俺、おかゆが作れなくて無事死亡 1/2

「はい。それは『大スキピオ』だと思います」


 急に先生に当てられたにもかかわらず、結花ゆうかは事もなげに答えを口にした。


 そして結花は席につこうとして……。

 ガンッと、机に肘をぶつける。


「あ……ごめんなさい……」


 ぺこりと頭を下げると、結花は着席して、慌てたように教科書を開いた。


「…………?」



 そんな一連の行動に、俺はなんとなく違和感を覚える。


 なんだろう……許嫁の勘ってやつかな?


          ◆


「げほっ! げほげほっ!!」

「あー……やっぱり」


 帰宅してすぐ。

 俺は強引に体温計を手渡し、結花に熱を測らせた。


 表示された数字は、やはりというか、明らかに平熱より高い。


「結花……絶対これ、風邪引いてるでしょ」

「ひ、引いてないもん! 一時的に、原因不明で、体温が上がってるだけだもん!!」

「そっちの方が怖いでしょ!?」


 なんでそんな頑なに、風邪だって認めようとしないんだ。


「もういいもん! 夕飯作るからっ!!」

「待て待て!」


 ふらふらとした足取りで台所に向かおうとする結花を、俺は慌てて制した。



「むー! 邪魔しないのー、結花がご飯作るのー!!」


「いいよ。今日は俺が作るから」


「ご飯作るのは、結花の仕事なのー! ゆうくんは、それを食べるのが仕事なのー!!」


「だって、調子悪いんだからさ」


「悪くないもん! やる気いっぱいだから、身体が熱いんだもんねっ!!」


「それ、熱だから。白血球が戦ってるところだから」



 頬は赤らんでるし、ときどき咳き込んでるし。

 ってか全体的に、喋り方もなんか退行してるし。


 明らかな体調不良だってのに、結花は頑として意思を曲げようとしない。


 だけどなぁ。こんなにぐったりしてるのに、夕飯を作らせるとか、さすがに……。



「あ」


「なぁに? 言っとくけど、私はなんと言われようと、自分の仕事をまっとうするんだからねー!!」


「結花、これさ……『夫婦の特殊イベント』が、発生してるんじゃない?」


「……夫婦の、特殊イベント?」



 そのフレーズに、結花がピクッと反応する。

 よしっ、掴みはよさげだ。



「そう。普段は夫を労るお嫁さん。だけど、そんな彼女が、体調を崩してしまった」


「うんうん」


「そこで夫は考えた。『いつもお互い、自分の役割しかしたことがない』と。こんなときこそ、役割を交換するイベントをこなしてみてはどうかと」


「私たち……」



「入れ替わってるー!!」



「――的なやつ?」


「ちょっと違う気もするけど。まぁ、大体そんな感じ」



 ここまで交渉しても、結花はアゴに手を当てて「でもなぁ……」って唸ってる。

 まったく、強情なんだから。


 だけどさすがに、結花の体調を思うと、ここは譲れない。

 俺は意を決して、結花の両肩に手を置いて、顔を覗き込んだ。


「結花」

「ふぁ、ふぁい!?」


 鼻先が触れ合いそうなほどの距離感に、結花は顔を真っ赤にした。

 そんな結花を見つめたまま、俺は説く。



「夫婦は、助け合いでしょ? 結婚したとき、嫁が弱ってて夫が助ける場面も、出てくると思うんだ。だから、嫁の務めとして――結花。俺に看病されてくれ」


「ゆ……遊くんのてくにっくで、かんびょー、されちゃうのー?」


「なんかニュアンス違うな!? ってか、呂律回ってなくない!?」


「わかんにゃいけどー……遊くんに、かんびょうされるー……」



 こうして、どうにか結花から合意が取れたタイミングで。


 ――――ゆうかは めのまえが まっくらに なった!


          ◆


 取りあえず、うなされてる結花を寝室に運び、布団を掛ける。

 それから氷枕を敷き、額に冷熱シートを貼ってあげた。


 枕元には麦茶入りのマグカップ。これで、目を覚ましたときの水分補給も大丈夫。

 念のため、ゼリー飲料も置いておく。


 うん。ひとまずの看病体制は整った。



 ……ここからが、本当の地獄だ……。



「夕食……作るとは、言ったけど」


 自慢じゃないが、俺の料理レベルは、未だに初期設定のまま。


 一応、一人暮らしもしてたけどさ。

 壊滅的な下手さに諦めて、コンビニで買ったり外食したりで済ませてたからなぁ。


 とはいえ、相手は病人の結花だ。

 さすがに消化にいいものを、作ってあげないとな。



 ――よしっ!



「……あ。もしもし、那由なゆ?」

『……はぁ。なに?』


 スマホの向こうから聞こえる妹の声は、開口一番から不機嫌そうだった。

 だけど今、俺が頼れるのは――那由だけだから。



「あのさ、結花が体調崩してて。それで、何か消化にいいものを作ってあげたいんだけど。那由、確か料理とかそれなりにできるだろ?」


『普通に、できるし』


「じゃあそれを、俺に伝授してくれ!」


『やだ。めんどい』


「そこをなんとか、教えていただけないですかね?」


『や。普通に、それ妹に聞く? なめてんの? 一人暮らししてたよね?』


「それを言われると耳が痛いけど。ほら、今回は非常時だから……」


『ググれマジ』



 ――ガチャッ。


 無慈悲にそう言い残して、那由は容赦なく通話を切りやがった。

 なんという薄情な妹。


「はぁ……仕方ない、ググるしかないか……」


 キッチンに手をついて、俺は深いため息を漏らす。


 ……と。

 キッチンの隅に、一冊のノートが置かれてることに気が付いた。


 表紙には『結花のひみつのレシピ本☆』と書かれている。



「レシピ本……?」

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